2024/12/29
前日から計っていた材料を取り出し、ホームベーカリーの中にえいやっと入れる。去年の1月に初挑戦して、ひと月ごとに繰り返し、やっとこさ慣れてきた作業だ。すべては今日の日のために続けていたのだと思うと、何だか発表会でも始まるかのようで身が引き締まる。
一次発酵が終わるまで2時間、休んでいる暇はない。今日はとても忙しいのだ。ゴゥンゴゥンとホームベーカリーが苦労して生地を捏ねている音をBGMにキッチンを抜けてリビングへ向かい、薄カーテンをシャッと開く。眩しい、快晴だ。笑うくらい清々しいほどの青空なのに、わたしは跳ねっ返りであちこち光り輝くベランダを見て、心配になって窓枠の近くへしゃがみ込んだ。
近くの床には、大小さまざまな洗面器や牛乳パック、ヨーグルトの容器がカラフルに並んでいて、テラテラとおひさまの光に照らされている。異様だ。けれどこれらを並べたのは他でもない、わたし。氷でケーキを作るために、家中の容器をかき集めて水を入れ、氷点下の世界に放っておいたのだ。
昨日まで水だった氷は、いまやカチンコチンに固まっている。滞りなく進む計画に思わずにんまりしながら、1番大きい洗面器に入った氷を丁寧に取り出した。それを大きなお皿の上にそっと乗せる。その上に水を掛けて、すこし小さい氷を乗せる。そしてまた水を掛けて更に小さい……と繰り返し、ケーキをイメージした氷の立体物を完成させた。ケーキは既に、お皿の上でグラグラ左右に揺れている。
本当は、どっしりとした安定性と豪華さを兼ね備えた、ウエディングケーキのようなかたちにしたかったのだけど、まあ、思い通りにいかないこともご愛嬌だ。いびつで崩壊寸前の氷ケーキを再び外に放置し、今度はグッズをまとめて置いている棚に移動する。ここで既に1時間。ホームベーカリーが終了を告げるまであと1時間だ。
次に頭を悩ますのは写真撮影。お気に入りの写真やグッズを持ち出し、何をどう置くか悩みに悩んで、結局変わらないようなレイアウトで満足するのは毎年のこと。
写真を見返すまでは、ハッ、これは過去最高の配置が出来たぞ…!と己の才能に自信を持つのだが、賞味期限はかなり短い。人の好みはそうそう変わらないものらしい。
そうこうしているうちにホームベーカリーが終わりを告げる。わたしは一次発酵が終わった直後の、パンの赤ちゃんのようなこの状態がやわっこくて一等愛おしく思う。
なるべく傷付けないようにスケッパーで等分し、まんまるにして、濡れた布巾をタオルケットのように掛けてあげる。生地を「放置する」ではなく「寝かせる」と書いてあるレシピが好きだ。はじめて食材に対して「寝かせる」と表現を使った人は、とても慈愛に満ちた人だったのだろう。
クッキー生地は、雪の結晶にしてみようと思った。今日の主役は雪に纏わる思い出を大切にしていている人だから。大切な人が大切にしているものは、当然わたしも大切にしたい。
眠っているあいだに生地に溜まったガスをてのひらで抜いて、先ほどのクッキー生地をそっと乗せる。2つの生地をくるくると回して馴染ませて、最後にまた砂糖をまぶす。ここでも雪をイメージさせようと、普段よりかなり多めに砂糖をかけた。お祝いごとは何でもやり過ぎるくらいが楽しい。
今度は二次発酵を待ちながらイメージトレーニング。なんせ今回は氷の立体物と写真を撮る予定なのだから、ぼうっとしていては溶ける、溶ける。あれをああ置いて、それを隣に置いて……と何度も繰り返し、効率よく動く理想の自分を思い描く。3回目の予行練習を終えたところで、オーブンが鳴り、遂に焼く時が来た。うまく焼けますように、と最後は神に頼みながらスタートを押した。
時刻は既に12時を過ぎていた。
朝から動いてお腹はもうぺこぺこだ。だが今、食べるわけにはいかない。もうすぐで大量のメロンパンが焼き上がるのだから。そうお腹の虫に言い聞かせて耐え忍ぶ。
テーブルに座りながら、どうしてこんなことしているのだろう、とふと思う。他人から見れば、時間の無駄にしか思えないだろう。
だってこのお祝いの主役は、ここには居ない。彼はわたしの顔を知らないし、わたしが生きていようがいまいが、彼には何の関係もない。
ただ貰った幸せを返したくて、「生まれてきてくれてありがとう」を伝えたくて、居ても立っても居られなくて、何日も前から計画していたことを、手間と時間を掛けて実行しているのだ。
それほどに一方的な感情で、見ず知らずの人間が熱を上げ、自分の記念日を祝うことを、わたしは逆の立場だったら耐えられるだろうか。……正直、結構怖い。
けれど、毎年さまざまなかたちで、彼は「祝ってくれてありがとう」「本当に嬉しい」と伝えてくれるから、その言葉が心からのものだと疑ったことは無いから、わたしは安心して全力の感情をぶつけられるのだ。周りの派手さや豪華さに心を乱されることなく、嬉しいと言ってくれたこの感情だけを大切にできるのだ。
メロンパンが焼き上がった。クッキー生地の時にはあんなに綺麗だった雪の結晶は、ただの小花柄と化していた。まあご愛嬌だ。魔法の言葉、ご愛嬌。いつもその言葉で逃げている。
そうして出来上がったメロンパンと、氷のケーキを、キンキンに冷えた部屋の、事前にグッズを並べていたテーブルに置き、極寒のなか写真を撮る。滑稽だ。冷静な自分がバカじゃないの? と笑っている。笑えば良い。わたしは今、生きてて楽しいのだ。大切な人の大切な日に、手間と時間を掛けられる人生は、わたしにとって悪くないどころか、とても幸せだと思うのだ。
そんな気持ちにさせてくれてありがとう。またプレゼントを受け取ってしまった気分。これじゃあ一生掛けても、ほとんど返しきれないね。
生まれてきてくれてありがとう、今年も素敵な1年になりますように!