バジリスク
数百年前のウィーン伝説です。Schönlaterngasse(美灯小路)という曲がりくねった横町があり、第七番地の建物に雄鶏とヒキガエルとの間に産まれたような小竜の石像が見つかります。それはバジリスクという怪物です。伝説によるとだいたい800年前、そこにあったパン屋の家にそういう怪物が現れたそうです。
ある初夏の朝、女中が水を井戸からくもうとして、井戸の中を見て鋭い悲鳴を上げてしまい、原因は上述したバジリスクでした。住民が皆集まり、理由を聞くと彼女は井戸の中にいた小竜のことを恐ろしく描写しました。女中の話によると怪物の目が燃えるように赤く見えて、その臭いは耐えられないそうです。
腕の立つパン焼き職人は笑いとばし、「昼に化けが出ないだろう」と言っていました。あらゆる忠告に耳をかさず命綱を身体にかけ、松明を手にもって深い井戸の中に入ろうとしました。2人の強い男が命綱をつかんで、彼を徐々におりて行かせました。しかし、しばらくの間、パン焼き職人も恐怖の叫びを発し、引っ張り上げられた後、死んだようになって戻ってきました。
意識を回復してから彼は女中の話を確認して、怪物をもっと詳しく描写しました。それによると怪物が雄鶏のような頭と胴をもっていますが、足はヒキガエルのようで太く、尻尾は蛇のように細長いが、一番恐ろしいのは燃えるように赤い目です。その小竜の醜さと悪臭が我慢できても、あの恐ろしい眼差しに耐えられず、それを見ると血の凍る思いがするということです。
それを聞くとパン屋の親方は失望し、こういう噂が広がれば、客がもうパンを買いに来なくなり、近いうちに怪物を井戸から追い出せなかったら誰も店に立ち寄らなくなるだろうと思っていました。女中や職人の悲鳴を聞いた近所の人々が外にだんだん集まり、何かがあったということにすでに気がついてしまいました。その問題を解決するため、当時にウィーンに住んでいた学者に相談しようと決定しました。
親方の話を聞いていた学者は額にしわを寄せて考えていました。そうして分厚い本を本棚からとって、黙ってしばらくひろい読みした後、やっとわかったような顔をし、緊張した親方に「大変なことになりましたな」と言いました。「わしの推測が当たっているならあの怪物はバジリスクかもしれませんね。つまり、バジリスクとはね雄鶏が産み、ヒキガエルが抱いた卵から出た物ですよ。毒の眼差しだけで生き物を殺すことができるそうです。しかし、恐ろしく聞こえるけれども、それはあの怪物の弱点だともいえるでしょう。つまりですね、鏡を目の前に差し出すと、バジリスクが自分の眼差しを鏡に映して見るとすぐ破裂してしまうにちがいありません。」
親方がそういう簡単な手段を教えてもらってありがたく家に帰りました。あの腕の立つパン焼き職人を呼んで、もう一度鏡を手にもって井戸の中におりて行かせるつもりでした。ところが、今まで毎日元気そうにやっていたあの職人は2,3時間の間、目に見えて衰弱してしまいました。腰が抜けた彼のひどい状態を見ると、誰でもバジリスクに近づく勇気を失っていました。
親方がもう一度相談しに学者のところに行きました。受けた助言によるとバジリスクを処理するほかの対策は一つしかなかったです。それは次のようでした。井戸を上まで石を積んでいっぱいにするとバジリスクは息が詰まるはずです。そうしたら、学者が言ったとおり怪物を撲滅して危機を脱することができましたが、残念ながら腕の立ったパン焼き職人は女中に看護してもらってもまもなく死んでしまいました。