愛迷エレジー
シーズン最後の試合が終わり、フィギュアスケーターの勝生勇利は実家がある九州の長谷津へと戻って来ていた。
去年の成績は散々であったのだが、突然目の前に現れた憧れの選手であるヴィクトル・ニキフォロフにコーチをしてもらった結果、今年のシーズンは優秀な成績を残す事ができた。
もう思い残す事は無い。これで競技生活を終わらせようと思っていたのだが、考えが変わり来年も選手を続ける事になった。
来年もヴィクトルは勇利のコーチを続けてくれる事になったが、選手に復帰する事へとなった。コーチと選手を掛け持つらしい。それは、来年はコーチであるヴィクトルと、競わなくてはいけないという事だ。
今まで憧れるだけで、ヴィクトルに勝ちたいと思った事は無かった。しかし、今年優秀な成績を残す事ができた事により、欲が出てしまったのかもしれない。今は勝ちたいと思っている。
今年は地元にあるスケートリンクを拠点にしていたが、ヴィクトルが選手に復帰するので、来年はロシアを拠点とする事になっている。その為、休暇が終わるとロシアに行かなくてはいけない。それ迄の間、実家でのんびりと過ごすつもりにしている。
地元の駅へと到着した電車から降りると、勇利は改札口で待っていたミナコと共に駅を離れた。
実家は温泉施設を営んでおり、勇利を除いた家族全員がそこで働いている。その為家族が勇利を迎えに行く事ができない時は、バレエ指導をしてくれていたミナコがいつも迎えに来てくれていた。
元バレリーナのミナコは、老いという言葉とは無縁の女性だ。最初に会った時と変わらぬ美貌のままである。
「ただいま」
駐車場にミナコが停めた車から降り温泉施設の中に正面玄関から入ると、勇利はいつものようにそう言った。
実家は温泉施設の建物の奥にある。そちらでは無くこちらに来たのは、昼間は家族全員がこちらにおり実家には誰もいない事を知っているからだ。
「おかえり」
勇利の声を聞き、似ていると言われる事が多い母親の勝生寛子が奥から駆けるようにしてやって来た。母親と似ているのは顔だけでは無い。太り易い体質も似ている。
今年はヴィクトルの監視のおかげと試合が順調であったので太らずに済んでいるのだが、去年はスケーターにあるまじき体型になってしまった。
「ミナコ先輩ありがとう」
小柄でふくよかな母親は、側までやって来ると目尻を下げて勇利の隣にいるミナコに挨拶をした。
ミナコは母親の学生時代の先輩だそうだ。勇利がミナコにバレエを習っていたのは、その縁からである。歳は違うのだが、昔から母親とミナコは仲が良かったらしい。
「いいのよ」
このぐらいおやすいご用であるというようにして、ミナコは母親にそう言った。
「勇利帰って来たのか」
障子の開く音が聞こえて来たと思うと、父親である勝生利也の声がそれに続くようにして聞こえて来た。
正面玄関を入って直ぐにある受付の奥には事務所があり、父親は客が来た時以外はそこで仕事をしている。勇利の話し声を聞き、父親はそこから出て来たのだろう。
「お父さん」
勇利の姿を見て、母親と対照的に痩身の父親は目を眇めた。
「元気にしてたみたいだな」
「うん」
良かったというようにして、父親は勇利を見たまま首を縦に振った。
「そうだ。手紙が来てたぞ」
そう言った父親が、事務所に戻って行く。
スケートは金の掛かる競技である。勇利は特別強化選手になっており国から補助金が出ているが、それだけでは全てを賄う事はできない。その為、両親にはスケートを始めてから今まで、決して少なくは無い金額を出して貰っている。
その事を勇利が負い目に感じずに済んでいるのは、両親が全くその事を気にしていない様子である事と、余計な事は一切言わないからだ。
「はい」
事務所から戻って来た父親が、封筒と手紙の束を差し出して来た。実家を離れている間にやって来ていたそれらを受け取ると、勇利は一つ一つ差出人を確認していく。
記憶に無い名前の物は、ファンからの物なのだろう。
実家の住所を勇利は勿論公開していない。しかし、ファンの中で勇利の実家が温泉施設であるゆ~とぴあ かつきを営んでいるという事は、有名である。その為、ファンの中には実家に手紙やプレゼントを送って来る者もいた。
差出人を確認していく事によって、封筒の一つが、国から送られて来ているものであるという事を勇利は知った。
(何だろ?)
国から送られてきている封筒の中身に、心当たりが全く無かった。封筒の中身が何であるのかという事が気になり封を切っていると、扉が開くがらがらという音が聞こえて来た。
「ここに勝生勇利ってやつはいるか?」
お客さんが来たようだと思っていると、入り口の方からそんな声が聞こえて来た。
地方で更に田舎町であるここでは、日本語以外が聞こえて来る事は滅多に無い。しかし、聞こえて来たのは英語であった。しかも訛りがあるので、英語圏の人間では無いのだろう。
海外にも勇利のファンはいる。海外のファンなのだろうかと思いながら入り口を見ると、そこにはスケート選手である勇利から見ても華奢であると思うような痩身の少年が立っていた。
頭から被っているフードからは艶やかな金色の髪が出ており、服からは透けるような白い肌が出ている。黒いマスクと大きな黒いサングラスで顔が分からなかったが、それでもその事からも、少年が日本人では無いのだという事が分かった。
これだけ肌が白いのならば、寒い国の人間なのかもしれない。
「僕だけど」
勇利が返事をするとこちらを見た少年が、マスクを下ろし目元を隠している大きなサングラスを外す。
(……っ)
漸く見る事ができた少年の顔を見て、勇利は息を飲んだ。
スケーターには美形が多い。その為美形を見慣れているのだが、それでも目を見張ってしまう程少年は整った顔立ちをしていた。
珊瑚色の唇にペリドットの瞳をした少年から目を離す事ができずにいると、綺麗な爪の形をした人差し指を向けられる。
「俺の名前はユーリ・プリセツキー。お前のガキを産む為にロシアからここまで来た」
「えっ」
思っていた通り寒い国からやって来たのだという事が、その言葉から分かったのだが、そんな事など今はどうでも良い事であった。ユーリの言葉は、勇利の頭を混乱させるようなものであった。
狼狽えていると、怪訝そうな顔へとなったユーリが指をさすのを止めた。
「俺と子作りする事が決まったって、国から連絡があっただろ」
「国から……」
国からの連絡という言葉から、先程中身を確かめようとしていた手紙の存在を勇利は思い出した。はっとした顔へとなると、封を切った状態へとしていた封筒から中身を出す。
(嘘だよね……)
随分前の日付が書いてある手紙を読み終えると、勇利は心の中でそう思った。
手紙には、オメガと子供を作る相手として選ばれたという事が書いてあった。
この世界には、男女以外にもアルファ、ベータ、オメガという三つの属性がある。そんな中のアルファは、人口の大多数を占めるベータよりも圧倒的に少ないのだが、優秀な人間が多い。
そんなアルファを産む事ができるのは、オメガだけである。その為オメガは、生涯のうち国から決められたアルファの子供を、最低一人は産む事を義務ずけられていた。
自分は確かにアルファであるが、オメガに自分の子供を産んで貰う事を勇利は想像もしていなかった。それは、アルファであるが、他のアルファと比べると劣った存在でしか無いからだけでは無い。
ベータと比べると圧倒的に人口が少ないアルファよりも、オメガは更に少ない。アルファの全員がオメガに子供を産んで貰う事になる訳では無いので、特別優秀という訳では無い自分が選ばれる事は無いと思っていたからだ。
(この子はオメガ……)
勇利は手紙から、己と同じ名前の少年に視線を移す。
オメガは希有な存在であるので、実際にオメガを見るのはこれが初めてだ。オメガは、人を魅了する中性的な容姿をいている者が多いという事を聞いた事がある。アルファを誘惑する為だそうだ。
ユーリは聞いていた通りの外見である。
「手紙読んで無かったのかよ」
見詰めていると、ユーリが国から送られて来ている手紙を読んでいないなど、あり得ない事であるというようにしてそう言った。届いている手紙を今まで読まずに放置していたのだと、ユーリに勘違いされてしまったようだ。
「今日まで日本を離れてたから、やっとさっき手紙を受け取ったんだよ」
そう言ってもまだ、ユーリは納得できないという様子へとなったままであった。
何を言っても、ユーリを納得させる事はできそうに無いだろう。納得させるのを、勇利は諦める事にした。
「まあ、良い。子供ができる迄お前の元にいろって、国から言われてるんだ。今日から子供ができるまで、ここで世話になるからな」
ユーリは大袈裟な溜息を吐くとそう言った。
ユーリは大きな荷物を持ってここにやって来ていた。それは、暫くここにいるつもりであったからのようだ。
「えっ。それは困るよ」
「何で、困るんだよ」
不服そうな顔でユーリはそう言った。
「君、どう見てもまだ子供だよね。こんな子供と子供なんて作れないよ」
まだ未成熟な子供という外見をしたユーリは、十五歳程度にしか見えない。子供を作るという事は、ユーリを抱かなくてはいけないという事だ。こんな子供を抱く事は絶対に無理だ。
「国には僕から無理だって言っておくから、君はこのままロシアに帰って良いから」
そう言い終えるとほぼ同時に、突然長い足が飛んで来た。
蹴られると思い目を見開き衝撃を覚悟したのだが、その足は体に触れる寸前止まった。しかし、いつ蹴られてもおかしくない状況であったので、安心する事はできなかった。
硬直した状態のままでいると、足を下ろしたユーリがさっと迫って来た。
「アルファの子供を産んだら、国から金が貰えるんだよ。うちは貧乏だから、その金がどうしても必要なんだ。だから、大人しく俺と子作りしやがれ!」
そう言ったユーリの口調や目付きからだけで無く、先程の行動から、この美しい少年はヤンキーなのだという事を勇利は知った。
ロシアンヤンキーに逆らえば、どんな報復を受ける事になってしまうのかという事が分からない。勇利には、少年の言葉に従うという選択肢しか無かった。
硬直した状態のまま勇利が首を縦に振ると、満足そうな顔へとなったユーリが漸く離れた。
「はあ……疲れた」
誰もいない広い風呂にのんびり入ったというのに、まだ疲れが完全に癒えていない気がする。それは、国から子供を作る相手として決められた少年が突然やって来たからだ。
オメガは国が決めたアルファと最低でも一人は子供を作らなくてはいけない事は、誰もが知っている事である。当然そのことを、勇利の両親も知っている。
子供ができるまでユーリがここにいる事になったという事を両親に告げても、分かったと言うだけで、それ以上その事について何か言って来る事は無かった。
母親からこんな知らない土地に一人で来て心細いだろう。子供ができるまで、ここを自分の家だと思って過ごしたら良いと柔らかな笑みを浮かべて言われたユーリは、その後母親に懐いた様子へとなっていた。優しい言葉を掛けられた事により、勇利の母親に心を許したようだ。
母親に破顔しながら懐いているユーリの姿は、子犬のようであった。
(最初は猫だって思ったんだけどな。いや、僕に対しては今も猫か。まあ、でもみんなと仲良くできそうみたいで良かった)
ユーリの姿を思い出しながらそう思った勇利は、温泉施設から実家の建物へと入る。
実家にも内風呂はある。しかし、温泉施設の大浴場の方が寛ぐ事ができるので、実家の内風呂よりもそちらを勇利は使う事が多かった。
(そういや、ユリオもう寝てるよね)
ユリオというのは、ユーリの事だ。それは、勇利からユーリを紹介された姉の真利が、同じ名前だと混乱するといって付けた渾名である。
渾名を付けられた時は不満そうにしていたユーリであるのだが、そう呼ばれると返事をしていた。ここは勇利の実家である。自分の方が別の名前で呼ばれてしまうのは、仕方が無い事であるとユーリは思ったのだろう。
ロシアから今日ここまでやって来たばかりのユーリは、長旅で疲れていたのか、夕飯の時には既に眠たそうな顔をしていた。そんなユーリは、食事を終えると風呂に入り先に寝る事へとなった。
(あんな子供と子作りなんか無理だよ)
子供にしか見えないユーリの年齢が気になり尋ねると、十五歳だと言われた。
幼く見えるだけで、実はもっと年齢が上であるのかもしれない。そんな期待をしていたのだが、それを聞きそうでは無かったのだという事を勇利は知った。
十五歳という事は、まだ中学生である可能性がある。まだ子供を産むには早すぎるだろう。それに、国から子作りをしろと言われているが、二十三歳の自分がそんな年齢の相手に手を出したら犯罪であるとしか思えない。
(やっぱり無理だよ)
頭を抱えながら階段を上がると、勇利は自室に電気が点いている事に気が付いた。
(電気消し忘れたっけ)
先程自室に行った時はまだ明るい時間であったので、電気は点けていない。
ヴィクトルが使っていた隣の部屋が片付くまで、ユーリは物置で寝る事になっている。そんな物置に行く時に勇利の部屋の電気を点け、それを消し忘れたのかもしれない。
明日ちゃんと電気を消さないと駄目だという事を、ユーリに言わなければいけない。そう思いながら部屋の前まで行った勇利は、扉を開ける。
(……っ!)
部屋の中を見る事によって驚いてしまったのは、物置で寝ていると思っていたユーリがベッドに座っていたからだ。
温泉施設の宴会場で一緒に食事を取った時は派手な私服姿であったユーリであるのだが、今は入浴客が着る館内着姿であった。温泉施設の風呂に入りに行っていたので、その後それに着替えたのだろう。
「寝てたんじゃないの。何でここに?」
「さっき起きて、お前と子作りする為にここに来た」
「えっ!」
ユーリがここにやって来ていた理由を知り、勇利は眼鏡の奥にある目を驚きから丸くした。
「いや、待って。まだ発情期じゃないでしょ?」
オメガは男でも妊娠する事ができるのだが、発情期以外の性交での妊娠率は極めて低い。発情期では無い今性交しても、ユーリが妊娠する事は無いだろう。
「そうだけど。でも、今したい!」
必死に言っている事から、今しようとユーリが言っているのには何か理由がありそうだ。
ユーリは、従順とは言えない性格をしている。そんな彼が、素直に何故そんな事を言ったのかという事を答えるとは思えない。だからといって、理由を聞かずにいる事はできない。
「何で今したいの?」
「それは……」
思っていた通り、ユーリは素直に質問に答えようとしなかった。
「答えないんだったらしないよ」
溜息交じりの声でそう告げると、ユーリがそれは困るという様子へとなった。
「……発情期になったら普通じゃねえ状態になるらしい。そんな状態で初めてするのは怖い。だから今から練習しておきたい」
恥ずかしいと言う事を、格好悪く思ったのだろう。気まずさを誤魔化すようにして、ユーリは乱暴な口調で言っていた。
発情期にどうなってしまうのかという事が分からないようなので、ユーリはまだ発情期になっていないのだろう。そんな理由であったのかと思うだけで無く、発情期もまだ来ていないような子供を抱くなど、絶対に無理であると勇利は思った。
「そう」
「答えたんだから俺を抱け!」
そう言ったユーリの態度は、命令するようなものであった。しかし、勇利はその言葉に従うつもりは無い。
「やっぱり君を抱くなんて僕にはできないよ」
「はあ! 今更何言ってんだよ」
そんな事は認める事ができないというようにして、ユーリはそう言った。
「君はまだ子供だ。こんな子供を抱くなんて、僕にはできないよ」
先程まで目を丸くしていたユーリであったのだが、それを聞き目尻をつり上げた。
「俺はオメガだから、どうしてもアルファの子供を産まなきゃいけねえ。お前が俺を抱かなかったら、他の相手を国から用意されるだけだ。そいつはもしかしたら、どうしようもねーほど変態かもしれねえ。そんな変態に好き勝手される俺が可愛そうだって思うなら、俺と子作りしろ!」
自分が断っても次の相手を用意されるだけだという事を、勇利は全く想像もしていなかった。
オメガはアルファの子供を生涯のうちに最低一人は産まなくてはいけない決まりがあるので、ユーリの言う通りであるだろう。そして、確かにその相手が変態であるという可能性は無いとは言えない。こんな事を言われると、拒否する事ができなくなってしまう。
「卑怯だよ」
そう言うと、ユーリが口元を引き上げた。
勇利が諦めてユーリを抱く事にした事を察したのだろう。ユーリが思っている通りであるので、それを否定するつもりは無い。
「じゃあ、しようぜ」
「今日じゃなくても良いと思うんだけど」
発情期の前にユーリがしておきたい理由を既に知っているからだけで無く、自分も発情期になった時にどうなってしまうのかという事が分からないので、それ以外の時に先に一度しておいた方が良いのかもしれない。そんな思いがあったので、発情期になる前にする事を反対するつもりは無い。
アルファはオメガと違って、一定の周期で発情期になるのでは無い。発情期のオメガが発するフェロモンに誘発される事によって、発情期になる。今までオメガに会った事すらも無かったので、勇利も発情期になった事が無かった。
それなのに勇利が後日にしようとしたのは、急過ぎると思ったからだ。
「駄目だ。今日じゃねえと、駄目だ。お前の気が変わっちまうかもしれねえだろ」
そんな事は無いと言おうとしたのだが、勇利が何を言っても意思を変えるつもりは無いという様子でユーリがこちらを見ていたので、そう言うのは止めた。
「分かったよ」
諦めてそう言うと、ユーリの顔がぱっと明るくなった。
ユーリは表情豊かである。そして、考えている事が直ぐに顔へと出る。出会ってから今までの短い時間の間に見たユーリの様々な表情を思い出しながら、勇利はベッドへと上がる。
自分から抱けと言っておきながら肩を小さく揺らしたユーリが、緊張した面持ちで勇利の顔を見上げた。
「経験無いから、上手くできるか分からないよ。下手でも怒らないでね」
「……っ。分かった」
まだ十五歳のユーリにとって、ずっと年上である勇利は大人であるだろう。そんな勇利に経験が無いとは思っていなかったのだろう。勇利に経験が無い事を知り、ユーリは一瞬驚いた様子へとなっていた。しかし、直ぐに嬉しそうな顔へとなった。
何故勇利が童貞であるという事を知り喜んでいるのかという事を不思議に思いながら、ユーリの肩へと手を置き顔を近づけていく。
(綺麗な顔してるよね)
まるで人形のようである。否、妖精と言った方が良いかもしれない。
唇を重ねる前に瞼を閉じるつもりであったのだが、ユーリの顔に見入ってしまい、瞼を閉じる前に口付けをしてしまった。
重なっていた勇利の唇が離れる。
「……っ」
派手な外見のせいで遊んでいるように思われがちであるが、口付けすら今までした事が無い。これがユーリにとって、初めての口付けだ。
初めて経験した口付けは、顔が熱くなってしまう程恥ずかしいものであった。
もう唇が重なって来る気配が無い。口付けを勇利が止めたのだという事が分かりそろりと瞼を開くと、茶褐色の瞳がこちらを見ていた。
勇利は、髪は日本人らしい黒色であるのだが、瞳は少し薄い色をしていた。
「なに見てんだよ」
睨み付けながら低い声でユーリはそう言ったのだが、勇利の行動を不快に思っている訳では無い。見られている事をが恥ずかしくなってしまい、それを誤魔化そうとそんな態度を取ってしまっただけだ。
(やべ。またこいつを怯えさせちまう)
初対面の時に高圧的な態度を取ってしまった事により、勇利を怯えさせてしまった。その事を思い出しそう思ったのだが、勇利は全くユーリの態度を気にしていない様子であった。
「いや、凄い綺麗な顔してるなって思って」
「なっ、何言ってんだよ!」
外見を褒められるのは珍しい事では無い。それどころか、ユーリにとってはよくある事であった。
今まで外見を褒められると、容姿にしか興味が無いのかと思い不快になっていた。しかし、勇利にそう言われると、動揺すると共に顔が熱くなった。
顔を真っ赤にしている間も、勇利はユーリを見詰めたままになっていた。
「いつまで見てるんだよ!」
羞恥に耐えられなくなり、ユーリはそう叫んだ。
「そんな大声出したら誰か来ちゃうよ」
今部屋に来られたら困ることになるでしょというようにして勇利は言った。その態度は、自分は来られても困らないと思っているものである。
この家にいるのは、勇利の家族である。自分の家族に見られても良いと勇利が思っている事が、ユーリには理解できなかった。
普通は見られなく無いと思う筈である。自分は家族にこんな場面を見られたく無い。そう思うのが普通である筈だ。
(こいつ……。普通っぽいって思ってたんだけど、そうでもねえのか……?)
観察するようにして勇利を見ていると、両手が伸びて来た。
「脱ごっか」
「ああ」
返事をすると、グレムリン・グリーンの館内着の紐を勇利が外した。上着の下に何も着ていないので、館内着がはらりと左右に広がり白い肌が露わになる。
白人の中でもロシア人は肌が白いと言われている。その中でもユーリは一際白いようで、雪のようだと言われる事がある。そんな肌に勇利の視線を感じ、ユーリは息を飲んだ。
「今度からは、下にちゃんとTシャツ着た方が良いよ」
恥ずかしさから顔を伏せていると聞こえて来た声は、微かに尖っているように感じるものであった。
怒っているのかもしれない。しかし、勇利が何に対して怒っているのかという事が分からない。勇利に館内着を脱がされながら考える事によって、だらしない格好をしているので、怒っているのかもしれないとユーリは思った。
(そのぐらい良いだろ)
不満から頬を膨らませていると、脱がした上着をベッドの下に落とした勇利がズボンを掴んだ。勇利は、下も脱がせるつもりのようだ。
「自分で脱げる」
「脱がしてあげるよ」
脱がされるのが恥ずかしくて拒否したのだが、そう言った勇利にズボンを引っ張られる。
抵抗する間も無く、勇利にズボンを足から引き抜かれ、ユーリは下着一枚という格好へとなった。
入浴した時から、勇利と肌を重ねるつもりであった。その為、今履いているのは持っている下着の中で最も気に入っている物だ。豹柄が好きであるので、そんな下着は豹柄のボクサーパンツだ。
それに決めた時はこれで良いと思ったのだが、勇利はこんな派手な下着は好みでは無いかもしれないと思い、ユーリは急に不安になった。
勇利は清楚な下着の方が好きそうである。しかし、今から着替えて来る事はできない。それに、そんな下着など持っていない。持って来ているのは、派手な物ばかりだ。
「体倒して貰って良い?」
後悔していると、勇利はユーリの下着を気にしていない様子でそう言った。
「ああ」
勇利は、ユーリの下着に興味が無いのかもしれない。好みでは無いのは嫌だが、興味を持って貰えないのも嫌だ。不満から唇を尖らせながら返事をしたユーリは、背後を気にしながらベッドに背中を預ける。
今日勇利が戻って来る事を勇利の母親は知っていたようなので、事前に布団を干しシーツを替えていたのかもしれない。背中を預ける事によって、清潔なシーツの感触がするだけで無く、柔軟剤の清涼感のある香りが漂って来た。
気持ちを落ち着けるような香りに気を取られていると、体を近づけて来た勇利の手が下着に掛かる。勇利が下着を脱がせようとしているのだという事に気が付き狼狽していると、すっと引き下ろされる。
「あっ……可愛い」
勇利の視線が下肢の中心へと向かっていた事から、何処を見てそう言ったのかという事は直ぐに分かった。ユーリの性器を見て、勇利はそう言ったのだ。
他人と比べて自分のそこは決して大きく無い。勇利がそんな風に言ったのは、それだけが理由では無いだろう。その上にある陰毛が、申し訳程度しか生えていない事も理由なのだろう。
「可愛いって言うな!」
自分のそこが誇れるものでは無い事を気にしていたので、反射的に肩を怒らせてそう言ってしまった。
「ごめん、ごめん」
勇利の口調や態度は、口先だけでそう言っている事が分かるものであった。
勇利の反応を不満に思っていると、下着をズボンと共にベッドの下へと落とした勇利の手がユーリの性器を掴んだ。
「……んぅ」
敏感な場所をこんな風に他人に触られたのは、初めての経験である。秘めた部分を触られ緊張から息を飲んでいると、勇利が手を上下に動かし始めた。
「ふ……ん……ぅ……」
勇利が触っている場所から、体が溶けてしまいそうである。
自慰をした事は今まで何度かある。しかし、そこを触った時に感じたものと、今感じているものは全く違っていた。
「気持ちいい?」
快感へと夢中になってしまいそうになっていると、勇利からそう話し掛けられた。
本当の事を言うのは恥ずかしい。しかし、誤魔化さずに本当の事を言った方が、良いのかもしれない。
「ん……あっ……きもちい……」
悩みながらもユーリは本当の事を言った。
「良かった」
安心したようにして勇利がそう言った事から、正直な感想を告げて良かったのだという事が分かった。
「んぅ……あっ……ん」
「どこ触られると、気持ちいい?」
「そんな事、……言えるかよ」
そんな恥ずかしい質問をして来た勇利に、ユーリは反感を覚えた。
「でも、どこが気持ちいいのか教えてくれないと、どこが気持ちいいのか分からないんだけど」
「そうだけど……」
当然のことであるというようにして勇利が言った台詞は、納得できるものであった。しかし、気持ちいい場所を答えるという行動が恥ずかしいものであるとしか思えず、素直に従う事ができない。
従うべきか拒否するべきかという事を悩んでいると、勇利が促すようにユーリを見た。そんな事をされると、従わなくてはいけないように思えて来た。
「んっ……先の方……」
「ここ?」
そう言って勇利は、他の場所よりも赤みの強い亀頭を指ですっと撫でた。
「ん。もっと下……あっ……そこっ……」
「ああ、裏筋ね」
そこは裏筋と言うのか。知らなかったと思いながら、感じる場所を勇利に何度も擦られ快感によってユーリは肩を縮こまられた。
「あっ……んぅ……あっ……イきそ……」
「イっていいよ」
「んぅ……あっ……出た」
先程から大きくなっていたものが限界になったのは、直ぐであった。
尖端から白濁を吐き出したのだが、勇利は裏筋を撫でたままになっていた。ぞくぞくとしたものをそこに感じていると、亀頭をすっと撫でた勇利が漸く手を離した。
快感が無くなり体から力を抜くと、勇利の手が乳首へと触れた。偶然そこを触ってしまったのだと思っていたのだが、手が離れなかった事から、そうでは無かったのだという事をユーリは知った。
ぐいぐいと押し込め指の腹で撫でたと思うと、勇利が薄桃色をした突起を口へと含んだ。
「んっ……何して……」
乳首を愛撫するという行為があるという事を、知らない訳では無い。その事を知っていながらもそう言ったのは、勇利がそんな事までするとは思っていなかったからだ。
「駄目?」
「駄目じゃねえけど……」
恥ずかしいので止めて欲しいという気持ちもあったのだが、勇利が続けたいと思っている事が態度から分かっていたので、それを言う事ができなかった。しかし、しても良いと言う事もできなかった。
曖昧な返事しかできなかったのだが、勇利にはそれで十分であったようだ。再び勇利がユーリの乳首を口へと含んだ。
「はっ……んぅ……」
舐めては吸うという事を勇利が繰り返した事により、乳首がぷっくりとして来た事に気が付いた。いやらしい姿へと変わってしまった事を恥ずかしく思っている間も、勇利は愛撫をしたままになっていた。
「んぅ……」
「気持ちいい?」
むずむずとしたものを感じ口から甘い声を出すと、勇利からそう言われた。感じている事に、気が付かれたようだ。
「ん……ちょっと」
本当は少しなどでは無かった。性器を触られた時ほどでは無いのだが、強い快感がしていた。
本当の事を言わなかったのは、こんな事をされてそんなにも気持ちよくなっている事を知られてしまうのが恥ずかしかったからだ。
経験が無かったので知らなかったのだが、セックスは恥ずかしい事ばかりしなければいけない行為であったらしい。それを知っていれば、したいと勇利に強請らなかったかもしれない。
今更、したいと言ってしまった事を後悔しても遅い。ここまで来て、止めようと言う事などできない。それは、止める事ができるとは思えない様子へと勇利がなっているからだけでは無い。
そんな事をすると、もう抱いて貰う事ができないかもしれないからという理由もある。それは困る。
「はっ……ん……」
「こっちまた固くなってるね」
勇利のもう片方の手が、主張を始めているユーリの性器へと触れた。
「ん……」
「こっちも触ってあげるね」
性器を握りしめると、勇利はその手を上下動かし始めた。
「あっ……んぅ……」
先程よりも気持ちいいのは、どこを触ればユーリが感じるのかという事を勇利が既に把握しているからなのだろう。
上と下の両方から責められ、頭が狂ってしまいそうだ。「もういい。もういいから……っ」
快感の渦の中に飲み込まれてしまいそうになっているのを感じながら止めろと言ったのだが、勇利はそんな声が聞こえていないかのような態度であった。そして、愛撫を続けたままになっていた。
ユーリの声が勇利の耳に届いていない筈が無い。聞こえていながらも無視しているのだろう。そんな勇利に立腹している事ができたのは、一瞬であった。限界が近づいて来た事により、そんな事を考えている余裕が無くなった。
「やっ……出る。やっ……」
触るのを止めて欲しくて射精しそうになっている事を伝えると、勇利はユーリが最も感じる場所である裏筋を擦った。
「あっ……ん!」
既にいつ射精してもおかしくない状態へとなっていたので、ユーリは白濁を放った。
体から何も出なくなっても、まだ淫靡な熱が体の中で渦巻いたままになっている。それは、思考を奪うものであった。何も考える事ができずぼんやりとしていると、白濁を放った事により萎えている物を掴まれた。そして、そこに今まで感じた事の無い感触をしたものが触れた。
「あっ……やっ……」
甘い痺れを感じながらも困惑していると、ユーリは勇利がそこに舌を這わせているのだという事を知った。
勇利がそんな事をするなど想像もしていなかった。狼狽していると、舐められるだけで無く手の平で擦られる。
「あっ……止めろっ……んぅ……」
そんな事をされるのが恥ずかしいだけで無く、排泄器官でもある場所を舐められる事に抵抗があった。ユーリは体を捩り嫌がったのだが、勇利は愛撫をするのを止めようとしなかった。
体の中で急激に大きくなっていったものが、今にも爆発しそうになっている。もう射精する事しか考えられない。抵抗を止めて、ユーリは大きくなっているものが爆発するのを待った。
しかし、絶頂へと上り詰める事はできなかった。既に二度も精を放っているので、射精し難くなっているようだ。
達しそうで達する事ができないという状況に苦しささえも感じていると、窄まりに勇利の指が触れる。
「んぅ……」
ユーリの体内に勇利の指が入り込んで来た。
「あっ……濡れてる。オメガってここが濡れるって聞いた事があったんだけど、本当だったんだね」
埋め込んだ指を体内で動かしながら、勇利は感心した様子でそう言った。
ユーリに聞かせようとして、勇利はそう言ったのでは無いのだろう。しかし、それを聞きユーリは目眩がする程の恥辱を感じた。
「あっ……やめっ……んぅ」
「痛い?」
痛いので止めて欲しいと訴えているのだと、勇利に思われてしまったようだ。
「ちがう……違うけど止めろっ……んぅ」
「痛く無いんだったら、止める必要無いよね?」
間違った事は言っていないという様子でそう言った勇利は、動かすのを止めていた指を再び動かし始めた。
「あっ……だめっ……んぅ……」
「気持ちいいから止めて欲しいの?」
甘い声を出してしまった事により、感じている事に気が付かれてしまったようだ。
勇利の思っている通りである。指を中で動かされると、そこからとろけてしまいそうな程の快感がした。しかし、中を暴かれて感じている自分が淫らに思え、それを認める事ができなかった。
「ちがっ……あっ……」
「でも、ここさっきまでよりもぬるぬるになってるよ」
そう言って勇利が大胆に指を動かした事によって、体内から耳を塞ぎたくなってしまうような淫靡な音が聞こえて来た。
「あっ……ああっ……。んぅ……」
「気持ちいいんだね」
恥ずかしいだけで無く興奮してしまい指を締め付けていると、満足そうな顔で勇利がそう言った。
何を言っても、勇利を言いくるめる事はできないだろう。実際に感じているのだから、それは仕方が無い事である。そう思いながらも、感じている事を知られている事が恥ずかしくなってしまう。
「あっ……あっ……」
先程までよりも、感じている気がする。羞恥心を刺激されると、恥ずかしくなるだけで無く感じてしまうのかもしれない。そんな自分をユーリは変態であると思ったのだが、冷静になる事はできなかった。
「んぅ……あっ……ああっ……」
「イけそう?」
大きな波が迫って来ているのを感じ体を戦慄かせていると、勇利からそう声を掛けられた。ユーリが達してしまいそうになっている事に、気が付いたのだろう。
「いきそう……あっ……! イくっ……」
返事をすると直ぐに快感に体を貫かれた。
足をぐいっと反りながら、ユーリは体を撓らせた。
まだ体内がじんじんとしたままである。びくびくと中が自然と動き、動くのを止めている勇利の指を締め付けてしまう。淫らな行動であると思ったのだが、勝手に動いている体内を自分の意思で止める事はできなかった。
勇利はずるりとユーリの体内から指を引き抜くと、灰色のスエットの上着に手を掛けた。
まだ着たままになっていた服を、勇利は脱ぐつもりのようだ。
野暮ったい服である。今着ている物だけで無く、今日会ったばかりの時に着ていた物も地味で似合っていない物であった。勇利は服に興味が無いのかもしれない。
眼鏡を止めて似合う服を着れば、見違えるような男前になる筈だ。顔は決して悪くは無いのだから。そんな事を考えていたユーリの思考が、スエットを脱ぎ更にその下に着ていた肌着を勇利が脱いだ事によって現れた体を見て停止した。
(えっ……すげぇ……)
服を着ているとそんな風には全く見えないというのに、勇利は限界まで鍛えた体をしていた。
勇利はアスリートである。筋肉がしっかりと付いた男らしい体をしているのは、当たり前だ。そう思っても、勇利の体から目を離す事ができない。
ユーリの視線に気が付いたようなのだが、勇利はそれを気にせずズボンをずらす。
「……っ」
ズボンから露わになった物を見て、ユーリは先程よりも更に驚いた。
アジア人の男性器は、ロシア人の物に比べると小さいという事を聞いていた。その事からだけで無く、ズボンの上から見た勇利の物は、存在感があるとは言えない物であった。その事からも、大した物では無いのだろうと侮っていた。
しかし、髪と同じ色をした下生えの元にある物は、息を忘れて釘付けになってしまう程立派な物であった。
こんなに大きいというのに、何故先程までその事が分からなかったのかという事が不思議になる。どうやって隠していたのだろうか。そう思いながらまじまじと見詰めている最中、これが今から自分の中に入るのだという事にユーリは気が付いた。
(こんなの入らねえ……。怖い……)
想像すると背筋が冷たくなった。
逃げなくてはいけないと思ったのだが、体を動かす事ができない。怯えながら硬直していると、ユーリの足の間へと入って来た勇利が近づいて来る。
「挿れるよ」
駄目だとその言葉に対して言いたいのだが、声を奪われてしまっているかのように喋る事ができずにいると、剛直の尖端を窄まりに宛がわれる。
「ひゃっ……」
体内に大きな物が入って来た事により、自然と体が強ばり声が出てしまった。
狭い体内を無理やり広げながら、固い物が奥へと向かって入って来ている。苦しさから逃れようと拳を強く握りしめていると、体内を侵略していた物が動くのを止めた。
「動くよ」
苦しさから漸く解放されると思っていると、そんな勇利の声が聞こえて来た。
「えっ……あっ……んぅ……」
慌てていると、勇利が体内に沈めている物を動かし始めた。
内臓をかき混ぜられているかのように苦しい。誰としてもこんなに苦しい思いをする事になるのだとは思えない。勇利の物が大きすぎるからなのだろう。
「あっ……んぅ……はっ……」
勇利の物が動くのに合わせて、苦しさから勝手に声が出てしまった。
「ユリオ、狭い」
勇利も苦痛に耐えているようだ。そう言った勇利の顔は、辛そうなものであった。しかし、自分も苦しい思いをしているので、そんな勇利に同情するつもりは無い。
「おまえのがデカすぎるんだよっ……はぁ……っ」
自分のものが普通よりも大きいという自覚が、勇利には無いのかもしれない。ユーリの言葉を聞き、勇利は大袈裟であるというような態度へとなった。
(気が付いてねえのかよ)
勇利が気が付いていない事にユーリが苛立ってしまったのは、勇利のものが大きく無いのならば、それよりもずっと小さな自分のものはどうなるのだという気持ちからである。勇利に食って掛かりたくなったのだが、この状況でそんな事をする事などできる筈が無い。
「はっ……んぅ……」
先程までよりも圧迫感が薄れて来た。それだけで無く、擦られている中がむずむずとして来た。
体内に意識を向ける事によって快感が強くなり、昂ぶりの動きに合わせて口から甘い声が出してしまう。
「あっ……ああっ……んぅ……」
「ユリオのここ、気持ちいいよ。ユリオも気持ちいいみたいで良かった。イけそう?」
激しく腰をずっと動かしていたというのに、そう言った勇利に疲れた様子は無かった。呼吸一つ乱していないのは、彼がアスリートだからなのだろう。
「それは無理」
確かに先程から感じているのだが、絶頂に上り詰める事ができるほどそれは強いものでは無かった。
「そっか」
ユーリに達して欲しかったようだ。残念そうに勇利はそう言った。
「はっ……んぅ……。今回は無理そうだけど、何回もしたらイけるようになるかもしれねえ」
「じゃあ、またしよっか」
行為に乗り気では無かった勇利がまさかそんな事を言い出すとは思っていなかった為驚きながらも、ユーリはその言葉に頷いた。
「このままユリオの中に出しても良い?」
再び行為に集中していた勇利の言葉に頷くと、衝撃を感じるほど強く腰を打ち付けられる。
「んぅ……あっ……」
体の奥深い場所まで暴かれているのを感じていると、体内に埋まっている物がぶるりと震えた。
射精したのかもしれないと思っていると、腰を動かすのを止めた勇利が体内から萎えた物を引き抜いた。その事から、思っていた通りであったのだという事が分かった。満足感を覚えながら、ユーリは目を眇めた。
ばたばたという足音が、離れた場所から聞こえて来た。
同じ建物の中から聞こえて来ているのでは無いように感じながら瞼を開いたユーリは、自分が寝ているのが知らない場所である事に気が付いた。しかし慌てる事が無かったのは、まだ完全に頭が覚醒していないからなのだろう。
「んっ……」
目を瞬かせる事によって目が覚めて来たので、部屋の中を見ていく。
ヴィクトルのポスターを壁に何枚も貼っている和式の部屋を見る事によって、ユーリは自分が国から子供を成す相手として決められた勇利の元へとやって来ている事を思い出した。そして、勇利と昨日ここで肌を重ね、初めての経験したのだという事を思い出した。
(昨日俺……したんだ……)
昨日の事をまざまざと思い出す事ができるというのに、あれは夢であったのかもしれない。そんな風に思いながら体を動かす事によって、ユーリは自分が勇利に体を抱かれる格好へとなっている事に気が付いた。
勇利が眠るまで起きているつもりであったのだが、飛行機でぐっすり眠る事ができず寝不足であったうえに、長時間電車で移動したので疲れていたのだろう。眠くなってしまい、眠ってしまった。
その時は抱き締められていなかったので、眠った後に勇利はユーリの体を抱き締めたのだろう。
抱き枕代わりにしたのかもしれない。
腰に回っている腕から力が抜けているので、勇利から離れる事は可能である。しかし、まだ側にいたいので離れるつもりは無い。
(顔見たい)
勇利は、背後からユーリの体を抱く格好へとなっている。その為見る事ができない勇利の顔を、ユーリは見たくなった。
離れたく無いので腕の中で体の向きを変えると、穏やかな顔で眠っている勇利の顔を見る事ができた。
(スケートしてる時と全然違うよな。スケートしてる時は、キリっとして男前だったんだけどな。……想像してたのとは全然ちげーけど、やっぱ好きだ)
目を眇めて勇利の顔を見詰めながら、ユーリは一月ほど前に見たスケートをする勇利の姿を思い出した。
一月ほど前。祖父の友人から、スケートのショーのチケットが余っているから行かないかと声を掛けられた。
スケートはロシアでは人気の競技である。その為頻繁にテレビで流れているので見た事はあるが、取り立ててスケートに興味がある訳では無い。
そんな自分が行って良いのだろうかと思ったのだが行く事にしたのは、スケートのショーのチケットが貧乏人である自分たちにとっては高額な物であるという事を知っており、この機会を逃せばもう二度とプロの演技を生で見る事はできないだろうと思ったからだ。
そのショーに出演していた勇利の力強いというのに、繊細な演技に魅了されてしまった。そして、演技を見終える頃には、恋に落ちてしまっていた。
高揚した気持ちになっていたのだが、直ぐに日本人である勇利はショーの為にロシアに来ているだけである筈だということ。更に、自分とは無縁の世界で活躍している選手であるので、知り合う事など絶対にできない相手である事に、ユーリは気が付き落胆した。
何もできずに恋が終わってしまうのだろうか。相手に自分の事を知って貰う事すらできないのは悲しい。そんな風に考えていた時、国から子作りの相手が決まったという連絡がユーリの元に来た。
オメガであるので、こんな日が来る事になるのは分かっていた。しかし、こんなにも早く来るとは思っていなかった。通知が来るのはまだ先の事なのだと思っていたので、覚悟ができておらず戸惑ってしまった。そして、知らない相手の子供を産むなど絶対に無理だと思った。
しかし、国が決めた事に逆らう事はできない。それに、子供を産む事によって国から支給される金は欲しかった。
ユーリの家が貧乏なのは、母親は病気で父親は生まれた時からおらず、稼ぎ手が腰が悪く長時間働く事が困難な祖父のみであるからだ。ユーリも働きたかったのだが、まだ働く事ができる年齢に達していなかった。働く事ができるようになったら、直ぐに働くつもりであった。
諦めて国の命令に従うしかないのだ。自分はオメガに産まれてしまったのだから、仕方が無いのだ。勇利の事も諦めるしか無いのだ。
そう思いながら子供を作る相手として選ばれたアルファを確認すると、驚くような偶然が起きた。ユーリの相手として選ばれたのは、好きになったばかりの勇利であったのだ。
これは運命である。
そうであるに決まっている。
子供ができるまで勇利と共に過ごさなくてはいけない。その間に、勇利に自分の事を好きになって貰う事を決め、ユーリは母国であるロシアからここまでやって来た。
どうすれば、自分の事を好きになって貰えるのだろうか。そんな事を考えていると、先程まで眠っていた勇利が目を覚ました。
見詰めていた事を知られたくなくて、ユーロは慌ててそっぽを向いた。
「起きてたんだ」
そう言っておはようと言って来た勇利に、ユーリは顔を顰めながらぞんざいな口調でおはようと返した。
勇利の事が好きだというのに、それを態度に出すのが恥ずかしくて、刺々しい態度ばかり取ってしまう。そんな事では好きになって貰えない。それでは駄目だという事は分かっているのだが、自分の態度を変える事ができずにいた。
「お腹空いたね」
「そうだな」
ごそごそと体を動かしていた勇利がベッドを離れる。
勇利がカーテンを開けた事によって、部屋の中に明るい光が差し込んで来る。眩しさをユーリが感じていると、勇利がスエットから普段着へと着替えていく。
服も着ずにそのまま眠ってしまったので、今ユーリは何も着ていない。勇利が着替えているのだから、自分も服を着た方が良いだろう。そう思い、昨晩着ていた館内着と下着を捜す。
寝ている間に勇利が畳んでくれたのだろう。館内着は下着と共に畳んだ状態で床に置いてあった。立ち上がるのが億劫で、ユーリはベッドの端まで行くと手を伸ばし床に置いてある館内着と下着を取る。
(やっぱ派手だったかな。でもこいつ、下着なんか全然見て無かったんだよな。んー、でもやっぱ次からはもっと地味なのにしよ)
勇利がまたしようと言って来たのは、予想外であった。
持っている物の中のどれを履けば良いのだろうかという事を考えながら着替えているうちに、着替えが終えた。既に着替えを終えていた勇利の方を見ると、それを待っていたかのように話し掛けられる。
「結婚しよっか」
勇利の言葉は、ユーリの思考を停止させるようなものであった。
「えっ……なんでいきなり?」
「責任感じちゃったってのもあるんだけど、結婚もしてない相手との間に、子供を作りたく無いからっていうのもあるんだよね」
ユーリの事を好きになったので、そう言って来たのだとは思えない。抱いた事によって責任を感じたからなのかもしれないと、思いながら聞いた。しかし、好きになったのでそう言ったのかもしれないという思いが、微かにあったようだ。勇利の気持ちが自分に全く無いという事が分かり、ユーリは落胆した。
「別に責任なんてわざわざ取らなくて良いし」
勇利と結婚したくないと思っている訳では無い。自分の事を好きで無くとも、勇利と結婚したい。誰かに取られたく無いと思っている。
それなのに、思いを寄せてくれていない事に苛立って、そんな事を言ってしまった。
「僕がそれじゃ嫌なの。ユリオは僕のお嫁さんになるのは嫌?」
「嫌じゃねえけど……」
勇利の発言に強引さを感じながら、ユーリはそう言った。
気弱な性格をしているように見えるが、実際は強引な性格をしているのかもしれない。
「そう、だったら良かった。じゃあ、明日みんなに報告しよっか」
このままでは勇利と結婚する事になってしまうのだという事が分かり、ユーリは慌てた。
「好きでも無いような相手と、責任感だけで結婚して本当に良いのか?」
「えっ、ユリオの事嫌いじゃないよ」
驚いたようにして勇利は言っていた。
勇利に好かれていないのだと今まで思っていたのだが、そうでは無かったようだ。
「でも好きって訳じゃねえだろ?」
「まあ、そうだけど」
さらりと勇利はそう言った。
先程期待を裏切られてしまったばかりであるので、期待などしていなかった。それでも、勇利に好きになって貰えていない事を知り、気持ちが沈んだ。
(こんなの俺らしくねえ。欲しい物は自分で手に入れるしかねーんだよ!)
今はユーリの事をそういう対象として勇利は見ていないようだが、今後どうなるのかという事は分からない。努力次第では、好きになって貰う事ができる可能性はある。
「分かった。お前と結婚する。そんで、お前に俺の事を好きにならせる!」
「はははっ。楽しみにしてるよ」
宣戦布告でもするようにして告げると、勇利に軽くそれを受け流された。
勇利は、ユーリの事を自分が好きになる筈が無いと思っているのだろう。その事を腹立たしく思いながら絶対に好きにしてみせると思っていると、朝食の準備ができたと言って真利が部屋へとやって来た。
昨日夕飯の時間が早かったうえに、それから今まで何も食べていなかったので空腹になっていたのだろう。それを聞くと、まるでそれを待っていたかのようにお腹が鳴った。
勇利と真利にそれを笑われた事に顔を真っ赤にしながら憤った後、二人に宥められながらユーリは部屋を後にした。
勇利と結婚をする事になったのだが、まだ日本では入籍する事ができない年齢でユーリがあったので、籍を入れるのは十六歳になってからにする事になった。それまでは、勇利とは婚約者という関係でいる事になった。
幸せな日々がこのまま続くのだとユーリは思っていたのだが、数日後勇利が休暇を終えるとロシアに行ってしまうのだという事を知った。勇利と共にロシアに行くとユーリは主張したのだが、結局勇利が戻って来るまで長谷津で待っている事になった。
勇利が戻って来る迄の間、温泉施設を手伝いながら、今後日本に住む事を考えて日本語の勉強をする事になった。
(次戻って来た時は、日本語で出迎えてやるからな!)
End.