女のふりしてフロイドと結婚する事になるリドルのマフィアパラレル
非道な真似を厭わないことで有名なマフィアのリーチ家。そのボスである男が所有する広い屋敷に連れて来られた一人の少女がいる。
黒いゆったりとした可愛らしいワンピース姿の彼女は、深紅の薔薇を思わせる髪にフォグブルーの瞳をした端正な顔立ちの少女だ。まだミドルスクールに通っていそうな年齢に見えるが、幼い顔立ちをしているだけで十七歳へとなっている。そんな彼女、リドルがこの屋敷に連れて来られたのは、医者である父親が病院経営に失敗し莫大な借金を作ってしまったからだ。
これから自分がどうなるのかという事が分かっている筈だというのに、美しい少女は怯える事無く凜としたたたずまいのままだ。
前を歩いている男がドアを開けると、そこには彼と親子なのだという事が一目で分かる背の高い男がいた。十七歳になったばかりのリドルと同じぐらいの年齢だろう。人目を引く華やかな容姿をした彼から直ぐに視線を離すつもりであったのだが、彼と目があってしまった事により離す事ができなくなってしまった。
左右の濃さが違う金色の瞳を見ていると、まるで深い海にある洞窟の中に閉じ込められてしまっているかのような気持ちになる。この男は危険だ。父親よりも更に危険かもしれない。そう本能が警告しているというのに目を離す事ができない。
やっと目を離す事ができ顔を伏せると、頭の上から甘い声がリドルに降り注ぐ。
「親父この子は?」
顔を上げる事によってリドルは、まるで海のような色の髪をした男が側までやって来た事を知る。
「借金のカタにもらって来たお嬢さんだ。喋れないらしいが、かなりの上物だ。これなら十分に父親が作った借金を体で返せるだろ」
「お嬢さんっていうか……」
じろじろ背の高い男に見られリドルが表情を強ばらせたのは、絶対に彼に知られてはいけない秘密があったからだ。
「まあ、いいや。親父、オレこの子の事気に入っちゃったんだけど。この子オレにちょうだい?」
視線が離れた事に安堵する間も無く彼が告げた言葉にリドルは目を丸くする。
「フロイド。簡単に言うが、この子の父親が幾ら借金を作ったのか知ってるのか?」
「どうせ親父にとったら端金でしょ」
「まあ、そうだが」
リドルの父親が作った莫大な金額の借金を端金とフロイドと呼ばれた男が言った事にも驚いたが、その父親があっさりそれを認めた事に更に驚く。
「ちゃんと大事に飼うからさ」
フロイドの言い方はペットを欲しがる子供のようなものだ。
「仕方ないな」
「やったー」
見た目の年齢よりもずっと幼い様子で喜んでいるフロイドの姿を見ても、少しも微笑ましい気持ちへとなる事はできない。それは、無邪気な笑顔を浮かべている彼の瞳の色が残酷な色を宿していたからだけでは無い。彼が父親からもらった物がリドル自身であったからだ。
「ここが金魚ちゃんが今日から暮らすオレの部屋。隣は兄弟のジェイドの部屋だから、勝手に入っちゃダメだかんね。まあ、この部屋からオレの許可無く出れねえんだけど」
甘く囁くような声でフロイドは言っているが、その内容はリドルが眉根を顰めてしまうようなものだ。フロイドはリドルをこのおもちゃ箱のような部屋の中で飼うつもりらしい。フロイドの部屋は、広いのだが片付けが全くされていなかった。
顔を曇らせていると、腰を曲げたフロイドに顔を覗き込まれる。
「ちゃんと最後まで大事に飼うから安心してね」
飽きられてしまう事を自分が心配しているとこの男は思っているのかもしれない。そんな心配などしていない。素っ気なくぷいっと顔を背けると、フロイドがリドルを見ながら笑ったのを感じた。
彼の反応を不快に思い目尻を釣り上げていると、体を抱き上げられる。
「……っ!」
喉から溢れてしまいそうになった声を押し込めていると、リドルの体を物でも持つようにして抱き上げたままフロイドが部屋の中を歩き出す。
フロイドの行動に驚き目を丸くしている事しかできない間に連れて行かれたのは、青いシーツが掛かっている大きなベッドだ。そこにリドルを下ろしたフロイドに覆い被さられる。
「金魚ちゃん良い香りすんね」
首元へと顔を彼が埋めた事に驚いていると、鼻先を鎖骨に押し付けながらフロイドはそう言った。フロイドに香りを嗅がれているのだという事が分かり、全身がかっと熱くなってしまう程の羞恥がする。
「薔薇みてえな香り」
首からやっと顔を離したと思うと、フロイドの唇が重なって来た。突然の出来事であったので、彼にキスをされているのだという事を理解するのに少し掛かってしまった。
「んぅ、ん……っ!」
「何嫌がってんの。オレのもんなんだから大人しくしろよ」
体を手で押し込めながら顔を横に背けて唇を離した事によって聞こえて来たのは、リドルから抵抗を奪ってしまう程冷たい声であった。
先程までとは別人のような声を出したフロイドの表情からは、笑みが消え去っている。背中に冷たいものを感じ肌を粟立てていると、まるで世界が急に変わったかのようにフロイドの表情が元に戻った。
「あはっ。怯えないでよ。オレの言うことちゃんと聞いていい子にしてたら、金魚ちゃんの事大事にするからさ」
ペットに対して言うようにして言ったフロイドの唇が再び重なる。元に戻ったが、あんな姿を見せられたばかりであるので抵抗する事ができない。顔を顰めていると、フロイドの唇が離れた。
「口開けて」
そう言って二本の指をフロイドがリドルの唇の間に入れる。フロイドはリドルに自ら口を開けさせようとしてそう言ったのでは無かったらしい。口の中に入れた指を彼が中で広げた事により、リドルは口を開ける事になった。
「ふっ……んぅ……」
フロイドの指がリドルの舌を掴む。
「薄いし小せえ舌」
「んぐっ……はっ……ん……」
他人にこんな風に無遠慮に舌を指で触られたのなど初めての経験だ。フロイドの行動に憤りを覚えていると、舌を解放した指が出ていく。そして直ぐに再び唇を重ねて来たフロイドが、捏ねるように触られた事によって敏感になっている舌に長い舌を絡みつけて来る。
「はっ……んぅ……」
脳が蕩けてしまいそうな快感が舌にしている。その快感は、リドルから思考を奪うようなものであった。何も考えられなくなっていると、フロイドに腰を撫でられる。
「んぅ……」
口から淫らな声が漏れた。そんな声を気にする事ができない程初めての快感に没頭していると、唇や口腔の粘膜を嬲るようにして舐めたフロイドの唇が離れる。
「とろとろじゃん」
嘲笑うようにしてフロイドからそう言われ一瞬で我に返ったリドルは、スカートの中に手を入れ太股にしている黒いホルダーに収めているナイフを引き抜く。そして、その先端を躊躇する事無く緩んだ顔のフロイドの首に突きつける。
「ボクをここから解放しろ」
「……あはっ。金魚ちゃんやっぱ面白えー」
鋭利なナイフを喉に突きつけられているというのに、そう言ったフロイドの態度は緊張感の無いものだ。
フロイドのそんな反応にだけで無く、リドルが男だという事を知っても彼が驚いていない事に困惑する。声を聞いても男だという事に気が付かないほど、彼の事を間抜けな男だとは思っていない。――リドルが抱えている秘密というのは、本当は喋る事ができる事だけでは無い。両親を助ける為にこんな格好をしているが、リドルは男であった。
「ボクが男だと気付いてたのか?」
「雄なのに雌の振りしてて面白れってなって、金魚ちゃんをオレのもんにする事にしたの」
父親にリドルをねだる真似を彼がした理由を知り呆れた後、リドルは先程から彼が自分の事を呼んでいる呼び方に眉根を寄せる。
「その変なあだ名は止めろ」
「何で? 赤くて小さくて食べるところ無さそうで金魚みてーじゃん」
リドルの事を金魚ちゃんと彼が呼んでいる理由は、リドルを憤慨させるようなものであった。
「ふざけた男だな。いいからボクをここから解放しろ!」
リドルが自分を本気でナイフで刺す事は無いと彼は思っているのかもしれない。本気である事を分からせる為に、ナイフを持っている手に力を込める。肌にナイフが軽く刺さっているというのに、フロイドの態度は変わらぬものだ。
「ここから逃げてどうすんの? おとーさんが作った借金のせいで売られて来たんだよね? 金魚ちゃんが逃げたら、おとーさんが可愛そうな事になると思うんだけど」
「それは……」
「ここから逃げた後のこと何も考えて無かったんだ~」
そう言ってフロイドが笑う。
フロイドの言う通りであるので何も言えなくなっていると、ナイフを持っている手に彼の手が重なる。フロイドの手はリドルのものよりもずっと大きなものであった。そんな手がナイフを奪い取ろうとしている事に気が付いていたのだが、父親だけで無く母親の事を考えると抵抗する事ができない。
リドルから奪い取ったナイフをフロイドがベッドの下に投げる。かつんというナイフが床にぶつかる音がやけに大きく聞こえた。
「金魚ちゃんの事もっと気に入っちゃったから、オレの番にする事にした」
「番……?」
もっと気に入ってしまったという言葉に動揺していたリドルであったが、その後に彼が続けた言葉に更に動揺する事となった。
「そう。金魚ちゃんはオレのお嫁さんになるんだよ」
「ボクは男だぞ?」
彼が自分を男だと分かっている事を知っていてもそう言わずにはいられない。それは、フロイドの台詞は普通男に対して言うようなものでは無いからだ。
「最初っから知ってるし。金魚ちゃんならみんなをだまし通せるって」
男の自分に女の振りをさせて自分の妻に彼がするつもりだという事が分かる。
「……悪趣味な」
「何とでも言ったら良いよ。金魚ちゃんはオレに従うしかないんだし」
父親を人質に取られているので、フロイドのその台詞を否定する事ができない。押し黙っていると再び唇を塞いだフロイドに体を弄られる。
リドルが男だという事を知っていてからかったのだと思っていたのだが、そうでは無く彼が本気でリドルを抱くつもりだという事を直ぐに知った。