人魚のお医者さんになったリドルくんとその恋人だったフロイドの話

「リドル先生って金魚なんだって」
「違うよ! だって金魚は海の中じゃ生きられないしー。淡水魚って言うんだぜ!」
「でも、フロイドがリドル先生のこと金魚ちゃんって呼んでるの聞いたもん!」
 アズールに頼まれた仕事を済ませて珊瑚の海に戻って来ると、よく知っている名前が聞こえて来た。話をしている二匹の小魚を、リドルの病院に行った時に見かけた事がある。
「面白そうな話ししてんじゃーん。オレも混ぜてよぉ」
「あ! フロイド。アズールのお手伝いで陸に行ってるって聞いたよ。もうお手伝いは終わったの?」
「さっき終わって海に戻って来たとこー」
 ナイトレイブンカレッジを卒業してこの珊瑚の海に戻って来たフロイドは、一緒に陸に行っていた兄弟のジェイドと共に父親の家業を手伝うだけでなく、今も悪友であるアズールの仕事を時折手伝っている。
 今日アズールから頼まれたのは、陸のお客様のところに行くというものだ。その為先程までは人間の姿になっていたフロイドなのだが、変身薬の効果が切れて今は青い肌の人魚の姿に戻っている。
「いいなーオレも陸に行ってみたい」
 羨望の眼差しでフロイドを見ているまだ体だけでなく尾びれも小さな少年は、陸に憧れを持っているらしい。
「だったらアズールに頼んでみたら良いよぉ。勿論対価は必要になるけど」
 どんな望みでも叶えてくれるが、その代わりに大きな対価が必要になる。その対価はどんな手を使ってでも回収する。そんなアズールの噂は小魚でも知っているのか、二人が怯えた様子になった。
 小さく笑ったフロイドは可愛い小魚と別れ、赤くて小さな尾びれを持った人魚が先生をしている病院の中に入って行く。



「もう今日の診察は終わった?」
 病院の入り口には、診療時間が終了した事を知らせる看板を出している。それなのに病院の中に勝手に入って来るような人魚は限られている。
 仕事が終わり診察室で一息吐いていたリドルは、中へと入って来たフロイドの姿を見て思っていた通りであったのだという事を知った。
「ああ。キミもアズールから頼まれた仕事はもう終わったのかい?」
「金魚ちゃんに早く会いたくて、さっさと片付けて戻って来たぁ」
 長い尾びれを揺らしてフロイドがリドルの側までやって来る。人間の姿の時に出会ったので、初めて人魚の姿に戻ったフロイドを見た時には驚いた。しかし、もうこちらの方が馴染みのある姿になっている。
 それは、フロイドも同じなのかもしれない。
「久しぶりの陸だったのに良かったのかい?」
「陸には金魚ちゃんがいないじゃーん」
 フロイドの返答はリドルの頬を染めるようなものだ。フロイドはいつも自分の気持ちを真っ直ぐに伝えてくる。リドルはそんな彼の言葉に、未だに動揺してしまう事がある。
「一緒に住んでるってのに、よくボクに飽きないね」
「金魚ちゃんにオレが飽きるとかあるわけねーし」
 腰へと腕を回して来たフロイドは、リドルの手を取ると額にキスをした。
 人前でも平気でキスをしようとする彼に、人前でキスをしない事を約束させたのはいつの事だっただろうか。律儀にフロイドは、未だにそれを守っている。診察時間を終えているので、もうここにいるのはリドルとフロイドだけだ。
「キミは昔から気分屋で飽きっぽいのに、本当に不思議だ。ああ、でも昔よりは気分屋なところはましになったかもしれないね」
「金魚ちゃんだって昔より怒らなくなってるじゃん。真っ赤になってる金魚ちゃん、可愛くて好きなんだけどなー」
「もうボクも良い大人だからね」
 昔の自分ならば、きっとそんな彼の言葉にすら憤慨していただろう。昔の自分は経験も余裕も無かったせいで、怒ってばかりであった。
 リドルが人魚になってからそろそろ十年。関わりあいたくない相手。兄弟のジェイドと共にそんな風に思っていた相手であるフロイドと結婚してから、そろそろ六年近くが経過する。
 出会った時はまだお互いに子供であったのだが、今ではすっかり大人になっている。
 人魚になってしまったので、あの頃から身長が伸びたかどうかは分からない。フロイドよりもずっと尾びれが小さいままだが、伸びているという事にしておこう。
「早く帰ってご飯にしよ。お腹空いたぁ〜」
「今日は何を作ってくれる予定なんだい?」
 人魚を専門に診ている医者であるリドルも多忙であるが、父親が手広くやっている家業をジェイドと共に手伝うだけでなく、アズールの手伝いを時折しているフロイドも十分に忙しい。
 それなのにフロイドが料理を引き受けてくれているのは、料理が苦手なリドルと違って、学生時代はモストロ・ラウンジの厨房に立つ事もあったフロイドは料理が得意だからだ。そんな彼が作る料理はどれも美味しい。
「んー何にしよっか。そうだ。お土産にイチゴのタルト買って来てるんだった。あ、金魚ちゃん嬉しそうな顔になったぁ〜」
「ここではなかなか食べられないからね。直ぐに片付けを済ませるから待っててくれ」
「はーい」
 昔と変わらず子供のようなフロイドの返事を聞き片付けをしていると、玄関が開く音が聞こえて来た後、勢いよく尾ひれで水を蹴る二つの音が聞こえて来た。
「金魚ちゃーん!」
「金魚ちゃん!」
 直ぐにフロイドとリドルがいる診察室に姿を現したのは、よく似たまだ幼い二人の人魚だ。
 リドルと同じ真っ赤な髪を二人の少年はしているのだが、顔立ちはフロイドにそっくりである。そして、二人ともフロイドと同じオッドアイ。片方の瞳はフロイドと同じ金色で、片方はリドルと同じスチールグレーだ。
 二人はリドルが産んだフロイドとの子供だ。
 フロイドはまだ学園にいた頃からリドルとの子供を欲しがっていた。ああ見えて、フロイドは子供が好きだ。結婚してそんな彼の子供が自分も欲しいと思うようになったリドルは、フロイドの友人であるアズールにそれを相談してみる事にした。
 その結果手に入れた男でも愛する相手の子供を孕める体になる薬を飲み、二人の子供に恵まれた。
「お前たち金魚ちゃんじゃないだろ」
 何度言っても親であるリドルを二人は金魚ちゃんと呼んだままであった。
「なんで? フロパパはいつも金魚ちゃんのこと金魚ちゃんって呼ぶよ」
「そうだよ。金魚ちゃんは金魚ちゃんだよ」
 よく似た双子の息子から息ぴったりにそう反論されて、リドルは嘆息する。
「フロイド、キミのせいだぞ!」
「だって金魚ちゃんは金魚ちゃんでしょ?」
 怒られているというのに、全く自分は悪くないという様子でフロイドはそう言っていた。全く反省していないのだということがその態度から分かる。
「はー。帰り支度をさっさと済ませるから、その間二人の相手をしてくれないかい?」
「はーい。二人とも金魚ちゃんの支度が終わるまで、三人で遊ぼっか。何したい?」
「じゃあ、陸のお話して」
「ボクも陸のお話が聞きたい」
「二人は陸のお話が好きだね。良いよぉ」
 陸の話をしてもらえる事になった事を喜んでいる息子達に、フロイドが先程までいっていた陸の話を始める。その話を懐かしい気持ちになりながらリドルが聞いたのは、自分はもう二度と陸に行く事はできないからだ。
 元が人間であるからなのか、フロイドが人間になるのに使っている変身薬はリドルには効かない。それに、リドルはもう人間に戻るつもりは無い。
「ボクもナイトレイブンカレッジに入りたい!」
「ボクも!」
 帰り支度を終えると、フロイドからナイトレイブンカレッジ時代の話を聞いていた二人がそう言う声が聞こえて来た。まだ陸にいった事が無い二人は、フロイドが時折仕事で行く陸に憧れを持っているようだ。
 黒い馬車が迎えに来て陸に行く事になり、そこで人間と恋に落ちてもきっと二人ならば大丈夫だろう。彼らは、リドルだけでなくフロイドの子供でもあるのだから。
「帰り支度が終わったよ。お話はその辺にして、そろそろ家に帰ろう」
「えーまだ陸のお話が聞きたい」
「やだぁ〜」
「金魚ちゃんがそう言ってるから、お話の続きはまた今度ね」
 フロイドからもそう言われてしまい二人の息子は不満そうな顔をしながらも、リドルとフロイドと共に病院を出る。自宅に戻る頃にはそんな事などすっかり忘れて、二人はフロイドが晩御飯を作るのを楽しそうに手伝っていた。


 リドルが人魚になったのは、学園を卒業した直後だ。
 オーバーブロットしてしまった事により母親の教育が間違ったものである事を知っても、リドルはまだ彼女に見放されたくない。彼女に認めて欲しいと思ったままであった。
 だから母親に、大切な相手ができたこと。それが同性で更に人魚であるという事を話した。
 同性の恋人同士など珍しくなくなっているが、それでも母親が同性で更に異種の相手とリドルの事をすんなり認める筈が無い事は分かっていた。
 しかし、根気よく話せば理解してくれる筈だ。そんなリドルの願いは裏切られ、フロイドと別れる事を母親から命じられるだけでなく、お見合いを用意される。
 フロイドと別れたく無い。しかし、母親を裏切る事もできない。
 どちらも選ぶ事ができず海に身を投げたリドルは、目を覚ました時には人魚の姿になりフロイドの腕の中にいた。
 リドルが海に身を投げた事を知り直ぐに助けに来てくれたらしいのだが、フロイドが見つけた時には既にリドルは事切れる寸前であったらしい。そんなリドルを助けようとアズールと契約して手に入れた人魚になる薬を彼が飲ませた事により、リドルは人魚となったそうだ。
 それからリドルはフロイドの両親の支援を受けて勉強をして、人魚の医者へとなった。


 まさか自分が人魚になってしまうなんて思ってもいなかった。そして、人魚の医者になるとは。しかし、今こんなにも幸せだという事は、こうなる運命で自分はあったのだろう。
「金魚ちゃんできたよー」
「うん、良い香りがしているね」
「早く食べよぉ♡」
「そうだね。美味しそうな香りのせいですっかりお腹が空いてしまったよ」
 リドルは美味しそうな料理が並んでいるテーブルまで行くと、椅子に腰を掛け三人とともに夕食を食べる。
 両親との関係を修復できなかった事はもう後悔していない。それは、もう自分には大切な家族がいるからだ。

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