猫が痙攣をした話
クリスマスの夜、老猫のちっちはパソコンの横に置いてあるプリンターの上で寝ていた。
俺はその姿を横に見ながら書き物などをしていたのだけど『やりすぎ都市伝説スペシャル』が始まって少しした後、突然猫は立ち上がり、自分の尻尾を追いかけて走るような仕草をし始めた。
プリンターの上で尻尾を追いかけ回すのは危ない、という思いと、最近めっきり元気が無くなって動かなくなっていたので、突然元気が出たけど何事だ、という思いが同時に襲ってきて大層驚いたのだけど、すぐにそれが痙攣だ、と理解した。
猫が自分の意思で身体を動かしてるわけではないことがわかったからだ。
ビクビクと陸に上げられた魚のように全身を細かく、力強く震えさせながら、手足と背中を何度もプリンターの天板の上に叩きつける。
更には、プリンターの向こう側、窓ガラスの間に落ちかけたので、慌ててそのガクガクと跳ねる身体を抱え上げてソファの上に横たわらせる。
目はまん丸に見開かれ、口は閉じたままだったが、涎が大量に流れ出しており、また肉球にも汗をびっしょりとかいて、なおも痙攣はおさまらない。
何度も
「ちっち、ちっち」
と名前を呼びながら、その細かく震え続ける背中に手を当てて撫でてやる。
ああ、この猫は、クリスマスに死んでいくのだ。
フランダースの猫だ。
あと二時間ほどで妻が帰ってくるからそれまでは保ってほしかったなあ。
と、いったことをぼんやりと考えながら、死の瞬間を見届けようとしていたのだが、猫はやがて痙攣がおさまり、浅くだが呼吸も続いていた。
それでももうすぐこの呼吸も止まるのだ、と身構えていたが、そうはならず、ちっちはびっくりしたような顔でこちらの顔を見返してきた。
今、何が起こった?
完全に表情はそう言っていた。
「ちっちは痙攣をしたんだよ、驚いたねえ、びっくりしたねえ、ところであんた、大丈夫なの」
と話しかけると、ちっちは最近では珍しく、
「なー」
と、小さく鳴いた。
そして、ティッシュで涎や汗や涙を拭いてやり、もう一度その顔を見つめると、まだ目はまん丸のままだったが、こちらを見返してきていた。
指を一本立てて猫の顔の前で、横に動かすと、目が追った。
ああ、まだ、目は見えている、と少し安心したが、猫の下半身はぐったりとしたままで、上半身は体勢を整えようと動くのだが、下半身は動かない。
それでも、ちっちは今すぐ死ぬわけではない、ということがぼんやりと理解できてきた。
とりあえず妻が帰ってくるまではこの状態が続いて欲しい、もうあんな可哀相な痙攣はしないで欲しい、と考えながら、ちっちを膝の上に乗せてやると、これも最近では珍しいことなのだけど、額を俺の手のひらにぐいぐいと押し付けてきた。
更には、親指と人差し指の間の肉を噛んだりもしたのだ。
痛い。
でも、嬉しい痛みだった。
よほど猫も怖かったのだろう。
最近ではあまりしなくなった行動を立て続けにしたことで、そう思った。
その後、ちっちを膝の上に乗せたまま、ただひたすらに背中を撫でながら、老猫の痙攣について、スマホで調べたりして過ごした。
痙攣の後、下半身が動かなくなってしまい、水もご飯も自分では採りにいけなくなってしまった老猫のエピソードも見つけた。
あー、ちっちはそれになったのだ。
もうちっちは下半身がグッタリして動かせなくなっているので、昨日妻が買ってきた自動水やり機械も一度も使用することもないのだ。
妻のためにも一度くらいあれでお水飲んであげて欲しかったなあ、などと考えていたら二時間後、妻が帰宅して玄関を開けた音を聞くなり、膝からぴょんと飛び降りて玄関まで小走りで移動していった。
歩けたのか。
その後、痙攣の事情を聞いた妻は
「今後はすぐにLINEで知らせるように」
と言い、ちっちにチャオちゅーるを二本あげていた。
食べれたのか。
ちっちは背中を撫でられていたから仕方なく二時間、食べるの我慢してたとでもいうのか。
俺だってちっちを膝から降ろしてしまったらもう二度と登ってくれないような予感がして、二時間晩御飯食べるの我慢してたのだけどな。
それから少し落ち着いたようで、今はソファの上で寝ています。
でもまあ、痙攣が来たらいよいよですね。
それにしてもクリスマスの日に死なないでくれて良かった、と、今は思う。
書き物の仕事をしてる人間の猫がクリスマスに死んだなんて話、出来すぎてて逆に嘘くさくて、人に話しにくいから。
親孝行な猫だ。
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