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【小説】センター・ビット②
入院生活を終え、退院した。
入院生活はとても長かった。毎日のようにリハビリ、食事、テレビの繰り返しで気が狂いそうだった。生きた心地がしなかった。地獄だった。
実家に帰ると、好きな時間に好きなことをできる幸せが待っていた。
戦地から復員した兵士のような気分だ。
「ご迷惑をおかけしました」と俺は部長に頭を下げた。
「とにかく無事でよかったよ」と部長は俺に優しい言葉をかけた。
仕事にも無事に復帰することができた。
でも、やっぱり好きだった野球が恋しいと思うときがある。ナイター中継や甲子園の試合をテレビで見ていても何故か気分が晴れない。どうしてだろうか。
「やっぱり、野球は実際にプレーすることに意味があるんだよな」
同僚のヤマグチが俺に声を掛けた。
「そうだな。実際にプレーを見ていたら自分が野球をしたくなるもん」
「でも、そのケガじゃまともに走れないもんな」
「ああ。悔しいよ」
「今日の夜、一緒ビリヤード行くか」
「連れてってや」
午後6時。仕事を終えてビリヤード場へ向かう。
ヤマグチが運転する車に乗るのは久しぶりだ。
20分ほど車を運転した後、ビリヤード場に着いた。
「ここかぁ」
『グレープナイン』という店に到着した。
受付を済ませ、ビリヤード台に案内された。
「とりあえず、ナインボールやってみようや」とヤマグチが提案する。
「ナインボール?」
「1番から9番のボールがあるだろ。これを1番から順番にポケットに落とす
んだよ。最終的に9番を入れた人が勝ちっていう単純なゲームさ」
「なるほど」
とりあえずやってみることにした。
初めてやった割に意外とできてしまった。
1番から8番まで順調にボールを落とす。
残すは9番。
俺は手玉をキューをついた。
「カチッ」
手玉は直進して9番の黄色いボールに当たり、ポケットに入った。
「上手いね」とヤマグチが褒めた。
「ありがとう」
「才能あるんじゃない?」
「そうかな?たまたまじゃないかな」
ビリヤードはとても楽しかった。何よりも久しぶりに人と会えたのが嬉しかったのだ。
ビリヤードを楽しんでいると、俺はあるものが視界に入った。
「ヤマグチ、あれはもしかして」
「そうだ、ダーツのマシンだよ」
「ダーツもやってみたいな」
「いいよ。あ、じゃあさ、賭けようぜ。一人200円」
「いいよ」
「勝った人が全部もらえるってことで」
ダーツマシンにある、301のゼロワンを2人でプレイする。
ゲーム代が一人100円。賭けたお金は200円。300円もかかるのか。
とそんなことを考えながらプレイする。
ハウスダーツを投げ、お互いに点数を削る。もちろん、狙ったところには入らない。
お互い、初めての301は10ラウンドを使っても上がれなかった。
「狙ったところに入らないよな」と俺が口にする。
「だな、難しいな」
「でも、ゲーム性はビリヤードよりも強いよね」
「確かに、狙ったところに入ったら嬉しいし、0にできる場面で緊張する
よ」
「でも意外とこれ、つまんないかもな」
「だな」
と初めてのダーツはあまり興味を持てずに終わった。
「お兄さんたち、一緒にビリヤードしませんか」
振り向くと、そこには3人の男が立っていた。見た感じ、全員10代だろうか。もしくは20代前半だろうか。
一人は金髪のギャル男。建築現場の作業員のような感じ。
一人は茶髪で頭が良さそうな青年。大学生か。
一人は金髪で、バンドのTシャツを着ている。バンドマンだろうか。
「一緒にやりましょう」
こうして、俺とヤマグチはビリヤードの台へ戻った。