特に何も事件とかも起こらないカントボーイネタ
「フロイドと付き合う事になったって話しただろ?」
一年中美しい薔薇が咲いているハーツラビュルの庭でお茶を飲んでいたトレイは、一緒にお茶を飲んでいた幼馴染のリドルから急にそんな事を言われた。
関わりたくない相手。オクタヴィネルの双子。特にフロイドに対してそう言っていたというのに、彼と付き合う事になったという話を、トレイがリドルから聞かされたのは一月ほど前の事だ。
「ああ、言ってたな」
「それで……」
「それで?」
リドルが緊張した面持ちになっている事から、恋人とのことで何か相談したいことがあるのだという事は既に分かっている。それをリドルが今トレイに相談する事にしたのは、今日はここで一緒にお茶を飲んでいるのがトレイだけだからなのだろう。
リドルがあのオクタヴィネルのフロイドと付き合い始めた事に寮生たちは皆気付いているのだが、リドルはその事に全く気付いていないようだ。
「フロイドから……その……したいと言われたんだ」
何をしたいとフロイドから言われたのかという事をはっきり言わなかったが、二人の関係からだけで無く、リドルが浮かべている表情からも何をしたいと言われたのか容易く察する事ができる。リドルは顔を真っ赤にして恥ずかしそうな表情へとなっていた。セックスをしたいと、恋人であるフロイドから言われたのだろう。
そんな事をリドルがフロイドから言われた事を知り、トレイは動揺するだけでなくフロイドに対して激しい怒りを感じた。
うちのリドルになんてことを言うんだ!
「まだ付き合い始めたばかりだろ。まだ早いんじゃ無いか?」
「そうなのかい? こういう事にボクは……疎くて……。フロイドはもう十分我慢したから、そろそろ良いよねと言ってるんだけど」
フロイドめ……!
勉強はできるのだが世間知らずで気が強く危なっかしいところのあるリドルの事を、トレイは弟のように。いいや、可愛い妹のように思っている。
たとえ付き合っていても、リドルに対してそんな事を言ったフロイドを許す事ができる筈がない。
フラミンゴの餌にしてしまいたいとトレイは思っていた。
「リドルはどうなんだ? 嫌ならはっきり言った方が良いぞ」
「嫌という訳ではないんだ……。フロイドとなら構わないと思ってる。ああ見えて彼は、ちゃんとボクの事を大切にしてくれてるし。恋人としての彼に不満は無いよ」
「そ、そうか……」
リドルがフロイドと付き合う事になったのは、フロイドからしつこく好きだと言われたから仕方なく。そんな風にしか見えないのだが、リドルはそんな理由で好きでも無い相手と付き合うような人間では無い。
フロイドに好意を持っているのだという事は分かっていたのだが、それでもリドルのフロイドへの気持ちを聞かされた事によって、トレイは頭を殴られたような気持ちへとなる。
可愛い娘を突然現れた男に奪われた父親はこんな気持ちなのかもしれない。
フロイド……絶対に許さないからな……!
ハリネズミの餌にするのも良いかもしれない。
先程まで幸せそうな笑みを浮かべていたリドルが急に沈んだ顔になる。
「だけど、ボクは普通の体じゃないから、フロイドに気持ち悪がられないか不安なんだ」
リドルは戸籍上も男という事になっているが、実際は半陰陽に近い体をしている。性器だけが女性で、その他は男性体。リドルが小柄で華奢。そして、女性的な顔立ちをしているのは、その影響のようだ。
母親が原因でリドルはそんな自分の体を不完全なものであると思い恥ており、その事をこの学園で知っているのは幼い時に知り合ったトレイだけ。トレイがそれを知っているのも、幼い頃自分の体が他人とは違う事をリドルから聞いたからだ。
「確かに他人とは違っているが、それはリドルの責任じゃないんだ。だから、気にする必要は無いといつも言ってるだろ」
「トレイはいつもそう言ってくれるけど、不安なんだ……」
そう言ったリドルは、酷く不安そうな姿になっている。いつも自信に満ちた態度の彼のそんな姿を見るのは、これが初めてだ。
フロイドの事を好きだから不安になってしまうのだろう。
「そうか。あいつはそんな事なんか気にしない男だと思うがな」
「そうだったら良いな」
相談をした事によって少し気持ちが軽くなったのだという事が分かる笑みが、リドルの顔に浮かんでいる。
大切な幼馴染みに暗い顔をいつまでもさせたい訳がない。そして、人とは違う体の事で悩んで欲しい訳がない。しかし、フロイドとそんな事をするにはまだ早いと思っているトレイは、早まってしまったかもしれないと思っていた。
(いや、リドルの事だから、そう簡単に体を許したりはしない筈だ……落ち着くんだ……俺……。それまでに二人が別れる可能性だってあるしな!)
そんな事を考えている事を少しも感じさせない態度で、トレイはリドルとこの後もお茶の時間を過ごした。
「実はこの間……フロイドがボクの部屋に泊まっていったんだ……」
「……なんとなくそうじゃないかと思ってた」
ハーツラビュルの庭でいつものようにリドルとお茶を飲んでいたトレイは、とうとう確証を得てしまった事により顔を引き攣らせる。
「ボクはそんなに分かり易い態度だったかい?」
「まあな。リドルの様子から察するに上手くいったんだろ?」
フロイドが泊まっていったと思われる日の数日前から、リドルの様子はおかしかった。いつも凛としているというのに、よくぼんやりとして時折ため息を吐いたり、顔を赤らめたりまでしていた。
フロイドが泊まっていったと思われる日の翌日は、更にそれが悪化した。そして、ハーツラビュルの風紀を乱してしまうような色気がそんなリドルからは漂っていた。
そんな彼の姿を見て、フロイドと何かあったのだと気付かぬ寮生はいないだろう。フロイドと何かあった事に気付いているのは、トレイだけではない。
「上手くいったというか……。ボクの体が他人と違う事に気が付かれなかった」
「気が付かなかった?」
手に持っているカップの中の紅茶を見つめたままになっているリドルの言葉に、トレイは顔を顰める。
「自分と違う事にはさすがに気が付いていたみたいなんだけど、ボクのそこだけが女性だという事には全く気が付いていなかったんだ」
「人魚だからか……?」
それ以外にフロイドが気が付かなかった理由を思い付かない。
「まだ陸に来てから二年も経っていないからね……。多分……」
フロイドに気持ち悪がられなかったのは良かったのだが、まさかそんな事になるとは思っていなかった。そう思っているのだという事が分かる複雑そうな顔へとリドルはなっている。
恋人と初夜を迎えるのにあたって真剣に悩んでいた彼が、そんな気持ちになるのは当然だろう。
「まあ、問題無かったから良いんじゃないか」
「そうだね……。だけど、彼には人間の男女の違いをいつかちゃんと教えないと……」
「そうだな」
このままに彼をしておく事はできない。そう真面目なリドルは考えているようだ。
ちゃんと避妊はしたのか。そんなリドルにトレイはそう聞きたくなったのだが、その事はまた次の機会に聞く事にした。
リドルのそこが女性だという事に気づいていなかったフロイドが、避妊をしたとは思えない。しかし、避妊をしていなかった場合には、考えがある。
トレイン先生の猫はウツボは食べるだろうか?