「映え」について
映えるというワードは今を生きる私達にとってしつこくつきまとう。
次の予定まで時間が少し空いたのでたまたま通りすがった綺麗なカフェに入ってみた。
店内は坊主のおじさん店主と店主の友人であろう男性がカウンター席でホットコーヒーを飲みながら会話をしている。
映えとか糞だ、みたいな話をしている。
真っ当に写真映えする食べ物やスポットを求める人種とそのアンチが存在している世の中で、彼らはアンチ派閥だ。
写真の為だけに、SNSに載せて自分をオシャレな人という認識を他人に与えたい、もしくは承認欲求の為だけに「インスタ映え」カフェに行くのはとても滑稽に思えるし、何か大切なことを忘れている気がする。
でも、写真撮るのって楽しいし、せっかく撮るならきれいに撮りたいし、、、
人に見せるために映えを求めるというよりかは
今私の目にうつる景色をより美しく写真に収める技術を磨くというふうになりたい
見映えって大事だと思うんだけど、嘘はよくなくて
本質が見えて、さらに見映えも良いものは本当にまじで最強なんだな
映えアンチ過ぎて、むしろより汚く、よりダサく尖ってる人もたまに見かけるが、
飲食店やサロンを経営してる場合はそんな尖りが邪魔になったりもする。
ムキになるのは良くないな〜
何事もバランスが大切
とか言いますが、バランス良く効率よくこなしてる人に対して、何がおもろいねんと思ってしまう自分もいます。
ただ、店主よ、あなたはこの素敵なコーヒーショップを運営し続けるには多少の見映えは気にすべきだよ。
てかもうすでに絶対気にしてるよね。めちゃくちゃ店内の雰囲気もスコーンのお皿もオシャレやし。
スコーンめっちゃ美味しかったし、レモンコーヒーもあったし、また来ます〜!!笑
今日の1曲は