花物語 巻ノ九・サルスベリ
炎天下に生き生きと咲く百日紅
夏の庭を諦めてはいけない
園芸家にとって盛夏とは焦燥と諦めの季節である。絶え間なく生い茂る雑草。反比例し弱っていく多くの園芸植物。厳しさを増すばかりの猛暑、酷暑。日中の庭仕事は人体にも危険だ。春の庭を美しく仕立てることは難しくない。しかし変わり果てた盛夏の庭に向き合えば、日中のどうしようもない暑さも相まって、ただ挫折と諦めの心境となる。
それでもいくつかの耐暑性をもつ園芸植物がある。旺盛な生育と絶え間なく咲く花で、諦めの夏を彩ってくれる。我が世の春ならぬ我が世の夏。サルスベリもそんな花の一つだ。
サルスベリの開花は、夏の暑さ次第でかなり左右される。梅雨らしい梅雨が長引くかどうか、冷夏か猛暑か。日照と気温の影響が大きいようだ。空梅雨で猛暑であるほど早く咲き始める。盛夏の暑さに比例して溢れんばかりに咲く。残暑の厳しい秋はとりわけ元気だ。
春、サルスベリの芽吹きは遅い。落葉樹でありながら、南方系のためだろうか。ソメイヨシノがとうに散り、カエデもコナラもその葉が大きく開ききった晩春。サルスベリはなお、休眠したまま。枯れてしまったのかと心配になる。周囲が新緑で覆われたころ、やっと芽吹く。新芽は赤くて美しい。触ると、ふにゃふにゃとしている。
梅雨の終わりから咲き始める。品種や植えてある場所で多少、早晩がある。満開になると実をつけるので、だんだん花がまばらになってくるものの、肌寒くなる10月まで咲く。「史上最暑」となった2023年には11月にも咲いていると話題になった。
紅の花が長期間咲くことから、百日紅(ヒャクジツコウ)という別名がある。別名に違わず開花期間は100日を超える。ただし1つの花の寿命は短い。色褪せる前に潔く散る。強風や大雨だと一斉に散る。散り際はサクラに負けず美しい。なのに、散り百日紅は注目されない。開花期間の違い故か。雨で一斉に散ったあとの掃除が大変だからか。
百日紅と同じ意味合いの命名が百日草(ヒャクニチソウ)、千日紅(センニチコウ)。いずれも夏の、開花期間が長い草花である。
サルスベリの花色は紅の濃淡が基本色。白花は変種としてシロバナサルスベリということもある。園芸品種の花色は、紅~赤の濃淡、赤紫~紫の濃淡~藤色、桃色の濃淡、白、白覆輪~複色と実に幅が広い。
サルは滑らない? 他人のそら似と似てない親類
ツルツルとした幹肌から、サルが滑る。という和名の由来は見た目にわかりやすく、よく知られている。実際にはサルは軽々と登るという説もある。また、ことわざの「サルも木から滑る(正しくは落ちる)」を連想してしまうが、それは必ずしもサルスベリのことではなかろう。
山野に生えているリョウブ、街路樹で見かけるヒメシャラ、ナツツバキの幹肌も同じようにツルツルしている。これらはサルスベリとは科からして異なる。それぞれ、「ニセサルスベリ」「サルスベリモドキ」「サルスベリダマシ」という別名がある(全部嘘。ただ、地方によっては、これらの植物をサルスベリと称する、らしい)。
落葉中木とされているサルスベリの一般的なイメージは、見上げるほどの高さと、サルが滑る(ように見える)幹がある庭園樹。そうでないのが、一才サルスベリあるいは矮性サルスベリとして改良された品種だ。
一才サルスベリでも盆栽または盆栽風の鉢植えであれば、サルスベリ感はある。ツルツルとした幹が見えるからだ。花壇やプランターに植えられた矮性サルスベリはそうでもない。ビッシリと花をつけている様子を上から見下ろすと、もはや草花にしか見えない。
アメリカではこのタイプを含むサルスベリが多種多様に改良され、大人気だそうだ。日本でもブレイクしつつあるように感じる。夏の花壇に植える草花、サルスベリ。気が付いたら、園芸売り場にサルスベリの苗がズラリ・・・(妄想)。
分類はミソハギ科。ミソハギは盆に切り花にする草本である。姿は似ても似つかない。花はずっと小さいが房になるのは同じ。1輪をよく観察してみれば同じ作りなのだろう。
最近の分類ではヒシとザクロがミソハギ科に含まれることになった。ザクロは、なんとなくサルスベリと似ていないこともない。新芽が赤かったり、花がバラバラと散ったりする。水草のヒシがサルスベリの親類であるとは。ミソハギ以上に想像がつかない。
アジアの仲間たち
サルスベリは中国南部原産、日本には江戸時代初期に渡来(※)。国内には唯一、南西諸島にシマサルスベリが自生する。こちらは高木となり白い花が地味なためか、あまり園芸化されていなかった。近年は少しずつ植栽に用いられるようになり、うどんこ病への耐病性が高い点を取り入れるため、サルスベリとの種間交配も行われている。
熱帯アジアと北オーストラリアには、より大型のオオバナサルスベリが自生している。1輪の花が手の平くらいのサイズで、花房も大きくて見事。日本では園芸植物としてよりも、その葉が健康茶の材料として、タガログ語名バナパで通じている。沖縄・石垣島では街路樹になっているそうだ。
中国名は百日紅の他に、紫薇(シビ、原語読みはズーウェイ)または紫微花という。これは唐の時代、首都長安の紫微(宮廷)に多く植えられたため。その影響で、日本でもサルスベリは高貴な花として宮廷や寺社に好んで植えられた。確かに極楽寺など鎌倉の寺院にはサルスベリの見事な古木、大木が多い。
英語名はクレープ・マートル(Crape myrtle)。クレープはちりめん(お菓子のクレープも表面の焦げもようがちりめん状であることから)、花弁の形状から。マートルはフトモモ科の花木ギンバイカ。日本ではあまりなじみがない花だがヨーロッパではハーブ、庭木としてサルスベリよりもメジャーらしい。と、思っていたら、最近は横浜でもギンバイカ、植栽されて開花しているのを見かけるようになった。
また、調べていたら大変興味深い2010年のニュースを発見。修学旅行のメッカ、宇治平等院鳳凰堂前の「阿字池」の底にある940年ごろの地層からサルスベリの花粉が検出された。間違いなければ渡来時期が約600年も遡ることになる。今のところ続報はなく、研究結果が待たれるところだ。
その剪定方法、今昔
サルスベリの剪定は葉が落ちた冬に行う。昔の園芸書には強剪定をしなさい、花房が大きくなるから、と書いてある。中途半端に切ると花房が貧弱になるのでよろしくない、というニュアンスだ。前の年に剪定したところまで、すなわちその年に伸びた枝を全部切り落とす。すると確かに翌春に芽吹く新梢が太く長くなり、花房も大きい。
強剪定を毎年繰り返すと結果、何が起こるか。枝が伸び始める位置が固定され、やがて大きなコブができる。冬の落葉樹はコブだらけ、サルスベリ独特の樹形。それは決して自然樹形ではない。極めて人為的なものだったのだ。
最近の流行りではあえて強剪定をせず、その年に伸びた枝の半分くらいを残し弱剪定にする。すると翌年は切った場所から伸び始める。花房は小さくなるものの、枝の数が増え樹全体の花の数としては見劣りしない。極端な話、無剪定でも、前年に咲いた実の残り具合によるが、状態が良ければ樹の全体が花で覆われたようになる。
弱剪定を続ければ見苦しいコブが肥大しない。強剪定で開花させているサルスベリ独特の人工的な不自然さがなくなり、自然樹形に近くなる。庭園において他の樹木や風景との調和を乱さない。このことは、今はもう閉園した宝塚ガーデンフィールズのガーデナーに教わった。
自然風剪定とはいえ、家庭の庭であれば混みすぎた枝や、根元から発生するひこばえは切り落とす必要がある。それもせずに放置すると、やがて株立ちとなり、果ては藪となり、主たる幹を見失う。しかし日当たりがよければ、ひこばえにも花が咲くので、それをよしとする人もいる。
繁殖は挿し木がとても簡単。かなり太い枝(というより幹)を切って少々乱暴に挿しても発根する。また種がよくつくので、実生で殖やすこともできる。通常、樹木の実生は開花までに長い期間を要するが、サルスベリでは種をまくとその年か翌年には咲くそうだ。温暖化の世、園芸におけるサルスベリ活用の可能性は高まっていく気がしている。
日陰では咲かない
我が家の庭には白いサルスベリの木が1本ある。樹齢は30年ほどだろうか。ちょうど前世紀の末に家を改築した。工事のため二本のウメを残して他の樹木を失った。新たな庭を設計した際のコンセプトは、四季を通して咲く花木が絶えない庭、だった。
春に咲く花木は多く、選択に迷う。一方で夏の木は選択肢が限られる。当初はサルスベリと、ムクゲを植えた。ムクゲは数年で枯れてしまい、今その場所にはノウゼンカズラが植わっている。
サルスベリは最初、北側の植栽スペースに植えた。屋根越しに日光が当たる時間があるから大丈夫だろう、ということだった。実際にはその年も、翌年もほとんど咲かなかった。明らかに日照不足だった。南側に植え替えると、翌夏たちどころに、たわわな白い花を咲かせるようになった。
ただ、他の場所に多い紅色系のサルスベリよりも、半月くらい遅れて咲き始めている気がする。白花サルスベリの特徴なのか、家の庭は夏、ウメの葉が茂るため若干日当たり不足なのか。
梅雨時には後述するうどんこ病の発生が多い。特にうどんこ病の症状が酷くなった時は、一度、思い切って剪定をしてしまう。その際は各枝に多少なりとも葉を残すようにする。そうすると、夏に向かうほどうどんこ病の発生が減り、本来の開花期からあまり遅れずに咲く。
そう、サルスベリを栽培していて悩ましいのは、カイガラムシとうどんこ病だ。いずれも気温が低いとか雨天曇天が続くなど、サルスベリの生育に不適な気象条件が続くと被害が拡大する。日当たりの悪い場所に植えられていればなおのこと。
うどんこ病が発生するなどして、弱ったサルスベリほど、カイガラムシが好んで集まってくる。弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂ならぬ貝殻虫。植物は種ごとの好適な環境で健全に育っていれば、ヒトと同様に抵抗力をもって跳ね返すことができるようだ。
植物名一覧
(主役)
ミソハギ科 サルスベリ属
サルスベリ Lagerstroemia indica(ラジェルストレーミア インディカ)
シロバナサルスベリ Lagerstroemia indica var. alba(ラジェルストレーミア インディカ アルバ)
(春の芽吹き)
バラ科 サクラ属
ソメイヨシノ (サクラの代表格) Cerasus x yedoensis(ケラスス イエドエンシス)
ムクロジ科 カエデ属
イロハモミジ(カエデの代表格) Acer palmatum(アケル パルマツム)
ブナ科 コナラ属
コナラ Quercus serrata(クエルカス セラータ)
(夏に長く咲く花名)
キク科 ヒャクニチソウ属
ヒャクニチソウ Zinnia elegans(ジニア エレガンス)
ヒユ科 センニチコウ属
センニチコウ Gomphrena globosa(ゴンフレナ グロボーサ)
(他人の空似)
リョウブ科 リョウブ属
リョウブ Clethra barbinervis(クレトラ バルビネルヴィス)
ツバキ科 ナツツバキ属
ナツツバキ Stewartia pseudocamellia(ステワルティア プセウドカメリア)
ヒメシャラ Stewartia monadelpha(ステワルティア モナデルファ)
(似てない親類)
ミソハギ科 ミソハギ属
ミソハギ Lythrum anceps(リトルム アンケプス)
ミソハギ科 ヒシ属
ヒシ Trapa japonica(トラパ ジャポニカ)
ミソハギ科 ザクロ属
ザクロ Punica granatum(プニカ グラナツム)
(アジアの仲間たち)
ミソハギ科 サルスベリ属
オオバナサルスベリ Lagerstroemia speciosa(ラジェルストレーミア スペシオサ)
シマサルスベリ Lagerstroemia subcostata(ラジェルストレーミア スブコスタタ)
ヤクシマサルスベリ Lagerstroemia subcostata var. fauriei(ラジェルストレーミア スブコスタタ フォーリエイ)
サルスベリとヤクシマサルスベリの交配種 Lagerstroemia x fauriae (ラジェルストレーミア フォーリエイ)
(ヨーロッパではこちらがメジャー)
フトモモ科 ギンバイカ属
ギンバイカ Myrtus communis(ミルタス コムニス)
参考Webサイト
(栽培)
(中国のサルスベリ)
(名の由来、サルは滑る?)
(品種)
(アメリカのサルスベリ事情)
(花名所)
(歴史を塗り替える発見かも?)
参考文献
(品種紹介と栽培管理)
(栽培管理、特に剪定)
(繁殖、病害虫防除)
(盆栽)
最終修正:2024年11月5日
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