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もっと、花を!
2027年
花に始まり園芸で終わる
1990年、私が東京農大を卒業し種苗会社に就職した年。大阪花博こと、国際花と緑の博覧会(花の万博、EXPO'90)が開催されました。日本はもとよりアジアで初めて開催された、国際園芸家協会 (AIPH) のA1認定、すなわち大規模国際園芸博覧会でした。
2027年、日本で2回目となるA1認定の国際園芸博覧会が横浜で開催されます。その会期終了の翌月、私は60歳を迎えます。おそらくまだ隠居はしないと思われますが、社員としては定年です。種苗会社社員として、現在まもなく35年、2027年10月末には37年と7か月を過ごすことになります。花博に始まり園芸博覧会に終わる。不思議な縁です。
書き残したい物語
さまざまな植物と関わってきました。趣味としての園芸は10歳から始めたことにしてありますから、園芸歴47年。社員定年を迎えると園芸歴は50年を超えることに。関わってきた植物について、書き残しておきたいと、「はな・物語」(当初は「花物語」)の執筆を思い立ったのは、およそ5年前。noteに登録したのもそのころですが。放置が続きました。
2024年1月、改めてnoteをリセットし、既に書き上げてあった分を移行しつつ、書きかけを完成させていく・・・つもりでしたが、3月から8月まで放置。どうやらコンスタントという言葉が私の辞書にないようです。
先日ようやく、「はな・物語」を巻ノ十まで公開。さて、このペースでは・・・。今年中に巻ノ二十、それも難しいか、また放置モードになりかねないし。しかし書きたいことはもっとあります。
無理は承知で#かなえたい夢
2027年10月までに、「はな・物語」、巻ノ百。
この夢、実現するにはロードマップが必要です。頭の中にはできていて、徐々に実行可能、少しずつ実行できてきていて、やがて実現可能に近づきつつあります。なのでこの記事、書きました。具体的には後で追記します。
2025年のロードマップ(2月1日記載)
1.マガジン はな・物語
![](https://assets.st-note.com/img/1738368495-02xUJoK4AvERSFGOfutwVqhg.png)
2月1日: 計11本 公開済
はな・物語 フォーマット
1本につき5つの章立て。1つの章の本文文字数、約800文字。本文合計、約4000文字。別に「植物名一覧」「参考Webサイト」「参考文献」をできるだけ網羅。最終更新日を記載。画像は1章につき1枚、計5枚、正方形トリミング。タイトル画像、本文中の5枚とは別に用意する。
【以下は公開記事数の目標】
2月末: 計18本
3月末: 計23本
4月末: 計29本
5月末: 計36本
6月末: 計44本
7月末: 計53本
8月末: 計62本
9月末: 計71本
10月末: 計80本
11月末: 計90本
2025年12月末: 計100本
これはなかなか大変で、重量級です。スマホ、隙間時間も使って、部分、部分を書き溜めてはいるのですが、仕上げはまとまった時間がある休日に自宅パソコンで一気に仕上げる必要があります。なので、素材にもなる中量級と軽量級マガジンを設けました。
2.マガジン 花の名は。あの日見た花の名前を僕達はもう知ってる。
![](https://assets.st-note.com/img/1738369795-ACOFbSjz3uy8RQL6ToJn0WM5.png)
2月1日: 計24本 公開済
花の名は。あの日見た花の名前を僕達はもう知ってる。 フォーマット
1本の本文文字数、約1200文字。植物名一覧や参考文献などは付記しない。画像は1本につき1枚、タイトル画像と共通。
【以下は公開記事数の目標】
2月末: 計40本
3月末: 計56本
4月末: 計72本
5月末: 計88本
6月末: 計104本
7月末: 計120本
8月末: 計136本
9月末: 計152本
10月末: 計168本
11月末: 計184本
2025年12月末: 計200本
3.マガジン #道端植物図鑑
![](https://assets.st-note.com/img/1738465611-jBehZACmkxM0FG8cnWiYuq79.png)
2月1日: 計24本 公開済
#道端植物図鑑 フォーマット
1本の本文文字数は制限なしだが、短く。本文なしで画像キャプションのみとするのも可。「植物名一覧」と「参考Webサイト」を付記。画像中心の記事とするので、テーマに沿えば画像数は無制限。
【以下は公開記事数の目標】
2月末: 計60本
3月末: 計84本
4月末: 計108本
5月末: 計132本
6月末: 計156本
7月末: 計180本
8月末: 計204本
9月末: 計228本
10月末: 計252本
11月末: 計276本
2025年12月末: 計300本
以上、毎月末に進捗を確認します。
花想う徒然に
花の力
この言葉を最初に目にしたのは、東日本大震災発生時です。「花の力で復興支援を」、みたいな。コロナ禍でも同様に、「いまこそ花の力!」、みたいな。そういった言葉は、そうですね、それを発信して自他を鼓舞されている方々を否定することまでは、私としても感情的にはできません。
だけれども、あえて私個人の考えとして、お叱りを受けることを承知で、あえて申し上げるならば。花にそんな力はありません。
例えば、戦時になってしまったら、花は無力です。花に関わる者としてはむしろ、身を挺して花を守らなければならない。長く平和が続くこの国における、過去の戦時にも、そうされた先人の功績があります。だから今咲いている花もあるのです。
花を持つ
花に関わる業界で職を営む者すべて、とりわけ男性あるならなお、公共交通機関利用や街中を歩く際に花を持て。それも、あえて、花が見えるようにせよ。そんな会話を、花に関わる業界の方々としてからたぶんもう、10年は経ちました。この習慣を身につけた人が増え、業界から外側の一般に広がれば、花の消費量が増え、自ずと業界は活性化だろうと。
私は家や畑で咲いた花を職場に飾る習慣、もう長いこと続けているので、朝の通勤時概ね週に1回はこのように、花を見えるようにして運びます。しかし。私以外に、ほとんど見たことがない。特に男性は皆無。花に関わる業界で職を営む方と会うことがあっても、その方がビジネスで関わっている以外の花を、個人的に楽しむためなどに、持ち歩く姿を見たことがありません。
私がそのような行動をしている理由、根っこのところは、自分が「花が好きだから」これに尽きます。そのうえで、業界の活性化につながるかも(つながらない)だとか、これって格好よくて素敵に見える!みたいな下心が乗っている形です。
ずっと考えてきました。いろいろと考えたんです。「花が好き」、「花を美しいと感じる」心は、人間の本能とか生得的なものではなく、後天的なものであり、幼少時の経験、学習、世代間の継承によって伝えられる、文化だと。そう考えると、継承が途絶えればその文化は消えてしまいます。歴史の中で過去、花が絶えかけた時代がありました。
ヨーロッパでは中世、ルネサンスの前まで。日本では先の大戦時です。花業界のヒトは「花で平和を」「花の力」というような標語を好みますが、私は花にそんな力はないと思っていて、平和が前提で人は花を愛でる。だから日本だと200年以上戦乱がなかった江戸時代にお花見も園芸も大発展した。いけばなは、戦乱が一段落した安土桃山時代にその原型が完成した。なので、いまは、戦時なんです。
戦時に花が絶えないよう守る人がいれば、守れる人は花が好きな人だけですが、またいつか、花は栄えます。そう信じています。
「人はなぜ、花を愛でるのか」
ずっと考え続けているこの命題。ある時期まで、当たり前すぎて、考えてみたことも、ありませんでした。自分には当たり前だったから。ある時期、当たり前ではないことに、気が付きました。人は誰でも花が好きで、花を嫌う人はいない? どうやらそんなことはないようです。少ないかもしれないけど花が嫌いな人がいる。嫌いではないけど無関心な人は、多くいる。嫌いを好きにさせることも、無関心に関心を持たせることも、難しいことかもしれないと、気が付きました。
人が花を愛でるということ。それは遺伝的、先天的、生得的に、本能に組み込まれている行為ではないような気がします。後天的、習得的であり、教育あるいは、伝承によって受け継がれる、文化、なのでは。人が花を愛でるということ。その起源、一説には先史時代からといわれます。死者を埋葬する際に、花を手向ける習慣があった、らしいのです。
古代遺跡の埋葬地から、人為的と思われる量の花粉が見つかっています。生きている人が花を好まなければ、そんなことはしないでしょう。推測するに、古代の人類にとっての花は、平和と安全の象徴であったろうと。
人は猿と共通の祖先から二足歩行を始め、森林から草原に主な棲家を移しました。火や道具を用い、知能は発達したけれど、個体としては弱すぎる動物です。生身、素手では、猛獣はもとより、類人猿や大型の草食動物にも勝てません。暑さ、寒さを凌ぐことも、衣類や住居の発達を待たなければ、ままなりません。弱すぎる動物としての人にとって、美しい花が咲いている環境は、居心地の良い、生存しやすい環境、だったのではないかと。
美しい花、顕花植物のうち虫や鳥が花粉を媒介する花。それは、暗い森林の中よりも、草原や明るい林縁に多く咲きます。暑過ぎず、寒過ぎず、適度な水があること。美しい花が咲く環境条件は、生身の人間にとって優しく、暮らしやすい土地だったと。そこから、人が花を愛で、飾り、あるいは贈り、死者に手向けるという、文化に繋がっていったのでは、ないでしょうか。
暮らしやすさをもたらすのは、日照、温度、水といった環境です。花、そのものの作用、実用性ではありません。農耕が始まると、観賞することしか実用性がない花も栽培され、改良が重ねられて園芸種として発達していきます。すると順番が入れ替わります。花が咲いている場所が平和で安全、なのではなくて、平和で安全な環境でこそ、人が花を育て、咲かせ、愛でることができるのです。
平和でない時代、争いのある地域では、花は廃れます。生存すること、戦うこと、そのための実用性が優先されるからです。しかし戦時下でも、花を守り、後世に継承した人がいました。人が花を愛でるということ。それは、伝承によって受け継がれる文化。平和が前提であり、伝承されなければ廃れてしまうこともある大切な文化。
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![新井裕之(StudioA)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/126079244/profile_ef53708e0433d0db28fcb5714a419bf8.png?width=600&crop=1:1,smart)