ボードゲームのバランス調整
この記事はBoard Game Design Advent Calendar 2021の21日目の記事として書かれました。
こんにちは。
Studio GGのShun(@nannann2002)です。
これまでに、「リトルタウンビルダーズ」や「はらぺこバハムート」、「ブラウニーズ」「迷宮推理」等のゲームを作成しました。
※Studio GGが作ったボードゲームは以下のページよりご覧いただけます。
今年もBoard Game Design Advent Calendarの時期になりましたね。
自分は筆が遅いタイプで、放っておくとnoteを全然更新しなくなってしまうので(事実、今年はこれが初noteでした……)、数年前からは書くことが特に思いついていなくてもAdvent Calendarに必ず参加するようにしています。
昨年は「ボードゲームデザインチェックリスト」という記事を書かせていただきました。多くの方に読んでいただけたようでありがたい限りです。
今年も皆さんにとって有用な記事になっていると嬉しいです。
※昨年の記事はこちら
今回は、「ボードゲームのバランス調整」に関する記事を書かせていただきたいと思います。
バランス調整は大事だと言われながらも、あまり体系的なノウハウが共有されてこなかった分野なのではないかと思ったのが、記事を書こうと思ったきっかけです。
興味がありましたら、しばしお付き合いいただけたら幸いです。
そもそも何故「バランス調整」が必要なのか
まず前提として、そもそも何故「バランス調整」が必要なのかを共有しておきたいと思います。
ここで、「ボードゲームのバランス調整」とは、ゲームにおける個々の要素の強弱のバランスを指します。多くの場合、これらの要素は「アクション」や「カード」としてゲームに存在します。
特に、「ワーカープレイスメント」を始めとした近年のボードゲームでは、ルールを簡略化しつつゲームを複雑化させるため、これらの「アクション」や「カード」に特殊な効果を載せる、ということを行っています。
このような場合、「アクション」や「カード」に大きな強さの偏りがあると、手番の選択で自動的に強い「アクション」を選択することになったり、強い「カード」をたまたま引いた人が勝ってしまうゲームになったりしてしまいます。
これらはプレイヤーから「意味ある選択」を奪ってしまいます。
「バランス調整」はこれを防ぐ為に行います。
しかし、「アクション」や「カード」といった各要素の強弱の許容範囲はゲームのルールに大きく依存します。
例えば、ランダムにカードを引くゲームで、かつ引く枚数も少ない場合、引いたカードの強弱は大きな影響を与える事があります。それに対し、場のカードをドラフトする、競りで獲得する、等といったルールの場合、カードの強弱に応じてプレイヤーが対応出来る為、強弱の許容範囲は広がります。
この場合も「バランス調整」が不必要になるというわけではありません(大きな強弱の差があるとやはり選択の意味がなくなります)が、許容範囲が広がることにより、「バランス調整」は容易になります。
いきなり主旨に反するようですが、「バランス調整」を頑張るよりもルール側で対処した方がいい事も多いということは念頭に置いておきましょう。
「バランス調整」とは何か
では、具体的に「バランス調整」とは何を行う事なのかを話していきたいと思います。
ここでは、「バランス調整」とは「ゲーム内の要素のパラメータ調整」のことを指します。
個々の要素自体を「どのような効果にするか?」といった部分はゲームデザインへの影響が大きい為、ここでは「バランス調整」に含めません。
具体的に言うと、
等といった効果のA〜Dを決定することを「バランス調整」と呼びます。
これらのパラメータはテストプレイ初期では多くの場合、なんとなく経験を元に決めた値を入れていることが多いと思います。(ですよね? 他の人の作り方はあまり知らないので想像でしかありませんが)
しかし、ある程度ゲームのデザインが固まってきた段階で、これらのパラメータ自体を作り込む必要が出てきます。
その際、パラメータを変えてみてテスト、パラメータを変えてみてテスト、……と繰り返していると時間がどれだけあっても足りません。
その為、如何に少ないテスト回数で最適なパラメータを導く事が出来るか、が「バランス調整」において重要です。
「バランス調整」の肝は「パラメータの削減」
テストのみに頼った「バランス調整」は大量のパラメータ空間を1点ずつサンプリングして評価値を出しているようなものであり、非常に効率が悪いです。
出来るだけパラメータを集約してあげることで、より効率の良い「バランス調整」が可能になります。
そこで、重要なのが「ゲームのモデリング」です。
「ゲームのモデリング」とはゲームを構成する要素を数学的にモデル化してあげることによって、少ないパラメータ数で各要素を表現することが可能となります。
先程のアクションを例に考えてみましょう。
このゲームを手番にアクションを1つだけ選ぶゲームだと思って考えてみます。
各アクションの価値は例えば以下のように計算出来ます。
ここで、「木材」「勝利点」はそれぞれのリソースの価値を表す「設定パラメータ」となります。「設定パラメータ」とは、ゲームのパラメータの一種ですが、直接調整するパラメータではなく、デザイナー側である程度恣意的に決定することが出来るパラメータになります。ただし、アクションのパラメータはこれらのパラメータの影響を大きく受けるため、アクションのパラメータをある程度制約したい場合には、これらの設定パラメータも合わせて調整する必要があります。
例えば以下のように設定したとしましょう。
つまり、このゲームでは、「木材」の価値が1で、ゲームの基準単位になっており、「勝利点」はその3倍の価値があることになります。
これらに加えて「アクション」の価値を約3として調整すると、以下のようにA〜Dを導く事が出来ます。
勿論、解は1つではないので、他の解もありますが、A〜Dを上記のように設定するとそれぞれのアクションの価値が等しくなることがわかります(1つ目と2つ目の選択肢を選ぶことと3つ目の選択肢を2回選ぶことは等価ですよね)。
このように、「ゲームのモデリング」を行う事で、モデル上でのゲームの要素の価値を評価することが可能となり、机上でのバランス調整が可能となります。
「ゲームデザイン」を反映した「バランス調整」
上記のような形で「ゲームのモデリング」し、アクションの価値が等しくなるようにしてゲームをしてみるとわかると思いますが、全然面白くならないし、バランスも取れていると感じるようにはなりません。
上記のように調整したゲームが何故面白くないかというと、「どの選択肢を選んでも価値が変わらないから」です。
ゲームとは、「より良い選択をすることで勝利に近づく」からこそ面白いと感じるのです。
ゲームには、デザイナーが考える「より良い選択」が必要です。
よくあるのが、以下のようなものです。
このような仕組みを導入することによって、選択肢が単体では評価出来ないような複雑性をもちます。
これらは「ゲームデザイン」の段階で考えられているはずだと思います。
そのような「ゲームデザイン」側の「意図」をモデルにも反映してあげる必要があります。
例えば、先程の例だと、コストを沢山支払うアクション程、高い利得を得られるようにしたいと思います。
ここでは、コストを50%多く見積ることによって、その評価値を計算してみます。
そうすると、よりコストの高いアクション程、評価値が低くなってしまいました。これを是正する形でアクションのパラメータを修整すると、以下のように変わります。
これにより、「コストをまとめて払った方が良い」というデザイナーの「意図」を導入した形で「バランス調整」を行う事が出来ます。
このようなモデリングは「バランス調整」においてパラメータを削減するという意味での効率化だけでなく、「バランス調整」におけるデザイナーの「意図」を明確化し、見通しを良くするという意味でも価値があります。
「良いバランス調整」とは
さて、前節で「バランス調整」にはデザイナーの「意図」を組み込む必要があるという話をしました。
つまり、今、評価値として算出しているものは、絶対的な正解としての値ではなく、デザイナーが設定したモデル上での評価値に過ぎないということです。
このモデルが正しいかどうかはテストプレイを通じてテストされます。
この「ゲームのモデリング」の利点とは、ゲーム中の各要素のパラメータを別々に調整するのではなく、ゲーム全体をモデリングしたパラメータを調整することによって「バランス調整」を効率的に行う事ができるようになる点です。
では、「良いバランス調整」とは、一体何なのでしょうか?
私は、ゲーム中の選択が「意味ある選択」となっているかどうかが重要だと考えています。
例えば、
など、がゲーム中の選択が「意味ある選択」になっていない例になります。
つまり、「思考を介する事なく選択が一意に決まってしまう」ことが「意味ない選択」であると言えます。
また、逆に上で少し話した「選択の価値が等価で選ぶ意味がない」ことも「意味ない選択」になります。
「意味ある選択」とは、このような「意味ない選択」とは反対に、「選択の価値に差があり、思考を介する事なく一意に答えが定まらない選択」であると言えます。
ちょっと、感覚的な部分でもある為、どこまでが「意味ある選択」でどこまでが「意味ない選択」なのかの判断はデザイナーに委ねられることになるでしょう。
ただし、重要な考え方として、「絶対的に選ばない(もしくは必ず選ばれる)要素が存在しない」というのが、1つ大事な基準であると考えています。選択される確率が極端に低い(もしくは高い)要素は作るべきではない、つまり、「各要素の選択確率が一定の範囲内に収まるようにすべきである」というのが、「良いバランス調整」の1つの基準と言えるでしょう。
ランダム要素の評価
ボードゲームで重要な要素の1つに「ランダム要素」があります。
少し細かい話ですが、「ランダム要素」を含む要素をどのようにモデル化し、評価するかを考えていきたいと思います。
「ランダム要素」をモデル化する基本的なツールが「期待値」です。
「期待値」が何かついてはここで説明しませんので、wikipediaなどを見てください。確率に関する基本的な評価値の1つです。
しかし、「期待値」だけでは、「ランダム要素」を含む選択肢を正しく評価できません。
例えば、以下のような例を考えてみましょう。
この2つの選択肢、「期待値」はどちらも全く同じになります。
しかし、どちらを選択するのか、という選択確率の違いがゲームの状態によって現れてきます。
プレイヤーは勝っている時には、あえてリスクを背負う必要がないため、概ね期待値の高いプレイを選択しますが、負けている場合、期待値通りのプレイをしても勝ち目がないため、より逆転が期待できる「分散の大きい」選択肢を選びます。
つまり、上記の選択の場合、勝っている場合は50%の確率で選択するのに対し、負けている場合は上のダイスを振る選択をするプレイヤーが多くなります。
これにより、この2つの選択肢における選択される確率は大きく違ってしまいます。
これを是正するためには、「分散の大きい」選択肢を高めの価値で評価してあげる必要があるでしょう。
上記の場合、下の(ダイスを振らない)選択肢を8点くらいにすると、勝っているプレイヤーは下を選択する確率が高まりますので、結果的に選択確率のバランスが取れるようになります。
「期待値」はとても便利ですが、それだけでは各要素の価値は評価出来ないということには注意しておきましょう。
まとめ
以下に今回の話の要点をまとめておきます。
今回、「ボードゲームのバランス調整」に関して、私がボードゲームを作る際に行っているノウハウについて紹介しました。
これは、あくまでも私がゲームのバランスを調整する上で行っているプロセスに過ぎませんが、参考になれば幸いです。
最後に改めて、この「バランス調整」はゲームデザインではなくディベロップという後段で行うプロセスであることを念押ししておきます。ゲームのバランスはよほど壊れていなければ、ゲームデザイン自体のテストをする上では問題ありません。
これまで、「バランス調整」に関する方法論はあまり語られてきていないと思うので、自分はこうやっているよ、みたいなお話がありましたら、ぜひ聞かせてください。
そうして、ゲームデザイナーの間でノウハウが共有されていくと嬉しいな、と思います。
ここまで、お付き合いいただきありがとうございます。
何かコメント等ありましたら、Twitter(@nannann2002)等にいただけると嬉しいです。
また、他にもゲームデザインに関する記事や、これまで作ったゲームの制作ノート等を公開していますので、合わせてお読みいただけると嬉しいです。