見出し画像

花物語 巻ノ八・キク

伝統の至芸と仏花の定番

挫折の想い出と再チャレンジ

中学生の時、技術家庭の教科書に、大菊の3本仕立てが解説されていた。授業を楽しみにしていたら、挿し芽の季節を過ぎてもその気配は皆無だった。菊栽培について、ほとんど触れないまま、その学年は終わった。先生の専門外だったらしい。

ならば自分でと、翌年の春に大菊のポット苗を購入した。黄色の厚物だった。教科書では足りぬと、菊づくり入門みたいな本も購入し、熟読した。意気揚々と栽培を開始したものの、経過はほとんど覚えていない。

秋になり、とても大菊とは言えない、ラベルの写真と同じ色の花が咲いたことを記憶している。それから2度か3度、苗を購入したと思う。小菊の懸崖仕立てや、盆栽仕立てに憧れたこともあった。盆栽仕立ては春の挿し芽ではなく、冬至芽から栽培をスタートするという知識だけは、この頃に身についた。それが自分の手で実現したことはなかった。

当時の失敗は栽培技術や経験不足というより、最初の熱量が数ヶ月間持続しないことに尽きる。5月に挿し芽後の苗を入手しても、開花まで約7ヶ月。工数も多いし、慣れなければ失敗しがちである。活着苗から植え替えが2回。主な作業だけでも、摘芯、誘引、わき芽かき、支柱立て、3本の高さを調節(超高難度)、柳芽が出ればその処置、摘蕾、輪台の設置。

次々と襲い掛かる、病気、害虫との果てしなき闘い。春のアブラムシ、さび病に始まり、開花時まで殆ど農薬散布を欠かせないし、ナメクジやヨトウムシの駆除には夜回りまで必要になる。というわけで、若き日の無謀なる大菊栽培は失敗に帰しトラウマを残した。

大人になってからも伝統菊の栽培は避けていた。数年前、思い立って、福助仕立てに向く大菊の苗を数本、購入した。それを親株にして7月に挿し芽をした。以後の管理工程をかなりサボったものの、11月にはそれなりに大菊らしい花が楽しめた。草丈が伸びすぎ、花も大菊としては小さめのなんちゃって福助ながら、過去の挫折からすると大進歩だ。

また、盆栽用の小菊苗も入手した。こちらは、仕事してる間は無理だろうと最初から盆栽きするつもりがなく、ダルマ仕立てにした。ビッシリ、見事に咲いてくれた。菊の大敵はサビ病だが、大菊でも小菊でも、無農薬でサビ病が発生しない品種があることを知り、それだけ残すようにしている。

福助仕立ての大菊、厚物と管物

野、家、観賞、生産、伝統、古典、現代。菊。キクとはなんぞや

キクという植物の定義を改めて整理してみる。広義にはキク科という、とてつもなく大きなグループがあり、世界中に約2万種が分布している。植物の総数種類に対し5%を超える数字である。タンポポ、ヒマワリ、ガーベラ、マーガレット、ダリア、アザミ、ヒャクニチソウ、コスモス、マリーゴールドと、誰もが知っていそうな花の名が含まれる。しかし通常、これらはキクとは呼ばない。

一方で、和名末尾にキクがつきながら、キク科に属さない植物が存在する。シュウメイギク(別名キブネギク)、マツバギク、ダンギクで、それぞれキンポウゲ科、ツルナ科、クマツヅラ科だ。よく知らないとキクの1種かと思うけれど、無縁である。

狭義のキク、和名が単なるキクという植物は、別名イエギクあるいは栽培ギク、学名クリサンセマム・モリフォリウム。ラテン語表記の際、種小名の前につく×は交雑種の意味。中国原産のチョウセンノギクとハイシマカンギクの雑種が起源とされている。

イエギクと対照的に認知されている、ノギクという花の名がある。しかし、単なる和名ノギク、は存在しない。キク科のうち複数の属にまたがる、日本産野生種の総称である。

キクすなわちイエギクは奈良時代末~平安初期に渡来したとされている。万葉集にはキクを詠んだ歌は1首もない。当初は薬用、やがて貴族の間で観賞用となり、古今和歌集になるとキクの歌が登場する。鎌倉時代、後鳥羽上皇がキクを好み、「菊紋」を皇室の家紋としたというトピックがある。春の桜に対し秋の菊として、日本を象徴する花になったのはここからだ。

江戸時代になるとキク栽培は武士のたしなみとして広がり、各地で独特の品種や仕立て方が発達していく。やがて庶民の間にも栽培と観賞が普及していき、幕末にピークを迎える。ヨーロッパに渡り人気を博するようになるのもその頃からとされている。このあたりは、アサガオと同じ経緯だ。

明治維新から第二次世界大戦までは下火となり、戦後の復興とともにまたキク栽培の愛好家が増え、何度かのブームを経て、現在まで各地の菊花会、菊花展に連なっている。この分野における菊を、伝統的な菊、伝統菊、古典菊、観賞菊などと称する。いずれの語も曖昧な部分があり、あまり用いられることなく、単に菊、と言ってしまうことが多い。区別するために伝統菊としよう。

一文字菊、皇室の御紋に近い咲き方

冠婚葬祭のキクは意外と最近の風習

一方で今日、一番身近な菊といえば、仏壇、墓前に供える切り花として、1年を通して販売されているものと、鉢植えでボール状の草姿に仕立てられた小菊だろう。小菊であれば、庭の片隅に植えっぱなしで毎年、咲いていることも多い。それらは、観賞菊に対して、生産菊と称する。食用菊を除き、生産した後に誰かが観賞するわけだから、言葉としては矛盾している。

花を咲かせるまでの栽培過程を主に農家すなわち花の生産者が行う(ただし、家庭で栽培することも決して難しくはない)。なので生産菊となる。わかりにくい。そこで生産菊と言わず、伝統菊に対して現代菊とよぶのがわかりやすい。以後はそちらに統一する。

現代菊は幕末にヨーロッパに渡って普及、改良されたキクが、明治期に逆輸入され、品種、栽培技術と産地を確立させながら、冠婚葬祭、仏前墓前に欠かせない花となっていった。このあたりは、ユリやアジサイとよく似ている。伝統菊の栽培が盛んだった江戸時代まで、冠婚葬祭や仏前墓前にキクを使う習慣は、なかったようだ。

繰り返しになるが伝統菊を栽培菊と称すのは、開花した状態で販売されることが少ないから。春と秋に苗が若干流通する。江戸時代の大発展、戦後の復興から一貫して、愛好家が1年を通して栽培するものとして、脈々と受け継がれてきた。だから栽培菊なのである。現代菊は栽培するより、生産されたものを生花店や園芸店で購入して観賞するもの、例外だらけだが。

キクという花を解説した書物はあまたある。しかし、伝統菊=栽培菊、現代菊=生産菊という大きな括りを明快に説明している例は少ない。植物の種としては同じものだし、品種としても重なっている部分もあるのだが、両者は明確に別物、別世界であることを認識しておくことが、この身近にある花、キクという花を知る第一歩だ。

お正月に向けていけた、大菊をもとに改良された西洋菊

伝統菊の主役、大菊

古代に中国から渡来し、主に江戸時代、改良され大発展した伝統菊。栽培している人は多くない。主に菊花展の場で今日に受け継がれている。花の大きさ別に、大菊、中菊、小菊と大別される。これは先ず覚えておきたい。大菊は花の形で、厚物、管物、その他に大別される。その他という分類はないのだが、菊花展では圧倒的に厚物と管物が多く他の大菊はマイナーだ。

厚物は、「アツモノに懲りてナマスを吹く」の羹ではない。花弁が厚いのである。これぞ菊と言わんばかりの、風格が漂う、整った花の形。太い花弁はすべて上を向いて、全体としては輪状に盛り上がる。芯は頂点にあり、限りなく左右、四方が対照となり、乱れがないほど、優れた厚物の花と評価を受ける。

厚物の変化形に厚走りがある。下の方にある花弁が四方に長く伸びたもの。バランスよく走り弁を伸ばした厚走りにはなかなか出会えない。

管物はクダモノと読むが果物とは関係ない。花弁が細く管になっている。厚物と異なり花弁は上から下へしだれるように咲き進む。花弁の太さで区分され、太い順に太管、間管、細管、針管となる。そこまで分ける意味があるのかよくわからない。コンテスト形式の菊花展では細分化されたジャンルごとに審査が行われるようだ。

大菊その他のうち、比較的、目にするものが一文字菊。幅の広い平らな花弁、なんと一重である。横から見ると平らで、上から見ると菊の紋章にみえる。だから御紋章菊という高貴な別名もある。

あとは美濃菊、大掴み。美濃菊は一文字菊を八重にした形。大掴みは厚走りに似て、下方の花弁が四方に長く伸びる。上部が厚物のように整然としておらず、数枚の花弁が塊となって、何段にも盛り上がって咲く。これは奥州菊という別名がある。美濃菊と奥州菊(=大掴み)が厄介で、大菊と一線を画し、後に述べる中菊と一緒に古典菊(狭義の)とグループ分けされることもあるのだ。

大菊には仕立て方がいくつかある。基本は三本仕立て。幹を三本に分岐させ、高さを天、地、人に整える。ゴージャスなのは七輪仕立て、もっとゴージャスな千輪仕立て。あまりみないのは一本仕立て。コンパクトに収めつつ、三本の幹を立たせるダルマ仕立て。さらにコンパクトで一本、一花を咲かせる福助仕立て。

中菊のひとつ、嵯峨菊

ローカル色豊かな中菊と仕立てで魅せる小菊

中菊は花の大きさが中程度で切り花に向く品種のグループ。江戸時代に栽培されたエリアによって独自の花形が発展した。狭い意味で古典菊は主に中菊を示す。江戸菊、嵯峨菊、伊勢菊、肥後菊がある。ここへ大菊である美濃菊と奥州菊(=大掴み)が並べられることがあるのは、それぞれ改良された地方が明確だからと思われる。個々の特徴は省略。

小菊は最も小輪で、よくあるスプレー菊やポットマムと品種が異なるのか、同じなのか、実はよくわからない。花の形は一重、八重、貝咲き、丁子咲き、あざみ咲き。仕立て方は、なんといっても懸崖。崖に生えている松を模した盆栽の懸崖仕立ても同様だが、小菊の懸崖は整然とした楕円の長テーブルを傾けたような姿をしている。

そして菊盆栽。松柏や梅の盆栽と同様に、木化した幹をもたせ、成長中には針金掛けをして形を整える。直幹、双幹、三幹、模様木、数立て、根つながり、斜幹、根上がり、寄せ植えなど、あらゆる盆栽の仕立て方が菊によって実現している。菊は草本であり1年で枯れてしまう。だから菊盆栽の凄さは冬至芽から約1年で仕立て上げることだ。

秋、全国で開催される菊花展にはコンテスト形式とお祭り形式がある。コンテスト形式では大菊が圧倒的に主役、次いで小菊懸崖仕立てや菊盆栽だ。中菊(古典菊)はやや劣勢。お祭り形式では、小菊が主役となり、懸崖をさらに応用した、菊人形で彩られる。

秋、全国で開催される菊花展にはコンテスト形式とお祭り形式がある。コンテスト形式では大菊が圧倒的に主役、次いで小菊懸崖仕立てや菊盆栽だ。お祭り形式では、小菊が主役となる。懸崖をさらに応用した、菊人形や、動物などさまざまな形のトピアリーで彩られる。

菊盆栽

植物名一覧

(菊、はこれ)

  • キク科 キク属

    • イエギク Chrysanthemum x morifolium(クリサンセマム モリフォリウム)

(キク科は幅広い)

  • キク科 ヒマワリ属

    • ヒマワリ Helianthus annuus(ヘリアンサス アンヌス)

  • キク科 タンポポ属(タンポポは総称)

    • カントウタンポポ Taraxacum platycarpum(タラクサカム プラティカルプム)

    • セイヨウタンポポ Taraxacum officinale(タラクサカム オフィシナレ)

  • キク科 ガーベラ属

    • ガーベラ Gerbera jamesonii(ゲルベラ ヤメソニイ)

  • キク科 モクシュンギク属

    • マーガレット Argyranthemum frutescens(アルギランセマム フルテッセンス)

  • キク科 ダリア属

    • ダリア Dahlia x hortensis(ダリア ホルテンシス)

  • キク科アザミ属(アザミは総称)

    • ノアザミ Cirsium japonicum(キルシウム ジャポニクム)

  • キク科 ヒャクニチソウ属

    • ヒャクニチソウ Zinnia elegans(ジニア エレガンス)

  • キク科 コスモス属

    • コスモス Cosmos bipinnatus(コスモス ビピナツス)

  • キク科 コウオウソウ属

    • マリーゴールド(フレンチマリーゴールド) Tagetes patula(タゲテス パツラ)

(キクにしてキクにあらず)

  • キンポウゲ科 イチリンソウ属

    • シュウメイギク Anemone hupehensis(アネモネ フペヘンシス)

  • ハマミズナ科 マツバギク属

    • マツバギク Lampranthus spectabilis(ランプランツス スペクタビリス)

  • シソ科ダンギク属

    • ダンギク Caryopteris incana(カリオプテリス インカナ)

(イエギクの先祖)

  • キク科 キク属

    • チョウセンノギク Chrysanthemum zawadskii(クリサンセマム ザワドスキイ)

    • ハイシマカンギク Chrysanthemum indicum (クリサンセマム インディクム)

(経緯が似ている)

  • ヒルガオ科 サツマイモ属

    • アサガオ  Ipomoea nil(イポメア ニル)

  • ユリ科 ユリ属(ユリは総称)

    • ヤマユリ Lilium auratum(リリウム オーラタム)

  • アジサイ科アジサイ属

    • アジサイ Hydrangea macrophylla(ハイドランジア マクロフィラ)

参考Webサイト

(全般)

(確かな栽培情報)

(菊の種苗会社)

(菊花展へ行こう)

参考文献

(全般、文化)

(キクの定義と分類)

(栽培、分類)

最終修正 2024年11月3日


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?