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おいしい境界線

土台レシピ8・雲片うんぺん


目次
おいしい境界線はどこにあるか
 きれいな味
 幸せ感
 台所に立ったときの愛情って?
素描料理・土台レシピ7・雲片
 雲片の作り方
 雲片焼きそばの作り方

おいしい、おいしくない。
それは今まで食べてきたものと、舌の記憶で決まるのだから、人それぞれ違った「おいしい味」があって当然です。けれど、そこから少し離れて「おいしさ」というものを見てみると、その境界線は確かにあると思うのです。

おいしい境界線。
それは誰も明確に答えることはできないし、簡単に答えられるほど単純ではありません。料理は算数みたいに答えは出ませんから。
最近はマニュアル通りにやらないと仕事ができないという人が多いと聞きます。料理は想像力と感性で作る仕事ですから、レシピというマニュアルがあっても、その通りに作ればいいものじゃなくて、そこに書かれていない、見えないところを見る力がないといけないのです。

きれいな味

では、定まっていない「おいしい境界線」をどうやって決めていくのか。それを文章で表現するには限界がありますが、私の場合は、「きれいな味」にフォーカスしています。

きれいな味ってどんな味だろう。
旨味だけのことではないと思うし、味をシンプルにすればいいかというと、そうでもない。オイルとかスパイスをふんだんに使ってもきれいな味になりますし、塩だけ振ってもきれいな味にならないこともあります。

私の中で「きれいな味」というのは、
スーッと胃の中へ入っていく感覚。どこか安心感がある。
引っかからない味、というのでしょうか。

幸せ感

食いしん坊でおいしいもの好きな音楽家の友人に、おいしい境界線について尋ねたら、「あぁ、幸せ〜」と感じることだ、と答えてくれました。おいしい食べ物は食べた瞬間、食べているあいだ、食べ終わったあともずっと幸せ感があるそうです。
なるほど、味は感覚的なものだし、人によっておいしさは違うのだから、隣の人がどう感じるかは関係ない。

料理の作り手としては台所道具、手、食材が円を描くような流れで「ひと皿」となったときに、調和がとれていることを実感します。それもおいしい境界線の目安かなぁと。

台所に立ったときの愛情って?

昔、カフェの従業員に料理を教えたときに「家族とか恋人とか、愛情をいだく人に料理していると想像しながら作ってください」と言ったことがあります。間違ってはいないものの、今思えばちょっとズレていたと反省しています。
料理に感情が入ってしまうと、その「念」が邪魔して、料理がりきみが入ったり、思惑があったり、料理に変な’気’を入れてしまいがちです。それこそ、うまく作ってやろう、なんて思ったらきれいな味にはならない。

私は台所に入ったら「誰のために」は頭の中からいったん消します。そして食材や道具ことだけに目を向けます。モノにも魂がありますから、そこに愛情を注ぐわけです。道具や食材をどう生かし切るか、どうすれば喜んでくれるか。そういうことだけを考えます。
食材たちは人間に食べられる、つまり命を絶つわけです。それを台所で違う形に(ある意味)再生させ、最後は人間の血や肉になります。最後まで食材に輝いてほしいと思うのです。大げさに言えば親心のような…。
また道具というものは、どんどん使ってあげることで使いやすく、生き生きとしてきます。道具が嫌がることはしないし、使い終わって元の場所に戻すまで、丁寧に扱わなければいけません。それが使い手としての礼儀です。
そういうことが愛情なんじゃないかと。

  • できるだけ喜怒哀楽の感情を入れずに、瞬間瞬間の動きに集中する。

  • やりすぎず、やらなさすぎず、きれいな味にしていく。

この2つの事は、おいしい境界線には不可欠なのかもしれません。


素描料理・土台7・雲片うんぺん

土鍋で普茶料理「雲片」

普茶ふちゃ料理をご存知でしょうか。
江戸初期に中国から伝わった黄檗宗の精進料理。日本の精進料理と違うところは、大皿をみんなで分け合って食べるところです。
料理を大まかに分けると、数種類の料理をひと皿に盛り付ける「大菜」と、1種類だけで盛り付ける「小菜」があります。

笋羹しゅんかん(豆腐や野菜を材料にした汁気の多い料理)
麻婆まふ(胡麻豆腐)
油𩝐ゆじ(揚げ物)
浸菜しんつぁい(お浸し)
雲片うんぺん(野菜の葛煮)
寿免すめ(吸い物)
水果すいご(デザート)など、一汁七菜が基本です。

「雲片」は元々、典座(台所を司る僧)が、捨ててしまうような野菜の切れ端などの食材を使って作った野菜あんかけで、「小菜」として出されます。

野菜室にある半端な食材を使ったり、旬の野菜で作るので、いつも違った趣になるのがこの料理の面白いところ。この料理のためにわざわざ食材を買いに行くことはなく、偶発的に出来上がる料理です。

今の季節は新玉ねぎ(精進料理ではネギ類を使いませんけれど)、春キャベツ、アスパラガス、夏はトマトを入れてもいいですね。秋冬はキノコ、根菜類がメインになります。

我が家では麺と合わせることが多く、麺に雲片をかけて食べます。焼きそばはランチの定番で、うどん、素麺、皿うどんの油麺などもこの料理は合います。


雲片の作り方

野菜:キノコ、根菜類、緑黄色野菜、ネギ類など、家にある野菜を数種類
油揚げまたは厚揚げ(あれば入れる)
生姜ひとかけ(千切り)
薄口醤油(または醤油)、みりん 同量
(だし汁300mlに対して各大さじ1)
日本酒大さじ2前後
だし汁(昆布だしまたはカツオと昆布だし 精進にこだわるようであれば昆布だしを使う)
塩、こしょう
ごま油

1.土鍋にごま油を大さじ1前後入れて、火をつける。生姜を入れ、野菜を次々に切っては入れて炒める。(野菜は食べやすい大きさにカットする。)
2.野菜が全部入ったら塩少々してしんなりするまで炒める。
3.日本酒を入れ、蓋をして5分ほど蒸し煮する。蒸し煮することで、野菜の旨味が出てくる。
4.だし汁をひたひたより少し多めに入れ、蓋をし、沸騰したら弱火で5,6分煮込む。
4.野菜がやわらかくなったかチェックし、全体がやわらかくなったら薄口醤油、みりんを入れ、塩で味をととのえる。
5.最後に片栗粉でとろみをつけ、香りの良いごま油をひとまわしして出来上がり。

この日の雲片
新玉ねぎ、菜っ葉、かぶ、人参、しめじ、油揚げ

焼きそばと合わせた「雲片焼きそば」は、
「宮本しばにの素描料理第5回」(アノニマ・スタジオWeb連載)
に詳しく掲載していますので、そちらをご覧ください。

焼きそばは焼き色をつけてパリッと焼く。


おいしい境界線は、今まで食べてきた記憶と感性で決まりますが、毎日の料理に対して真摯な姿勢を持つことが近道のような気がします。
今日、ご紹介した「雲片」は、誰にでも作れて、分かりやすい料理です。個性的な料理ではありませんし、調味料もシンプルでやさしい味です。
じんわり、しみじみ、やわらかさ。そんな味を探していってください。


最後に、今回使用した土鍋「ORIBEさん」をご紹介します。

伊賀焼・土楽窯の土鍋です。窯元に特注で製作していただいています。
この美しい深緑の織部色の土鍋デザインは、窯元の8代目福森道歩さん。料理家でもある道歩さんが、使いやすい形と実用性を考えてデザインしました。
「焼く」「炒める」「煮炊き」「蒸す」「炊く」「オーブン」がこの土鍋ひとつで。万能土鍋です。

冬の鍋料理以外にも、お惣菜、麻婆豆腐などの中華料理、グラタン、ラタトゥイユなどの洋の料理など、揚げ物以外の殆どの料理が作れます。

土鍋の遠赤外線効果で、食材の旨味が引き出され、まろやかに。
また、持ち手や土鍋の縁が空洞になっていて、一般的な土鍋に比べて軽くなっています。

この土鍋を製作していただいている土楽窯の7代目・福森雅武氏は随筆家・白洲正子さんと親交があったことで知られており、白洲さんの随筆には度々、土楽の作品が登場します。表面的な美しさではなく、見えないところ、裏側の美しさというものを追い求めた白洲さん。その白洲さんお墨付きの窯元の土鍋です。


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