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Das Donauweibchen(ドナウ川の妖精)

昔々、ドナウ運河がまだなかった時代に、ドナウ川の支流はウィーンの町壁まで広がりました。今までMaria am Gestade(川岸のマリア)という小さな教会があり、近くにMarienstiege(マリアの階段)が残っています。以前、河川補修がなかったドナウ川はそこまで及び、町壁の前に住んでいた漁師たちにとって厳しかったそうです。夏には魚をたくさん取るのが楽ですが、冬には仕事ができなく、貧しい生活を過ごしており、その上、洪水のため家などを何度も失ったこともありました。
昔の人はドナウ川の底に緑色のガラスで建設された宮殿があり、そこにドナウ川の侯爵、つまり幽霊の侯爵が住んでいたと思っていました。その幽霊の侯爵が短気で、怒った時に洪水を起こし、たまに川岸に散歩している際に漁師をつかんで水中に引っ張り、溺死者の魂を緑色のカラス瓶のなかに閉じ込めてしまったそうです。
現在では侯爵の宮殿にワイン貯蔵地下室のように緑色のガラス瓶もたくさん並んでおり、彼にとってもうたくさんです。なぜなら、人間の魂はワインと同じように古くて成熟したほうが価値がありそうで、それ故、現代人は溺れ死んで緑色のガラス瓶の虜になる心配が要りません。が、日本人は船旅したら気をつけたほうが良いでしょう、最近ウィーンで日本料理が流行って侯爵が鯉の刺身を食べながら新鮮な日本酒を飲みたくなるかもしれません。
しかし、昔々もっとひどいことがあって、侯爵の娘たちも人間を誘惑しなければなりませんでした。夏の月夜に彼女たちの歌声が聞こえ、それで若い男性を魅惑していたといわれています。たまに舞踏会場までやってきたが、犠牲者と一緒にはなく一人で緑色の宮殿に帰ってきた場合に父親に殺されたこともありました。その時、次の朝にドナウ川の水は血のように赤色になってしまいました。
小さい木造の小屋に孫と一緒に住んでおり、女房にも娘にも死なれていたおじいさんがよくこういう怖い話をしていました。若くて腕のいい漁師に成長した孫は幽霊や妖精を見たことがないので、これはおじいさんが自分を舞踏会場に行かせないためのただの作り話だと思っていました。しかし、ある真冬の夜にドナウ川の妖精が不意に彼らの暗い小屋にやってきました。
突然ドアが開き、パッと明るくなって、美人が戸枠に立っていました。身体は人魚のようにかわいらしくて、肌は全く透明でした。水色できらきら輝いていたワンピースを着ており、長い黒髪に白いキショウブが飾られていました。しかし、魚尾のようなものが付いていなく、外で吹雪があったのに素足で歩いてきました。びっくりした男たちが立ち上がり、幽霊めいた現象をジロジロ見ていましたが、彼女は「怖いことはないわ」と天使の声で言いました。
「警告しに来たんですよ。今ではドナウ川の水面に氷が張っていますが、まもなく氷をとかす陽気になりますので洪水が起こるはずです。河原の草地や森、あなたたちの家など全てが洪水にあうことになります。逃げて、逃げないと死にますよ。」と話してからすぐ姿を消しました。
「あれはドナウ川の妖精でした。彼女の言う通りにしたほうがいい」とおじいさんは言いながら、この二人が早く必要なものを背負って寒い夜の中へ出て、他の漁師たちにも警報をした後、安全な場所へ逃げ込みました。
翌日、氷がとけ、ドナウ川が川岸を越えて、河原の墓地、森、家などが水の中に沈没してしまいました。しかし、次の春に戻ってきた漁師たちが家を建て直し、皆命を助けてくれたことに感謝しました。が、唯一人は喜ぶことができませんでした。おじいさんの孫がドナウ川の妖精に憧れ、まるで彼女の虜になってしまいました。今回、おじいさんが舞踏会をすすめても彼はむしろ月夜一人で船をこいでドナウ川の上に彼女を探しにいきました。
ある朝に彼の船が無人で川岸へ打上げ、彼はもう帰ってこないのでした。泣いていたおじいさんはその意味がすぐわかりましたが、孫が妖精の花婿になったのかそれとも緑色の瓶に閉じ込められたのか、まったく解かりませんでした。とにかく彼はあの水の中の世界の虜になってしまった間違いありません。
孫も妖精もその日からもう二度と姿を表わしませんでした。

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