大人フロリドで交際0日婚

 先程ホテルの一室で目を覚ましたばかりのリドルは、テーブルの上にまるでいらないチラシのようにして置かれている一枚の紙を見ながら頭を抱えている。
 テーブルの上に置かれているそれは、役所でもらった婚姻証明書だ。まだ憧れていた魔法医術士として働き出したばかり。母親からは早く結婚するように言われていたが、少しも結婚なんて考えられない。それなのに、何故。しかも、よりにもよって彼なのだ。
 リドルが結婚した相手は、昨日会った時の格好のまま同じベッドで眠っている。学生時代から、リドルの事を一方的に気に入ってちょっかいをかけて来ていた相手。フロイドとリドルは酔った勢いで結婚してしまった。
 昨日同時期に入学して卒業をした同期生を集めた小さな同窓会のようなものが大きな街の繁華街のバーを貸し切って行われた。そこで、フロイドとリドルは再会した。
 NRCを卒業してから六年が経過してすっかり大人の男になっていた彼であったが、学生時代と変わらず子供のような一面を持ったままであった。しかし、学生時代のように過度にリドルをからかうような真似はしなかったので、彼とNRC時代には考えられないほど打ち解けて会話をする事ができた。
「本当はキミに少し憧れてたんだ。キミはボクと違って自由で、やれば何だってできた。それに背だって高い」
「あはっ。金魚ちゃん相変わらず小っちゃいもんね」
「ボクだって少しは伸びたんだぞ。キミもその分伸びたみたいだけど」
「金魚ちゃんは小さいままで良いよ。小さいけど誰よりも強い金魚ちゃんが好きで、ついついからかっちゃってたんだよね」
「好きだから……。そうか……。キミにそう言われると照れてしまうな」
 などという話をしているうちに盛り上がってしまい近くにある役所で婚姻証明書をもらって来てしまった。同窓会が行われたのが、大きな繁華街でそこに二十四時間やっている役所があった事もそんな事をしてしまった原因の一つだ。
「だからって、何でフロイドなんかと。大体、今何をしてるんだか。まさかマフィアになんてなっていやしないだろうね」
 飛躍しすぎな考えであると自身の考えをリドルが思わなかったのは、マフィアになっていてもおかしくない男でフロイドがあったからだ。
「アズールから店を一個任されて、今はレストランテの店長してるから安心していいよ」
 笑い声混じりのフロイドの声を聞き慌てて隣を見ると、肘を立て頭を手で支える格好で寝ているフロイドの姿があった。その姿を見る事によって、リドルはフロイドがいつの間にか目を覚ましていた事を知る。
 フロイドの態度は、酔ってうっかりリドルと結婚してしまった事を後悔しているようには見えないものだ。彼も本意では無かった筈だというのに、その事を後悔していない事が不思議だ。いや、そう見えるだけで後悔しているのかもしれない。
「キミはボクと酔った勢いで結婚してしまった事を後悔してないのかい?」
「結婚とか考えた事なかったんだけど、でも金魚ちゃんなら良いっかなーって思って」
「良いかなって……そんな軽い気持ちで……」
 フロイドの返答は呆れずにはいられないものだ。
「金魚ちゃんはオレと勢いで結婚しちゃったこと後悔してんの?」
「それは当然だろ。だって、キミとは恋人でも無いっていうのに」
「だったら、今からオレの事好きになってくれたらよくね?」
「そう簡単にそんな事を言われても」
 好きになれと言われたからといってそう簡単に好きになる事はできない。しかも、フロイドとはNRCを卒業してから一度も会っていないので、先程今何をしているのかという事を知ったばかりだという程今の彼の事を何も知らない。
「四年掛けても好きになってくれなかったっていうのに、今直ぐにオレの事好きになるなんてそんなの無理に決まってんじゃん」
 フロイドの言い方にリドルは引っかかりを感じる。
「その言い方だとキミがボクの事を好きだったみたいじゃないか」
「金魚ちゃんの事が好きでからかっちゃってたって言ったじゃん」
「えっ! あれは、そういう意味の好きだったのかい……!」
 その話を聞いた時その事に全く気が付いていなかったので、フロイドに恋愛感情をもたれていた事を知りリドルは驚きの余り混乱する。
 フロイドの態度はそんな風には全く見えないものであった。全く気がつかなかった。その事を知っていれば、もっと優しくしたのに。あんなにつれない態度を取られて、彼の気持ちが冷めなかった事が不思議だ。
「ボクのことが好きなのに何もしなかったのかい?」
 昨日一緒にこのベッドで寝たというのにフロイドは何もしなかった。好きなのならば、普通何かするものだろう。
「そんな事したら金魚ちゃんに好きになってもらえないじゃん。金魚ちゃんに好きになって欲しいのに」
「確かにそうだけど」
 そんな事を言う男だとは思っていなかった。自分はフロイドの事を誤解していたのかもしれない。自分が思っていたよりもずっと誠実な男なのかもしれない。リドルは今まで感じた事がない感情を胸に感じていた。
「金魚ちゃんお腹空かない?」
 急に話題が変わった事に驚いたリドルであったが、そう言われた事によりお腹が空いている事に気が付く。
 昨日の同窓会が行われたのはバーであったが、今回の同窓会の幹事であるアズールが料理を手配してくれていたのか、店には美味しそうな料理がたくさん並んでいた。しかし、話をするのに夢中になってしまいそんな料理を殆ど食べていない。殆ど何も食べずあれだけ飲めば酔ってしまうのは当然だ。昨日の出来事は自分の巻いた種だと言えるだろう。
 先程まではフロイドと勢いで結婚した事を酷く後悔していたリドルであったが、今はそんな気持ちは無くなっている。それどころか、これも運命なのかもしれないと前向きな事を考えていた。
「そうだね」
「じゃあシャワー浴びたらホテル出て何か食べに行こうか。この近くに美味しいブランチ出す店があるから、そこ行こっか」
 ブランチと言われ今の時間が気になったリドルは、ポケットの中からスマホを取り出す。そこに表示されている時間を見て、彼がブランチと言った事を納得する。
「そうだね。楽しみだ」
 レストランテの店長を現在しているだけで無く、NRC時代はモストロ・ラウンジで働いていたフロイドの舌は肥えていそうだ。そんな彼が美味しいと言ったブランチが出る店に行くのが楽しみになる。そして、先程までは言われるまで気が付かない程度であった空腹感がずっと強くなる。
「その後、一緒に暮らす所探しに行こっか」
「一緒に……?」
 フロイドの発言に驚きリドルは目を丸くする。
「結婚したんだから一緒に暮らすでしょ?」
 それが当然であるようにして言われ困惑したのだが、結婚したのだから一緒に暮らすのは当然であるのかもしれない。
 いいや、結婚したのだから一緒に暮らすのは当然だろう。
「確かにそうだね」
「良い所が見つかると良いね」
「そうだね」
 これからの事を楽しみにしている事が分かる顔で笑いかけられると、リドルの顔にも自然と笑みが浮かぶ。フロイドと一緒に暮らす事になるなど考えた事も無かった事であるのだが、彼との生活がリドルは楽しみになっていた。

 こうして、交際期間0日でフロイドとの結婚生活が始まる。

いいなと思ったら応援しよう!