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さまざまの こと思ひ出す さくらかな〜瀬田さくら卒業公演-桜歌爛漫-〜

ちゃんせたはばってん少女隊の入り口に立っていた。

初めて生のばってん少女隊を見たのは2021年のスタプラアイドルフェス。
身に纏ったのはばっしょーが気になりだして、ありっさかわいいなあと意気込んで買ったピンクのおっしょいTシャツ。
妹グループ練り歩きタイムに、アイドルがいっぱいだ~とどこを見れば良いのか分からなくなった中、正面の列にやってきたちゃんせたが私と夫に向かって手を全力で振ってきた。
アイドルは大箱でのももクロしか見たことのない私たちはアイドルに手を振られる経験が初めてで、私のおっしょいTシャツを見てなのか、夫の紫色のれにちゃんTシャツを見てなのか、はたまた気のせいなのかとあたふたした。そんな私たち2人がおずおずと手を振り返したら、ちゃんせたは満足げに頷いて立ち去っていった。
あとには呆然としてばっしょーのワンマンライブを調べ始める一組の夫婦が残された。

川崎のこと

ちゃんせたの卒業発表は全く予想だにしていなかった。
そこからちゃんせたの特典会に参加したり(めっちゃ早起きした)お手紙を書いたりしたけれど、全く実感が湧かないまま関東での卒業ライブの日を迎えた。

「夢のキャンバス」を1曲目においたライブは、過去曲ブロックから始まり、ちゃんせた色が強い曲ブロックを経て、今とこれからのばっしょー曲ブロックへと繋がる明快できれいな構成だった。
前半では「BDM」や「ころりん HAPPY FANTASY」で「せたさくら」コールをこれでもかと言うくらいに叫び、「崇シ増シXXX物語」「Killer Killer Smile」などを久々に聞いて結構振りやパートを忘れてしまっているものだな…と想いに浸る。「Killer Killer Smile」の全員が倒れたのちにちゃんせたが一人一人叩いて起こしていく振り付けが大好きだったなあ。
中盤の「OiSa」はばっしょーのライブで数えきれないほどに見た曲。いつもの照明、いつもの映像、いつものフォーメーション、これら全部が「いつもの」じゃなくなる日が来るなんて思ってもいなかった。

「わたし、恋はじめたってよ!」はずっと、昼間の初々しい清らかな恋のイメージだったが、この日は星空の背景の中で披露されて新しい一面を見た。直前に行われた「STARDUST THE PARTY」でのシャッフルユニットで、AMEFURASSHIの小島はなちゃんたちがこの曲を色気たっぷりに歌っていたこともあり、短期間で好きな曲が一気に変幻する不思議な体験だった。
いつもならメンバー1人ずつが振り返りながら順番に歌うパートが、この日は6人全員が正面を向いたまま展開された。
このパートは各メンバー色のペンライトが客席で順番に掲げられて神秘的な空間になるのだが、ちゃんせたはその光景を見たかった(そしてメンバーにも見せたかった)のかなと思ったり。

そして最後のブロックで「My神楽」を始める前に、ちゃんせたが「ばっしょーの未来への思いを込めて」といった前振りを言ってくれたのがとても嬉しかった。ちゃんせたはもういなくなるけど、ちゃんせたの思いは未来のばっしょーの中にもあってくれるのか…
「BAIKA」で終わるのかと思いきや、いちばん最後の曲は「it‘s 舞 calling」。最新の曲を最後に持ってきたこと、それがちゃんせたの卒業ライブで行われたことは、ちゃんせたが「閉じる」終わりではなく「開いた」終わりにして、次のばっしょーへ繋ごうとする意志をとても強く感じた。
同時に、曲内で繰り返される「高千穂峰 天降ります」という神様が下界に降りるという表現に、瀬田さくらがアイドルから一般人になる姿がどうしようもなく重なってみえた。

最後に壇上に1人残って挨拶をするちゃんせたの口から「悔しい」という言葉が出たのには、勝手ながら救われた気持ちになる。
ちゃんせたは嫌になったりもういいやとなってばっしょーをやめるんじゃないんだな、ばっしょーのメンバーでいたい気持ちを残してやめていくんだな…と、残される側の勝手な気持ちではあるけど。

本当にやめちゃうのかな?と全く実感の湧かないまま、関東でのラストライブが終わった。

福岡のこと

博多駅に下り立ち、いつもの夏の周年ライブでは山笠がででんと立っている場所にクリスマスツリーが立っていて、「いつもと違う季節の福岡」を強烈に感じた。

福岡二部という本当にちゃんせた最後の公演を前にしてもやっぱり卒業の実感が湧いてこない。
川崎とは違うオープニング映像ののちに「BAIKA」で始まったライブは、川崎とはまったく違うセトリだった。
ライブ表題の「桜歌爛漫」とはこういうことか!と全てが終わってから思い至ったが、3回あった卒業ライブは全て違うセトリで構成され、沢山の曲が「6人の歌」で披露されて看板に偽りなしだった。
2曲目の「bye bye bye」はイントロが流れ出した途端に客席のあらゆるところからうめき声や悲鳴が聞こえる。少し前のツアーでは、辞めた2人と今の6人の繋がりを感じとれたが、今日は卒業ライブのための曲でしかなく、同じ曲でもこんなにも聞こえ方が変わるのかと。
この後は6人のパフォーマンスを目に焼き付けるのに必死だった。
「ますとばい!」のサビ前で6人がメンカラの照明に照らされるのよいなあとか、「OiSa」はもしかして次見る時は演出がガラッと変わっちゃうのかなあとか、「ureshiino」のモニターの映像が音に合わせてテクスチャが変わっていって面白いなあとか。
「和・華・蘭」はもしかしてきいなちゃんとみゆちゃんの優美な歌声を聞きたくてちゃんせたがセレクトしたのかなとも。

「わたし、恋始めたってよ!」はいつもはりるあちゃんへの恋心に聞こえるのだけど、この日ばかりはちゃんせたへの未練に聞こえた。
愛ちゃんの「君にとって Who‘s the best girl?」やりるあちゃんの「思い出一緒に刻んで 少しでも多く焼き付けて」は歌う本人にも隊員の皆にも語りかけているように思えた。
何度も繰り返される「きっと君に 好きと言わず 過ぎてく日々 続いてくよ」には、あれ、私はちゃんせたに好きってちゃんと言ったっけ?言ったような…あれ、どうだっけ?と思いに囚われていく。
この卒業ライブでは、大好きなわた恋が次々と新しい表情を見せてきた。

最後はやっぱり「it‘s 舞 calling」。
イントロでりるあちゃんがセンターに歩み出して、その時に下を向いて胸を抑えながら深呼吸をしていた姿があまりにも美しくて、涙が一気にどわっと出てしてしまった。
ちゃんせたがいるばっしょーのラスト曲の最初のパート、絶対ちゃんと歌うぞ!という気概が見えて、しっかりキレイに紡がれた歌詞が「はいどうも!私どもの未来のはなし」と現状をあまりに適切に表した言葉で、あまりにも美しすぎる後継だった。
いつのまにかりるあちゃんはこんなに美しくなっていたのか…。
かわいい!とか大人っぽくなったねとかは節々で思っていたけれど、所作の美しさにはっとさせられたのは初めてで、図らずもとんでもない瞬間に立ち会ってしまったのかもしれない。
歌い終わり、アウトロでちゃんせたを残して他のメンバーが退場していく流れはあまりにも予定調和。
川崎の舞台は「アイドルとしての技」の一つの到達点を見て、福岡では「アイドルとしての心」の一つの到達点を見た。6人時代の心技一体。

あまりにも卒業ライブとして完璧すぎて、これは「卒業ライブ」というコンセプトのライブなのかな?
今日も23時くらいにちゃんせたがSHOWROOMを始めて、「みんなー、どうだった?瀬田もね、思わず泣いちゃったよ〜」と話出しても不思議ではないな、という余韻だった。
でもやっぱり深夜のSRが始まることはなくて、6人のばってん少女隊の時代は終わってしまったんだな。

これからのこと

ちゃんせたが最後の挨拶で各メンバー、家族、スタッフ、隊員に順番に言葉を紡ぐ中で、スタッフの皆さんに言った言葉が印象的だった。
「もう辞める人になっちゃった私に対して何もやらずにスッと終わりにすることもできたのに、卒業ライブをやってくれたりグッズも出してくれたり。スタッフの皆がこうやってみんなに会える機会を作ってくれている」
これは丸っと裏返してちゃんせたにも言えることだなあと思った。
もう卒業しちゃうんだから、手を抜いたり、好き放題やっちゃうこともできたと思う。
でも、ちゃんせたは最後まで「ばってん少女隊の瀬田さくら」としていてくれて、最後の最後までばっしょーのこれからを(そこにもう自分はいないにも関わらず)考えてくれていた。

各メンバーへの言葉は、実質的には隊員に向けた言葉だった。
「瀬田さくら」の歌が好きならみゆちゃんへ、アイドル性が好きならりるあちゃんへと、後輩たちを推すように誘導していくように2人の為人を語り、愛ちゃん、理子ちゃん、きいなちゃんを同志として讃えつつ3人の魅力も改めてプレゼンをしているように見えた。
「みんなは幸せ者だよ、こんなに優しい推したちを推せているんだから」とは本編中にちゃんせたが語った言葉だが、「だからこれからも推し続けるんだよ」という副音声が聞こえた。

スタッフさんへの言葉も同様で、「皆に会える機会を作ってくれた」はファンの人々への「だからあんま文句言いすぎるなよ」というでっかい釘刺しに思えた。
今まで何らかの出来事でファンたちの不満が過熱してきたとき、すっと配信をしてその熱を冷ましていたのはちゃんせただった。
ファンの気持ちに共感して寄り添いつつも「こういう背景だった」「そのような事実はない。もし本当だったら私も怒る」と丁寧に言葉を重ねてくれていた。
その役割を誰が引き継ぐのか(引き継がないのか)はわからないけど、全方位配慮のちゃんせたによる最後で最強の抑止力を感じとってしまった。
(まったくの見当違いだったらごめんね。)

卒業ライブというのは、現メンバー達の剥き出しの気持ちが見える悔しくも稀有な機会である。
みゆちゃんは「ライブ前に目から汗をかいた」と沢山言われつつも、ステージ上では潤ませても最後までしっかりとした表情を保って、舞台に立つ人としてのタフさを感じられた。
一方でちゃんせたへの手紙はパンダ柄だったりと「私」の面での年相応なかわいらしさや愛情表現に胸がキュンキュンさせられた。
りるあちゃんは川崎での怒涛の言葉と福岡でのぼろぼろ涙を流しながらも手紙を読む姿にとてつもない愛おしさを感じた。
ほんの数年前は泣いちゃって話せなくなっていたりしたのに、今は泣きながらも言葉を紡ぎ続けて、最後の「大好きでえ⤴︎ぇす⤵︎ぅ」には言葉以上にちゃんせたへの愛や感謝が伝わってきて、いつの間にこんなに表現力をつけたのだろう…と驚かされるばかりである。

きいなちゃんはいちばん落ち着いて話していたように見えたけど、心の中に溜まってしまってはいないか…と心配でもある。
「これから桜を見たり美味しいものを食べる度にさくらを思い出すんだろうなあ」という言葉に、よく老夫婦みたいと言われている2人だが、老夫婦の残された片側感が強く出てしまっていて、どうかきいなちゃんの心が折れないことを祈るばかりである。

理子ちゃんは今年に入ってから特に「九州で売れる
こと」にとても意識的になっている。「売れることが全てだとは思いたくないけど」「いろんな景色をさくらと見れると思っていたけど、気づいた時はもう遅くて」という言葉に理子ちゃんの責任感やプレッシャー、そして展望などが見えた。
アイドルという仕事に対する責任感や誠実さが理子ちゃんの好きな部分でもあるけど、背負いすぎないといいなあとも切実に思う。

愛ちゃんはちゃんせたの「私の卒業を受け入れるのに一番苦労していた」という言葉にも表される通りで、だからこそ「辞めることをやめてほしい」など隊員と同じ目線で気持ちを代弁してくれた。
最終的な受け入れ方として、「来世でも同じグループになろうね」に着地したのはさすが愛ちゃん。ばってん少女隊の希山愛は最高だと思い知らしめた。

メンバーからの手紙の際、送り出す側のメンバー達は泣いて目を伏せる一幕などがある一方で、ちゃんせたはメンバーの顔から一瞬たりとも目を離さずガッツリ見続けていた。ちゃんせたらしい姿である。
(ちゃんせたがりるあちゃんの涙を拭ったのを羨ましいとかは、思って…ない……)
また、ちゃんせたが壇上で一人挨拶を終えて、お辞儀をして退場しようとしたタイミングで「さくらー!」と叫びながら花束と手紙を抱えてメンバーが再登場してくれて、いつもの挨拶で締めてくれて、「6人のばってん少女隊」として終わらせてくれたのはとても救いだった。
ステージ下では配信カメラマンの人が一緒に「だーっ」と拳を上げていて、ばっしょーという空間は本当に愛と優しさで包まれているな、と思った。

本当の本当の最後にちゃんせたが顔を覆って泣いて、ずっと「PayPayドームに立つまでは泣かない」と言っていたのに、その機会はもうないという現実を突きつけられた。でも、ちゃんせたはようやく泣けたんだなあとも。

この日が終わった後、私はどんな気持ちになるのだろうと思ったけど、未だ実感が湧いてこなくて何も気持ちは変わらない。
これから5人での活動があったり、新メンバーが入ったりしてようやく実感が迫ってくるのだろう。

ばってん少女隊は続いていく。
数日後にりるあちゃんの生誕ぬいぐるみが発表され(すぐ買った)、みんなのSNSは動き続けているし、きっともう少ししたら新メンバーお披露目の告知が来るのであろう。
これからのばってん少女隊の礎には「瀬田さくら」がいるのだ。

ちゃんせた、私にばってん少女隊を引き合わせてくれてありがとう。
どうか幸せになってね!!!

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