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はな・物語 巻ノ十四・ユリ

洋の東西と種の境を超えて

一番好きな花

「あなたが一番、好きな花は、何ですか?」私からよくする質問である。対面であれば、答えの花、あるいは、答え方によって、その人がどのくらい、園芸あるいは植物と関わりを持っているか、概ね把握できる。

サクラ、チューリップ、バラあたりを答えにして、そこから先に話が膨らまない場合は、関わりが薄い。同じサクラでも十月桜が好きとか、横浜緋桜が好きとか、品種にまでこだわる人はツワモノだ。クレマチスやクリスマスローズのような流行している花、あるいは、昔流行して最近みかけない花などをあげる人も、花と関わっていると見当がつく。

じゃ、私が一番好きな花は。これは難問なのだ。大好きな花が、あまりにも多すぎるから。とてもひとつに絞りきれないのだ。しかし自問にせよ他問にせよ、答えないわけにもいかない。便宜上、決めてある。

私が一番好きな花は、ユリ。ユリは総称であって、かなり大きな植物のグループである。その中で一番も、便宜上決めてある。花への関わりが少なくない者として。

私が一番好きな花は、クルマユリ。高山植物で、栽培は難しく、販売されることも極く少ない。自生は東アジア、日本では北海道から四国まで。亜高山から高山帯のお花畑には珍しくなく、地域によっては代表的な花とされている。橙色のよく目立つ花。名の由来は輪生する葉のつき方から。

似た種類にコオニユリがあり、こちらの方が低山まで分布している。違いは葉が互生すること。観賞用と球根を食用にするために栽培されるオニユリは、全体に大柄で花の数が多い。栽培品も含めて人里近くに生え、葉の付け根にヤマイモのようなむかごが付くことが特徴。家でも長い間、オニユリを庭で栽培していた。また、クルマユリに近縁で葉が輪生し、黄色い花を下向きに咲かせるタケシマユリも何年か栽培していた。

高山でしか見られないクルマユリは可憐だ。花にある黒い斑点は個体差があるのか、コオニユリより目立たない気がする。地の橙色も濃く見える。

クルマユリ

生活サイクルに紐づく球根の扱い

ユリは球根植物である。秋に植える球根としては、チューリップ、スイセン、ヒアシンス、クロッカスと並び、5大球根草花の一角に位置する(そんな言葉はない。だが概念的には正しい)。このうちユリが他の4種類と大きく異なる点がある。完全な休眠期がないことだ。

チューリップを例にあげると、栽培するなら秋に球根を植える。まもなく成長を開始して、まず根が伸びる。地上の芽は、冬の間は現れないか、小さく縮こまっている。春先、気温の上昇とともに茎葉を伸ばす。同時に蕾が現れて春の開花に至る。開花後は葉が残って球根を充実させる。初夏、梅雨入り前くらいの気温で、葉が黄色く枯れて、根も枯れ、球根だけが残る。夏の間、球根だけとなって明確な休眠状態で過ごす。

スイセン、ヒアシンス、クロッカスなど、多くの秋に植える球根草花は、概ねこの生活サイクルである。原産地の雨季と乾季が明確なためだろう。

ユリの場合は、新しく球根を購入した際は秋に植える。すぐに根が成長を始めるも、テッポウユリなど例外を除いて、冬の間、芽を伸ばすことはない。芽が伸びるのは、チューリップが開花する頃。スロースターターだ。そして初夏から盛夏に花を咲かせる。

開花後、ユリの茎葉が枯れるのは、晩秋。寒さが訪れてから。球根の上、茎から生じた根はそこで枯れる。球根の下に生えた根は、完全には枯れない。植え替えるなら適期であるが、掘り上げた球根を乾かしてはいけない。乾燥させると外側から萎びてしまう。わずかに湿ったピートモスか、おがくずに埋めておくと球根の保存が可能。低温を保てば、2月中くらいまではもたせられる。

多くの秋植え球根は冬に成長し春に開花。夏は休眠する。ユリは春から成長し夏に開花。休眠期は冬だが、下根が残るということは、完全な休眠ではない。日本のような湿潤地帯に自生するが故である。

日本には自生するユリが多く、どれも観賞価値が高い。多くの文献、Webの情報で15種とあるが、実際は14種だ。個々に説明する。

自生のスカシユリ

日本に自生するユリ

ウケユリ、エゾスカシユリ、ヒメサユリ、オニユリ、カノコユリ、クルマユリ、コオニユリ、ササユリ、スカシユリ、ノヒメユリ、タモトユリ、テッポウユリ、ヒメユリ、ヤマユリ。以上14種。五十音に並べたが、とてもわかりにくい。類縁関係で並べたとしても、専門家でなければピンとこない。

そこで、大まかな自生地で並び替え、北から順に説明しよう。

エゾスカシユリ。花の大地、北海道、原生花園を彩る、蝦夷透かし百合。スカシユリ。東北から中部まで、海岸地帯。透かし百合の由来は花弁の隙間から向こうが透けて見えるから。日本海側産をイワユリ、太平洋側産をイワトユリと分けていたが、開花時期が異なるだけで形態的にも遺伝的にも同一種とされる。

ヒメサユリ(別名、オトメユリ)。東北地方の山地、積雪地帯。桃色で筒状、可憐な乙女のよう。ヤマユリ。本州、東日本に多め。山百合といっても低山、雑木林の斜面を好む。

コオニユリ。北海道から九州まで、低山の草地や湿地帯。小鬼百合、小さな鬼百合。オニユリ。全国の人里近く。大元は長崎県対馬らしい。橙色地にまだら模様、反り返った花弁が鬼のイメージで鬼百合。クルマユリ。私が大好きな高山橙色系。車百合、葉が輪生して車輪のようだから。

ササユリ。本州中部から九州まで、雑木林の斜面を好む。笹と葉が似ているから、西日本ではこっちが山百合草の呼び名だった。ヒメユリ。九州北部の草原に自生、小型で橙色系。ノヒメユリ(別名、スゲユリ)。九州から沖縄の草原に自生、ヒメユリに似て小型の橙色系。カノコユリ、四国から九州の海岸地帯。花弁にある斑点が鹿の子模様で鹿の子百合。テッポウユリ、九州から南西諸島の海岸地帯。細長い花の形から、鉄砲百合。ウケユリ、南西諸島の海岸地帯。タモトユリ、同じく南西諸島の海岸地帯。

以上、14種。ここに含まれていない、重要な野生種があるとしたら、サクユリだ。伊豆諸島に分布、ヤマユリの変種で、一回り大きな大輪花を咲かせる。野生種のユリとしては世界最大級である。

カノコユリ

東洋から西洋へ、カサブランカの誕生

日本は自生する種が豊富で、どれも観賞価値が高いという点では、ユリ王国といえる。一方、文化的な意味で、古来からユリが象徴として愛されてきた場所はヨーロッパだ。純白のマドンナリリーは聖母マリアの象徴として宗教画に描かれた。ところが、自生種は限られて、比較的地味な花が多い。江戸時代後期、シーボルトらによって運ばれた日本のユリは、センセーショナルを巻き起こす。

明治時代から昭和の前半まで、ヤマユリ、カノコユリ、テッポウユリなど、日本産ユリの球根が欧米へ大量に輸出された。神奈川県の県花がヤマユリなのは、その自生地であるということに加え、横浜港からユリの球根が輸出されたことに因んでいる。ユリの球根は絹糸と並ぶほどの外貨獲得作物だったのである。

多くのユリは原種のままでも美しい。加えて、同一種内でも色や形の変異が多い。かつ、種をまたがった人工交配が可能である。20世紀、ヨーロッパを中心に、数多くの美しい園芸品種が生み出された。

イギリス王立園芸協会(RHS)は、園芸品種のユリを9つの系統に分類している。日本で好まれて栽培される順にみていこう。

筆頭はオリエンタルハイブリットだ。その中でも日本で一番有名な品種は、カサブランカである。「白い家」という意味、モロッコの都市名からのネーミングが秀逸。同タイトルの映画や流行歌の歌詞にある。むろん花そのものの価値は高い。ヤマユリをベースに、より大きく、純白で、ヤマユリ同様に香しく。歴史に残る銘花である。

オリエンタルハイブリットの交配親は、ヤマユリ、サクユリ、オトメユリ、ササユリ、カノコユリ、ウケユリ、タモトユリ。花の色は赤、桃、白が基本で、大きく、香りをもつ品種が多い。栽培は、ヤマユリに近い花ほど難しく、ウイルスによる病気で枯れてしまいやすい。自生地の環境が雑木林の斜面であることと関係している。海岸地帯に自生るカノコユリに近い花は栽培容易で自然によく増えることが多い。

マドンナリリー

園芸品種の発展は今なお続く

作りやすさで選ぶなら、エゾスカシユリやスカシユリの交配種であるアジアチック ハイブリッドがよい。日本ではスカシユリの次に品種名を続けて流通しているが、多くは「透かし」ではない。改良により花弁が丸くなり、重なり合って透けなくなっている。黄色系、オレンジ系が多く、白や桃色もある。基本は上向きで香りはない。

次に、筒状で横向きのユリ。香りがよく、作りやすい。ロンギフラムハイブリッドはテッポウユリが元で、日本ではテッポウユリの次に品種名をつけて通じている。トランペット オーレリアン ハイブリッドは中国原産のハカタユリとリーガルユリの交配で、見た目はテッポウユリに似ているが、色彩豊かで黄色系が多い。トランペットリリーとも呼ばれる。これも作りやすい。

日本以外に自生するユリを元にしたマルタゴンハイブリッド、キャンディダムハイブリッド、アメリカンハイブリッドもあるが、日本では流行っていない。

ユリの開花期は初夏から盛夏まで。夏から秋にかけては、台湾原産のタカサゴユリやその交配種であるシンテッポウユリが咲く。タカサゴユリは実生からその年の秋に開花する性質があり、シンテッポウユリもその性質を受け継いでいる。これらは一時期、緑化にも使われたが、増殖が速いため侵入植物データベースに登録されている。まだ栽培規制はないが、人間の身勝手さと先見性のなさを感じる。

ここまでにRHS9分類のうち7分類。ひとつは、原種とその変種。残る1つ。その他の交配種。ここが実はいま、一番、熱い。20世紀の後半から、胚培養というバイテクを駆使して、それまでは交配ができなかった(受粉させても発芽する種ができなかった)、種間のユリが交配可能になった。オリエンタル×アジアチック(OA)、ロンギフラム×オリエンタル(LO)、オリエンタル×トランペット(OT)等々。またの機会に紹介したい。

「カサブランカ」の後継品種で現在主力の「シベリア」

植物名一覧

日本に自生するユリ14、北から南へ

  • ユリ科 ユリ属

    • エゾスカシユリ Lilium pensylvanicum(リリウム ペンシルバニカム)

    • スカシユリ(イワトユリ、イワユリ) Lilium maculatum(リリウム マクラツム)

    • ヒメサユリ(オトメユリ) Lilium rubellum(リリウム ルベラム)

    • コオニユリ Lilium leichtlinii f. pseudotigrinum(リリウム ライヒトリニ プセウドティグリナム)

    • オニユリ Lilium lancifolium(リリウム ランシフォリウム)

    • クルマユリ Lilium medeoloides(リリウム メデオロイデス)

    • ヤマユリ Lilium auratum(リリウム アウラツム)

    • ササユリ Lilium japonicum(リリウム ジャポニカム)

    • ヒメユリ Lilium concolor(リリウム コンカラー)

    • カノコユリ Lilium speciosum(リリウム スペシオスム)

    • テッポウユリ Lilium longiflorum(リリウム ロンギフロラム)

    • ウケユリ Lilium ukeyuri(リリウム ウケユリ)

    • ノヒメユリ(スゲユリ) Lilium callosum(リリウム カロスム)

日本に自生するユリの変種、他国に自生するユリ

  • ユリ科 ユリ属

    • サクユリ Lilium auratum var. platyphyllum(リリウム アウラツム プラティフィラム)

    • タケシマユリ Lilium hansonii(リリウム ハンソニー)

    • マドンナリリー Lilium candidum(リリウム キャンディダム)

    • ハカタユリ Lilium brownii var. viridulum(リリウム ブラウニー ヴィリドゥルム)

    • リーガルリリー Lilium regale(リリウム リーガレ)

    • タカサゴユリ Lilium formosanum(リリウム フォルモサヌム)

交配ユリ

  • ユリ科 ユリ属

    • ユリ アジアティック ハイブリッド Lilium × elegans(リリウム エレガンス)

    • オリエンタルユリ Lilium Oriental Hybrids(リリウム オリエンタル ハイブリッド)

    • ユリ アジアティック ハイブリッド(スカシユリ) Lilium × elegans(リリウム エレガンス)

    • ユリ ロンギフラム ハイブリッド Lilium Longiflorum Hybrids(リリウム ロンギフラム ハイブリッド)

    • ユリ トランペット オーレリアン ハイブリッド(トランペットリリー) Lilium Trumpet and Aurelian hybrids(リリウム トランペット オーレリアン ハイブリッド)

    • ユリ マルタゴン ハイブリッド Lilium Martagon Hybrids(リリウム マルタゴン ハイブリッド)

    • ユリ キャンディダム ハイブリッド Lilium Candidum Hybrids(リリウム キャンディダム ハイブリッド)

    • ユリ アメリカン ハイブリッド Lilium American Hybrids(リリウム アメリカン ハイブリッド)

    • シンテッポウユリ Lilium × formolongo(リリウム フォルモロンゴ)

参考Webサイト

品種と系統

栽培、全般

タカサゴユリ

参考文献

日本のユリ

栽培、全般

もっと詳しく

最終更新日 2025年2月28日

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新井裕之(StudioA)
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