
【小説】センター・ビット①
「ー趣味のために仕事をやってます」
これが俺の口癖だった。
平日は大手電機メーカーの社員。休日は草野球チームのメンバー。
これが俺の務めだった。
時は1991年。高校3年の秋。電機メーカーに運良く就職が決まった。
バブルが崩壊した年だった。有効求人倍率は低水準となり、若者が就職できない時代が来た。いわゆる就職氷河期のことだ。
そこから8年。電機メーカーに技術者として就職し、毎日仕事と向き合う日々が続いた。電気製品の設計や開発に追われていた。
酒の付き合いやキャバクラの付き合いを断り、社内で草野球サークルを立ち上げ、野球に打ち込んでいた。
1999年。夏。草野球の試合後。
夕方、3号線を運転していた時だった。
赤信号から青信号に変わり、車を走らせた。
「ダダン!」
何が起こったのか分からなかった。
俺の車に大型のトレーラーが後ろから突っ込んだみたいだ。
アドレナリンが出まくっていたので、怪我をしていたことに気づかなかった。
気づけば救急車で病院まで搬送され、目を覚ますと病院のベッドに横になっていた。
「……」
「目が覚めたみたいですね」と医者が言う。
「俺、どうなったんですか?」
「なんとか一命をとりとめました。頭部外傷でしたよ。一か月くらいは入院
して様子を見ますね」
「良かった。まだ26年しか生きてないから。死ぬなんて嫌ですよ」
「あの、一つお伝えしなければいけないことが」
「はい」
「野球はもうできません」
「……」
命が助かったことと引き換えに、草野球が出来なくなった。
どうやら前みたいに激しい動きはできないらしい。
「野球をやるために仕事を頑張っていたのに」
趣味をやるために仕事を頑張るということを、始めは理解されなかった。
時には主任や課長ともめたこともあった。
でも、この信念を貫いた結果「仲間」も増えていった訳だ。
おかげで、仲間たちと野球をすることに生きがいを感じていた訳だ。
積み上げてきた礎が崩壊した瞬間だった。
入院中、俺は毎日「どうして生きているんだろう」と考えるようになった。
別に死にたいわけではなく、やりたいことを探していたのだった。
とある日の昼間、外出許可が出たので、病院の外のベンチでPHSの電話帳を眺めていた。
「あいつ、元気してるかな」
同期のヤマグチに電話をしてみた。
「もしもし、俺だよ」
「あぁ、久しぶり」
「自動車事故で入院してるんだけどさ」
「それは大変だね。今度お見舞いに行かなきゃな」
「ありがとう。退院したらどっかで遊ぼうや」
「いいよ。最近さ、ビリヤード始めたんだ。一緒にやらない?」
「ビリヤードか、面白そうだね。退院したらビリヤード場に連れてけよ」
「もちろん」
電話を切り、病室に戻った。
退院してからの楽しみが一つ見つかった。
「野球がダメなら、野球以外の趣味をやればいい」
こんな単純なことに気づくまで、長い時間がかかった。