シュテファン寺院の建築士
シュテファン寺院には未完成の塔がありますが、そのことについてもちゃんと理由があります。現代人が考えられること、つまり「やっぱりお金がなくなったから」とはちょっと平凡すぎ、実際はそれがハンス・ブクスバウムのせいだといわれています。
15世紀の半ばころシュテファン寺院の塔が建築工事中なので、右の方はすでに進んでいましたが、左の方はまだまだでした。ハンス・ブクスバウムは当時、シュテファン寺院の建築士の中でも一番腕がよい石工職人で、彼が作った石の飾り、バラの花の形をしたものなどは広く世間に評判がよかったそうです。が、一時期ガーゴイル、つまり屋根の雨水を落とすための怪獣の形をした吐水口ばかりを作っていました。
その理由は建築士の娘マリアに惚れて結婚を申し込みましたが、彼女の父親は彼らの結婚に、非常に厳しい条件与えました。それはハンス・ブクスバウムが左の塔を右の塔と同時に完成できたらマリアと結婚してもよいという条件でした。でも実際は左の塔はまだ右の半分なので、その仕事は無理だということでした。
ある日、不機嫌に石をのみで彫っていたら、いきなりガーゴイルのような顔をしていたやつが現れ、「マイスター・ブクスバウム、なんでそんなに機嫌が悪いの」と聞いてきました。はじめ、ブクスバウムがあまり話す気はなかったのですが、少しずつ話すうちに結局心の底から自分の悩みをうちあけ、しまいには、マリアと結婚できなければウィーンを去る予定だということも切々と訴えてしまいました。
しかし、そのガーゴイルのような顔の男は「大丈夫、マスター・ブクスバウムならきっとうまくいくよ」と励ますように答えていました。しかし、ブクスバウムにとってはただのお世辞にしか聞こえず、「そんな短い期間で両方塔の完成を同時に人間には絶対無理だろう」といらいらしながら言い放ちました。
「じゃ人間ではない場合は」
「もしできるなんてことがあったらただごとじゃありませんよ。」
「その通り!じゃ手を貸してあげようか。」
「まさか...あなたは悪魔じゃないでしょうね。」
「たとえ悪魔であろうと教会を完成するのは決して悪いことじゃないだろう。」
これを聞いてブクスバウムは驚きながらも、真剣に黙りこくって考えてしまいました。悪魔の援助で教会の塔を建てるなんてことをして、果たして本当にいいのか?それとも、やはりマリアのことを諦めるしかないのか。しかし、今は一石二鳥のチャンスで、他にすべがない。
「よし!条件を聞こう!」
「ごく普通の悪魔との契約のように魂を悪魔に売り渡すことを期待しているだろう?」
「やっぱり」
「でも、そんなことはしない。撲はそんなに悪いやつじゃないぞ。有利な条件のもとだけで手を貸すことにしよう!」
「有利な条件とは?」
「塔を完成しないうちに神様や聖人の名前を呼ぶのを禁止。呼ぶと同時にあなたの魂は撲のものになる、というのはとうかね?」
「それは簡単、本当に有利な条件だよね」とブクスバウムは言いながら、悪魔と契約を結んでしまいました。
それからマリアの父親の建築士は、左の塔が、いきなり、思ったより早く上に伸びていくことについてあっけにとられました。ブクスバウムは今の今までも仕事熱心で勤強な職人でしたが、悪魔と契約した時から昼も夜もぶっ通しで倦まずたゆまず働きました。彼が雇った労働者もこの点では上司にひけをとりませんでした。それ故、悪魔の力も手伝って幾日も経たず、左の塔もどんどん高くなっていったのです。
しかし、ブクスバウムは人が変わったように、芸術家としてすごい自信を見せたり、人生の楽しみより人生のきびしさの方を考えたりするようになり、酒、女そして歌までも避けました。ブクスバウムは仕事以外何もかも忘れていたようで、悪魔との契約を誠実に果たしていました。
やっぱり、恋は多くのことをなしとげると建築士は思いましたが、塔が完全にできあがるまで、娘にブクスバウムと話すなと言っていました。しかし、娘はブクスバウムのことが心配で、彼が結婚のために超人的な仕事をしていることについて、ひそかに喜んでいたので、内緒で何度も現場へ仕事の進み具合を見に行っていました。
そんなある日、ブクスバウムは建築足場の上に立って、成功の予感で自分の偉大な業績を誇りに満ちて見ました。足の下に広場を行く人たちがすごく小さく見えました。そこに思いがけず、見慣れた姿を見つけました。それはブクスバウムの愛しい人でした。しかし、彼がいくら手を振っても彼女は彼だと気付かないので、ブクスバウムは大きな声で彼女の名前を呼びました。「マリア!」すると突然激しく吹いた嵐が一瞬で足場を倒し、必死に塔の石を掴もうとしたブクスバウムは魔手によって地面へたたきつけられ、マリアの足元で息を引き取り、契約通り魂を悪魔に奪われてしまいました。
その日から現在まで左の塔は未完成のままで残っています。
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