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【小説】センター・ビット③

若者3人とビリヤードを楽しむ。
金髪の建設作業員のような男は「ショウ」
話していく中で職業を聞くと、本当に建設作業員だった。
茶髪の男は「ケイイチロウ」
隣県の大学まで特急で通っているのだとか。
金髪でバンドのTシャツを着ている男は「トモユキ」
バンドをしながらバーテンダーをしている。
ショウは19歳、ケイイチロウは20歳、トモユキは23歳。
全員、ビリヤード場『グレープナイン』で知り合ったメンツなんだとか。

「そういえば、お兄さんたちの名前は?」とケイイチロウが言う。
「俺はヨシナリ」ヤマグチは本名を名乗る。
「俺はヒロヨシ」と俺も本名を伝える。
「俺たち、西芝っていう電機メーカーの社員なんだよね」とヤマグチが言う。
「へぇ。あの西芝の。超有名企業ですよね」とトモユキが食いついた。
「まぁ、工場の技術者だから大したことはないんだけれどもね」と俺は謙虚な姿勢を見せた。

「そういえば、この店に新しくダーツマシンが入ったみたいですね」
とショウがつぶやいた。
「ダーツ、意外とつまらんかった。しばらくビリヤードで良いかな」とヤマグチが返す。
このグレープナインにはビリヤード台が9台。
ダーツマシンは3台置いてある。
ダーツマシンには「spectrum(スペクトラム)」と筆記体で大きく書いてあった。
誰もダーツをプレイしている様子はなく、ただ茫然とマシンが突っ立っているだけだった。
若者三人も全くダーツに興味を示してはおらず、ビリヤードに熱中していた。

「ヒロヨシさん、上手ですね」とグレープナインの店長(ビリヤードのプロ)が話しかけた。
「そうですか?」
「フォームがとてもきれいですよ」
どうやらプロの目から見ても上手に見えているようだった。
「今度、大会に出ませんか?」
「え?そんな畏れ多いですよ」
「ビリヤードの楽しさをもっと知って欲しくて、ヒロヨシさんなら、とても上手なプレイヤーになりそうな気がしています」
「お世辞が上手ですね」
「いや、お世辞抜きで。初めてやったとは思えないくらい」
「それなら、もっと高みを目指しますね」
「ありがとうございます」

それから、俺の趣味はビリヤードに変わった。
野球を諦めた悔しさは自然と消えていった。きっとビリヤードに熱中するようになったからだ。

毎日、仕事終わりにグレープナインに通うようになり、プロの指導を受けながらめきめきと技術を向上させた。
若者三人とも交流を重ね、全員と電話番号を交換し、プライベートでも交流を深めるようになった。

ある日、俺は店長にとある提案をした。
「あのダーツマシン、撤去してもう2台くらいビリヤード台を置いたらどうですか」
「いや、それはできないんですよ」
「どうしてですか?」
「ダーツのインストラクターからマシンを貸してもらってるんですよ。さらにこの店で練習会や指導をしているので余計撤去しづらいんです」
「そうなんですね、でもそんな人見たことないなぁ」
「まぁ、平日の昼間に来ている人なので、なかなか会わないと思います」

俺の頭の中では、ダーツの三文字は消えかかっていた。
もう二度とダーツはしない。という強い気持ちでビリヤードをするようになっていた。


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