見出し画像

はな・物語 巻ノ十三・チューリップ

美しい花は時に人を狂わせる

上には上がある、こんなチューリップがある

横浜公園では毎年、約14万本のチューリップが咲く。品種数も多い。国内有数のチューリップ名所であり、ここを上回る花数は、そうないだろうと思っていた。結婚してから石川県にある妻の実家へ帰省するようになった。実家から車を走らせて1時間ほどで富山県砺波市に着く。ある年のゴールデンウィーク、開催中のとなみチューリップフェアを訪ねた。

凄かった。横浜公園などとても足元に及ばず、比ではなかった。約300品種約300万本。砺波は間違いなく国内最大である。海外へ目を向ければ、当然、それを上回る規模の名所がある。チューリップといえばあの国である。オランダ、キューケンホフ公園。約800品種、700万本以上。

コロナ禍を(実質上)終えた2023年春以降。インスタ映えを狙って、日本各地に数万本規模のチューリップ名所が現れた。喜ばしい反面、残念なのは年々、春の訪れが早くなり、短い春になっていることだ。かつて横浜のチューリップは3月末から咲き始め、品種の性質通りに順次開花。5月の連休までは十分、見頃が続いた。近年は4月初めに一斉に咲いてしまい、連休前に散ってしまうようなこともある。富山でも似た状況のようだ。

チューリップの名所を開花シーズンに訪ねてみる。他の来訪者の様子を観察する。必ず、耳にする言葉がある。「こんなチューリップがあるの?」。そこで花をみると、主に八重咲き、シャクヤクに似た花だ。次いでその言葉をかけられやすいのは、百合咲きやパーロット咲き。これらの品種は私が就職した1990年にはすでに球根が販売されていた。そう珍しいものでもない。

咲いた、咲いた、赤白黄色、カップの形をした、いわゆるチューリップ、しか知らない。21世紀を迎え、令和の世となっても、そんな会話はいっこうに減らない。私からすると不思議でならない。次にチューリップの分類をひととおり。

となみチューリップフェア

原種からアイスクリームまで

大別すると原種系、一重、八重である。原種系は野生種のまま、またはその変異など性質を残した品種。多くは早咲きで、チューリップとしてはかなり小型。なぜか性質が丈夫で、植えたままにしておいて、毎年咲く品種が多い。

ちなみにチューリップの球根は開花した後に消耗していて、夏に葉が枯れるまでに充実する。日本では夏が早く来てしまうこと、冬に乾燥することが悪影響で、よい球根にならないことが多い。球根生産に適しているのは北陸だけで、新潟県と富山県が産地になっている。冬、湿潤で、夏を迎える季節がゆっくり進むからだ。産地以外でチューリップの球根を翌年も咲かせるなら、まず原種系、改良品種なら早咲きほど確率が高い。

一重、八重、それぞれに、早咲き、遅咲きがある。八重は先に述べた、しべが弁化したゴージャスな花だ。一重はいわゆる、チューリップである。従来の横浜の気候で考えると、早咲きは3月の下旬から開花。遅咲きは4月の下旬から開花。開花期間は1週間から2週間、温度に左右され、寒い時期に咲いた花ほど長くもつ。

一重、には中生がある。開花が4月の上~中旬から。現在はトライアンフ系とダーウィンハイブリッド系に整理された。ダーウィンハイブリッドは大きな花が特徴。トライアンフ系が、いわゆる、普通のチューリップだ。花の色は、歌われる赤、白、黄の他にも豊富にある。桃、橙、紫、青紫、黒(実際はごく濃い紫)、それぞれの複色と、最近は茶色まである。

残るは独特な咲き方または色彩をもつ系統。いずれも開花時期は遅め。ユリ咲き系、ユリのような尖った細い花弁をもつ。フリンジ咲き系、花弁の縁にギザギザと細い切れ込みが入る。パーロット咲き系、花弁に粗い切れ込みがあり、乱れ、波打つ。オウムに見立てた系統名。ビリディフローラ系、花弁の一部が緑色。レンブラント系、絞り模様が入る。チューリップバブルの時代に大流行したが、それはウイルスによる病気の初期症状で、すべて絶えてしまった。現在ある品種は改良によるもの。

私に「こんなチューリップが!」と声を上げさせた品種は2004年に日本で発売された。「アイスクリーム」。咲きながら中心部が盛り上がる。コーンに盛ったアイスクリーム。写真を見て信じられず、自分で栽培してみた。花は写真通りに咲いたものの、背が伸びない。その後、となみチューリップフェアなどで見かけた。他のチューリップがよく育っていても、アイスクリームだけは貧弱だったりした。

今は黄色や桃色、紫色などで、アイスクリームと似た咲き方をする品種が現れている。アイスクリームほどには弱くないようだ。

チューリップ「アイスクリーム」

バブルの起源

チューリップ・バブル。いま気がついたのだが、ややこしいことに、球根を英語でバルブと言う。だから、チューリップ・バルブ! 違う。

日本では1990年代半ばにバブルが弾けた。2008年のリーマンショックでは、多くの国が不況に喘いだ。お金がお金を産むような投資、投機。みんなが儲かる、はずはないのに、時々歴史はそんなイタズラをする。みんなが儲かっていると勘違いしてる、集団催眠にかかった状態がバブル経済で、夢から覚めるとバブルが弾けたと表現する。よい例えだ。

この経済用語、出発点はチューリップである。18世紀のオランダで、園芸植物としてチューリップが人気を博し、品種改良が盛んになる。新しく、珍しく、美しい品種だと球根が高値で売れる。高値で売れる、値上がり続けるとなると、利鞘を稼ぐためだけに売買する輩が現れる。

そうなると球根が流通する季節だけでは面白くない。チューリップがまだ土の中で小さな芽を除かせているだけの冬も、花が咲く春も、夏に掘り上げられるであろう球根を、帳簿上だけで売買する。これが先物取引の誕生に繋がったと言われている。

観賞の対象であるチューリップ。その価値、価格は、明確な基準がない。高くても欲しいと魅力を感じる人がいれば売れるし、希少性はそれを助長する。反対に供給が増え過ぎれば暴落する。あるいは、魅力を感じていた人が飽きて、いなくなってしまったら。

いつでも崩壊の日、その日は突然やってくる。

多数の破産者、自殺者を出すに至ったチューリップ・バブル。18世紀のことだ。人間がその愚かな面において、いかに進歩しないか、その後の歴史が語る通り。

八重咲のチューリップ

球根のよしあしと、冬の水やり

チューリップは園芸ビギナーに最適な植物のひとつ。欠点は球根を植えた後、土と少しずつしか伸びない芽を長い間、みていること。せっかく開花しても、1週間程度しか楽しめないこと。けれども、球根を植えれば、概ね、咲く。手間も少なく、咲く。失敗するポイントがあるので、押さえておけば大丈夫。

まずは球根。春、チューリップが満開になると、必ず聞かれる。チューリップの球根(とか、苗とか)、売ってませんか。売ってません。即成してない、季咲きのチューリップが咲く季節に、チューリップを買おうとしたら、それは困難だ。売れ残りの鉢植えしかない。格安だとしても、その後、あるいは翌年、開花することはまず、ない。

チューリップの球根を植え付ける適期は10月と11月。お店に並ぶのは9月頃から。9月だとまだ暑いので購入したら風通しのよい日陰で保管。ギリギリに購入すると、店頭で球根が劣化してる可能性があるので注意。手で押してみて、柔らかくフカフカしていたらダメ。硬く締まり、カビなど生えていないこと。多少の傷は大丈夫、皮は剥けていても支障ない。

球根の植え方。鉢植えでは浅く、先端が隠れるくらい。地植えでは深く、球根の2個分くらいの土を被せる。つまり球根3個分くらいの植え穴を掘る要領だ。それぞれ理由がある。

チューリップの根は球根の下にしか生えず、上に広がることはない。鉢植えでは土の量に限界があるから、できるだけ球根の下の土を多くする。地植えでも同じ理屈で浅く植えてもよい。ただし、鉢植えは栽培期間中に水やりするが、地植えはよほど乾燥しなければ雨任せにする。浅く植えると乾きやすい。球根3個分くらいの深さにあることで、湿り気が安定的に保たれる。

チューリップの球根を植えて、花が咲かない原因は大きくふたつ。球根が悪い場合と、根を乾かしたり傷めたりした場合だ。

栽培期間中、根を乾かすのと切るのは御法度。ヒアシンスの水栽培を思い出してほしい。球根の株から白くて長い根が何本も伸びる。枝分かれはしない。チューリップはヒアシンスと分類上は異なるが、根の構造は似ている。
まっすぐ伸びるだけで枝分かれしない。切られると再生しない。秋に植え付けて発根を始めると、程なくそのシーズンの根は生えそろってしまう。根が傷むと、養水分の吸い上げができなくなる。

草丈が低くなったり、花が正常に開かないことになる。著しいと蕾も出ない。冬の間、地上部分の成長はとてもゆっくりだ。秋遅く、ちょこんと青い葉の芽が顔を出して、早春までほとんど伸びない。その間に、根は伸びている。だから鉢植えだと、油断して水やりをせずに、カラカラに乾かしてしまうと、地下の根が死んでしまう。土の表面が乾いたらたっぷりと水を与える、基本通りの管理が必要だ。

地植えでは、球根3個分くらいの深さに埋めることで、概ね雨任せでよい。しかし南関東だと、冬は乾燥した晴天が続く。2週間くらい雨が降らないことはザラにある。そんなときは、しっかり水やりした方がよい。

ユリ咲のチューリップ

芽出し球根、即成と抑制

球根を買い損ねた場合。12月から2月にかけて、芽出し球根が出回る。ビニールポットに球根を植えて、しばらく栽培したもの。芽は小さくても根は伸びている。これをそっと抜いて、植える。芽が出ていれば、水もやりがいがある。成功率は高い。球根より高価なのと、品種の選択肢が狭まるのが難点。

チューリップはかなり古くから即成栽培の技術が進んだ。簡単な即成栽培は、冬、暖かくすること。加温室での栽培。チューリップは花芽が成長を始めるために、一定期間の低温に当たる必要がある。普通に植えて概ね1月には低温感応が済んでいる。そこから室内で栽培して、温度にもよるが2ヶ月くらい、通常の開花よりは早い。

更に早くするには、冷蔵処理する。チューリップの花芽は夏の休眠中にできる。それを見計らって球根を冷蔵庫に入れ、冬の低温と勘違いさせる。11月頃までこの処理を行った球根は、戸外に植えても、生咲より1〜2ヶ月早く咲く。寒くても冷蔵庫よりは暖かいから、スイッチが入るのだ。加温室ならなお早く咲く。だからチューリップの切り花や鉢植えは、年末年始から店に並んでいる。

即成栽培では、開花させられる期間が冬から早春に限られる。これを超えるために抑制栽培の技術が生み出された。秋、処理をしていない球根を手頃なサイズのポットに植える。冬の間に根が伸びてポットの中に回る。芽は少しだけ伸びる。この時点で、0℃前後に保った冷蔵庫に入れて、成長を止めるのだ。湿り気が失われなければ、理論上は1年でももつ。

冷蔵庫から取り出せば、かなり気温が低くても成長を始め、短期間で開花に至る。真夏に咲かせることも可能だ。ただし、夏の気温だと、咲いた花は2、3日で散ってしまう。冷房した室内なら、1〜2週間もたせられる。富山県砺波市のチューリップ館では、実際にそうして、1年を通してチューリップを満開にさせている。

ビリディフローラ系のチューリップ

植物名一覧

ユリ科チューリップ属
チューリップ Tulipa gesneriana(ツリパ・ゲスネリアナ)

参考Webサイト

名所

【公式】キューケンホフ公園
https://keukenhof.nl/en/

全般、栽培

専門業者

富山県花卉球根農業協同組合
https://www.tba.or.jp/

バブル関連

参考文献

栽培、全般

子ども向けでもあなどれない

バブル系

自生地を知るなら

最終更新日 2025年2月24日


いいなと思ったら応援しよう!

新井裕之(StudioA)
応援いただけると嬉しいです。収益は私からのチップ、有料記事購入に充てます。経済循環!