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【アルバムレビュー】 ラブリーサマーちゃん『Music For Walking (Out Of The Woods)』
◆『Music For Walking (Out Of The Woods)』
ラブリーサマーちゃんが、CD作品としては前作 『THE THIRD SUMMER OF LOVE』以来およそ4年ぶりとなるミニアルバム、『Music For Walking (Out Of The Woods)』をリリースした。コロナ禍での退屈をきっかけに散歩を始め、それにより自分がどんどん健康になっていくことを実感したラブリーサマーちゃんが、歩きながら聴きたい楽曲を制作。「健康と内省」をテーマに、5曲+シークレットトラック1曲の計6曲を収録している。アルバムおよびT5のタイトルにも使われている "out of the woods" という言葉は、直訳すると「森の外へ出ていく」、転じて「危機的状況を脱する」「大丈夫になる」というような意味で使われるイディオムだそうで、散歩によって心身が健康になっていくこと、コロナ禍を脱して世界も自分も大丈夫になっていくとようにという願いが込められている。
Out Of The Woodsっていうのは、"危機的状況を脱する・大丈夫になる"って意味の英語のイディオム。
— ラブリーサマーちゃん / LSC 🍉 (@imaizumi_aika) January 28, 2025
コロナ禍からの復帰、おいらの鬱からの再生、世界もおいらも、全部大丈夫になって欲しいと思ってこのタイトルをつけた。
1stアルバム 『#ラブリーミュージック』と、それに続く2ndアルバム『LSC』では、王道のロックチューンからHIP-HOP、コミカルなアイドル風ポップソングまで、様々なジャンルの楽曲を世に送り出してきたラブリーサマーちゃんだが、3rdアルバム『THE THIRD SUMMER OF LOVE』(あるいはその前にリリースされたEP『人間の土地』)以降の楽曲は、ロック・ミュージシャンとしてのラブリーサマーちゃんの色が強く出ており、今作もこの流れを踏襲した作品になっている。「ロック」というのはあまりにも射程の長い言葉なのでもう少し具体的に記述すると、ラブリーサマーちゃんの楽曲の多くに共通する大きな魅力として「ギターのかっこよさを存分に味わえるバンドサウンド」「ポップセンス溢れる普遍的でキャッチーなメロディ」「独創的な言葉選びでありながら衒いはなく、心にストンと落ち着いてくれる歌詞」の3点が挙げられると思うが、今作『Music For Walking (Out Of The Woods)』も、上記の魅力がこれでもかと詰まった、普遍的なグッド・ミュージック揃いの長く愛聴できる一枚だ。3rdアルバムに参加したライブでもお馴染みのサポートメンバーが今作にも揃って参加しているほか、マスタリングエンジニアにはUKの伝説的シューゲイザー・バンド・『RIDE』のギターヴォーカルを務めるマイク・ガードナーを迎え、まさに盤石の体制で製作されている。
曲順は制作された順番と一致しており、T1の『普請中』からT5の『(Song For Walking) Out Of The Woods』までの歌詞を追うことで、制作期間を通して移り変わっていった心情をストーリーのように辿れる構成になっている。細かい内容は続く全曲レビューにて触れるが、コロナ禍による外界からの隔絶を肯定的に受容し楽しむ期間から、再び社会との接続を求めて気持ちが外に向いていくまでの心の動き(まさに "Out Of The Woods")が、鮮やかな筆致で描かれている。他人と関わったり、それに疲れて閉じこもって休んだり、一人の時間を楽しんだり、それにも飽きて寂しくなって、また他人を求めたり・・・。人生はそういったサイクルを繰り返して続いていくものだと思うが、そのいずれの段階をも肯定し、その先にある希望を提示してくれるような、コロナ禍に限らずいつ聴いても心に響く普遍的なメッセージ性を備えた一枚になっている。
◆全曲レビュー
T1. 『普請中』
森鴎外の同名小説からインスピレーションを受けて制作された一曲。普請とは、家屋等を建築・修繕する土木工事のこと。森鴎外の小説は、明治時代の日本で参事を務める主人公・渡辺が、ある女性と会食する場面を淡々と描いた短編なのだが、物語の舞台である工事中のホテルになぞらえて、近代国家へと向かっている最中の日本を「まだ普請中だ」と評価する表現が秀逸な作品だ。渡辺は劇中、騒がしいホテルやまだ近代国家になりきれていない日本を弁護するようなニュアンスでこの「普請中」という言葉を使っていたが、また歩き出すための小休止・準備期間を肯定する優しい内容の曲のフックにこの言葉を引用するラブリーサマーちゃんの言語センス・リファレンスの幅広さには舌を巻くばかり。一曲を通して巧みに押韻が施されており、単に言葉の意味だけでなく、曲に乗って「音」となった時に更にその魅力を増すような歌詞になっている。
曲調としては、スロウ〜ミドルテンポのロックチューン。轟音のイントロで幕を開けるこの曲は、骨太で重く力強いゴリゴリのバンドサウンドが魅力的だが、一本調子なわけではなくしっかりとメリハリが効いた音作りになっている。ヘヴィなイントロから物静かな1A、再び音圧を上げていく1Bから最高潮のサビに持っていく巧みな構成もさることながら、音の壁とも言える轟音の中で一音だけを残してミュートすることで、印象的なフレーズをより鮮やかに際立てる演出も格好良い。イントロの最中にスコンと抜けるように響くスネアもそうだし、2B終わりのボルテージが最高潮に達しようとする瞬間に楽器の音が止み、”だって私(今 普請中)” とダブルのボーカルが単独で響き渡る2サビの入りは、1曲目にしていきなりこのミニアルバムのハイライトシーンの一つと言える。このような「動」と「静」の巧みなサウンドワークにより、リスナーを曲の世界に引き込む力がとても強力なものになっている。
T2. 『(Song For Walking) In My Mind』
2曲目は普請中とは打って変わって、歩調が軽くなるようなアップテンポのナンバー。朗らかで爽やかな「シロツメクサアルペジオ」が魅力の、誰もが好きにならずにはいられないであろうチャーミングな一曲だ。
今作業してる曲本当素晴らしい シロツメクサ揺れてるみたいな可愛いネオアコアルペジオをBPM174まであげてちょっとパンクにした感じ 最高 おいらはこういうのがずっと聴きたいんや。。。
— ラブリーサマーちゃん / LSC 🍉 (@imaizumi_aika) February 26, 2024
ただし、軽快ながらもただ軽いだけではなく、そこはラブリーサマーちゃんらしい作り込まれたロックサウンドになっており、聴き飽きしない作品に仕上がっている。特にらしさが出ているのはイントロからAメロ終わりまで通しで鳴っている中毒性抜群のギターリフ。歌えるリフを作らせたら最高峰のミュージシャンの一人だと思う。
構成はイントロ→1A→1B→1サビ→間奏→2A→2B→2サビ→アウトロと非常にシンプル。T1『普請中』もT3の『OK, Shady Lane』も同じ構成で、T4およびT5についても多少変化はつくものの似たような形になっており、ミニアルバム全編を通してオーソドックスな展開の楽曲が並ぶ。昨今のポップミュージックを見ていると、印象的な転調が多かったりメロディが難解で歌ってみたくなるような曲がSNSでバズりやすいこともあり、非常に凝った展開の曲が溢れているが(そしてもちろんそれはそれで良いのだが)、本作は「ただただシンプルに良い曲が聴きたい」というリスナーの願望を叶えてくれるような一枚になっている。
歌詞は、「ステイホーム」という後ろ盾ができたによって、遅くまで寝たりだらっと過ごすことを気に病むことがなくなったと喜ぶ内容。サビの "Why don't you take a walk in your mind?" "Why don't you have a talk with your mind?" という歌詞は、「散歩」「健康と内省」というこのアルバムのコンセプトが端的に表現された一節。余談だが、この曲は1番も2番も同じ歌詞になっており、筆者はそういう曲が結構好きなのだが、洋楽では同じ歌詞を繰り返す曲は結構たくさんあるのに邦楽だとあまり見ないのは何故だろうと思う。
T3. 『OK, Shady Lane』
サビの歌詞があまりにも良い。
もういっか
頑張るよって指切りしたことは無い
そうか それでいいんだ
休めサボれ腐れ!
誰にも日陰が必要なのさ
飽きたら行くよ 日向の方
頑張ることに疲れたとき、これほど救われる曲はない。中国の若者の間で流行している「寝そべり主義」に着想を得て、サルトルの実存主義に共感しながら書かれた歌詞は、立派じゃなくても役に立たなくても、ただそこに存在している(=実存)だけでいいんだと認めてくれる。しかも、サビ終わりの ”飽きたら行くよ 日向の方” という歌詞からわかるように、もう何もしないと拗ねて後ろ向きに歌っているのではなく、ただ純粋に日陰で過ごす時間を肯定している歌詞なのが美しいと思う。サビだけでなくAメロBメロの歌詞もラブリーサマーちゃん節全開のユニークで温かいフレーズのオンパレードなので、ぜひ歌詞に注目して聴いてもらいたい一曲。
ミドルテンポで、ゆったりと大きく不敵に歩きたくなるような、跳ねた促音のリズムが楽しい曲調。特にABメロのリズム隊の演奏がとても気持ち良い。温かくて優しい、自然と涙を誘うようなサビのオブリも印象的。歌メロはよくよく聴いてみるとかなりユニークな気がするのだが、抜群のポップセンスで耳馴染みも良いキャッチーな旋律になっている。1Aの “今の私なら 虎杖あたりだろうか” はラブリーサマーちゃんのヴォーカルの美味しいところが存分に出たグッドテイク。ライブではサビ前の「OK!」をオーディエンスみんなで高らかに叫びたい。
T4. 『The Great Time Killer』
エッジの効いたギターリフから始まる、これが一曲目でもおかしくないインパクト抜群のノリノリなリードトラック。「タンタンタタタン」とクラップで盛り上がること必至の、ライブ映えする一曲だ。サビの "Life is a great time killer / How would you get through this prolonged summer holiday?" というフレーズのメロディへの乗り方が見事で、歌ってみるとかなり気持ちがよく、ついついシンガロングしたくなる。Aメロのリズムギターのハーモニーと2番の洒脱なベースラインが個人的にツボにハマるポイント。また、この曲は本アルバムの中で唯一ラスサビの前に山場となる間奏を設けた構成になっており、破壊力抜群のギターソロが味わえる。
人生という「偉大な暇つぶし」をどう過ごすか問いかけてくるサビのフレーズが、そのまま曲名になっている。T3までに描かれていたような森の中でゆったりと過ごす生活に飽き始め、再び外に気持ちが向いていくまでの心の動きが、「ほぼ止まってるくらいのスピードで歩いてた」冒頭から、「僕は君と車に乗ることにした」ラストに向けて、丁寧に描写されている。そんな中でも、下記の歌詞にある通り、森の中で過ごす時間も否定するわけではなく、必要なプロセスだったと歌っていることには触れておきたい。
Walking on, I thought we haven't done any wrong
There really was no other choices for us
We did well, even though we were scared and fazed,
to get back to our usual ways
T5. 『(Song For Walking) Out Of The Woods』
本編ラストを飾る5曲目は、儚げなメロディを管楽器の音色で彩った、フィナーレに相応しい美しいバラード。リリース前からライブでは披露されていたが、そこでは通常のバンド編成で演奏されており、そのアレンジも十分に完成度の高いものだった(実際、ライブで聴いた時点でラブリーサマーちゃんの中でもトップクラスに好きな曲になり、そのまま音源化されると信じて疑わずリリースを心待ちにしていた)ため、今回の音源化でホーンセクションというさらなる形態が隠されていたことを知りとても驚かされた。前作『THE THIRD SUMMER OF LOVE』に収録されているアンセム『LSC2000』でもストリングスを取り入れた壮大なアレンジを見事に纏め上げたラブリーサマーちゃんだが、今作でも再び新境地を見せてくれた。とはいえそこは流石のロックギャル、Aメロの優しい煌めきを放つアルペジオやラスサビをドラマチックに締め括るドラムなど、所謂バンドサウンドのアレンジも魅力に溢れたものになっている。
歌詞は、社会から隔絶され一人で過ごす状況に孤独感を覚え、再び他者と接続することを願う内容で、一つ一つのフレーズの素直さと切実さに胸を打たれる。素直と言っても、「永遠に続く深夜のような日」「目を閉じたときよりも深い孤独」など、きらりと光る比喩表現は散りばめられているのだが、そのどれにも衒いはなく、感情が自然に乗ったストレートな歌詞に感じられる。
特筆すべきは、ともすれば悲壮的にも感じられるほど切実な歌詞が、絶妙なバランス感覚のメロディと温かいサウンドによって、確かな希望を伴ったメッセージとしてリスナーに届けられる点だ。美しい泣きのメロディだが、不思議と悲しさよりも懐かしさや優しさが強く印象に残る。そのメロディに、綺麗で優しいバンドサウンドと温かい管楽器の音色が乗ることで、最後の「これ以上君を遠くに感じたくない」というフレーズが、遠くに感じてただ悲しんでいるわけではなく、これ以上遠くに感じないために森を抜けて外に出ていくことを予感させるような響きになっている。この曲は、勢いよく暗闇から飛び出すようなわかりやすい形ではないけれど、アルバム表題でもある "Out Of The Woods" というタイトルのまさにその通り、深い森の先に暖かい光が差し込んでいるのを見つけたような優しい希望に満ちている。
ST. 『GIMME MONEY』
T5で美しく幕を閉じた本編終了後、1分ほどの沈黙を抜けるとシークレットトラックが始まる。「シークレット」と謳っている以上、ここであまり詳しく記述するのは粋ではないと思うので短めに。これまでの5曲とは打って変わって、トラップビートに乗ったゴリゴリのラップミュージック。一見コミカルだが、実はラップもトラックも正直かなりカッコよく仕上がっている。これまでも2ndアルバム『LSC』に収録されている『水星』のカバーや、SATOHとのコラボ曲『ON AIR』でもそのラップスキルを披露してきたラブリーサマーちゃんだが、今作もパンチライン連発の中毒性抜群な一曲。
◆まとめ
ラブリーサマーちゃん待望の新作、『Music For Walking (Out Of The Woods)』について、全曲レビューを行った。あれこれと語ってはみたものの、とにかく一聴してすぐに良さがわかるエヴァーグリーンな名盤なので、未聴の方はぜひ一度通して聴いてみてほしい。全曲4分以内で最後まで聴いても20分ほどと、コンパクトにまとまっているのも嬉しいポイントの一つ。タイトルの通りお散歩中に聴くのはもちろん、通勤・通学のお供にも最適な一枚だ。
CDは、歌詞カード・コード譜・セルフライナーノーツ付き、さらにジャケットのキャラクターが貼って剥がしてお散歩させられるシール仕様になっているという驚きの工夫も施された上で、税込2,000円と破格のプライスになっている。CD離れが嘆かれる時代だが、サブスクもいつまでも聴ける保証はないし、コレクション的な意味でも所有欲を十二分に満たしてくれる内容なので、ぜひフィジカルでの購入をお勧めしたい。
また、ラブリーサマーちゃんのCD作品は冒頭で記載した通り3rdアルバム以来およそ4年ぶりだが、その間にも直近では映画『Garden of Remembrance』の劇中歌(『歌詞のない日常』と『Garden of Remembrance』)や、2023年のゆっきゅんへのリミックス提供曲『Re: 日帰りで -lovely summer mix』など、魅力的な楽曲を複数リリースしているため、そちらも要チェック。さらに、待望の4thフルアルバムについても、2025年中のリリースを目標としてすでに動き始めているとのこと。次回作への期待も寄せつつ、まずは本作をじっくりと長く楽しみたい。