子作り法に選ばれるフロリド

 静かな廊下には、エバーグリーンの絨毯が敷かれている。古びているのだが掃除が行き届いているそんな絨毯の上を歩いているのは、カーマインの髪をした少女のような顔立ちに華奢な体をした青年。
 薔薇色の小さな唇に、釣り上がった大きな瞳。それに、滑らかな白い肌。見る者の道を踏み外させてしまいそうな蠱惑的な外見をした彼が身につけているのは、どれも地味ではあったが確かな物で、彼の育ちの良さを伺うことができる。
 名門NRCを首席で卒業したあと医学部に編入し魔法医術士になったばかりのリドル・ローズハートは、国からの呼び出しによりこの国の機関の一つであるここにやって来ていた。
 廊下に並んでいるドアの一つにある白いプレートの文字を見て足を止めたリドルは、大きく深呼吸をしてからドアをノックする。滅多なことでは緊張しないリドルが珍しく緊張しているのは、国に選ばれた相手が先に来ている可能性があったからだ。
 どんな相手だろうか。どんな相手であっても国に決められた相手なのだから、従わなくてはいけない。表情を固くしてドアを開けたリドルは、部屋の中にある渋茶色の椅子に長い足を放り出すようにしてだらしない格好で座っている人物の姿を見て目を丸くする。
「何故キミがここに!」
 ドアが開いたことによりこちらに顔を向けていたフロイドの顔に笑みが浮かぶ。
「ここに来たってことは金魚ちゃんがオレの相手なの?」
 ウケるとでも言い出しそうなフロイドの態度は、リドルの神経を逆撫でするようなものであった。
 知り合いである可能性もあるが、何故よりにもよってこいつなんだ。
 何故、こんな奴と子供を作らなければいけないんだ。
 リドルが国の機関にやって来たのは、少子化対策法に選ばれてしまったからだ。
 ――急激に人口が減少したツイステッドワンダーランドで、最近一つの法案が可決された。それは、選ばれた者が子作りをしなければいけないというものだ。通称、子作り法。勿論、その法案が提出された際は人権無視であると反対意見が多くあった。
 病院の休憩室で自販機で買った薄い味の珈琲を飲みながらその法案が可決されたというニュースを見た時には、まさか自分がそれに選ばれることになるとは思っていなかった。そして、自分が子供を産む側に回るということも。
 少子化対策法に選ばれるのは異性だけではない。同性同士でも子供をもうけることができるようになっていた為、同性同士で選ばれることもあった。リドルは同性と子作りをして、更に子供を産む側に選ばれてしまったのだ。
「なんでよりにもよってキミなんだ」
「金魚ちゃんオレが相手なの不満なんだ~」
 緩い喋り方でそう言ったフロイドは椅子からふらりと立ち上がりこちらへとやって来る。直ぐに彼がこちらにやって来たように感じたのは、フロイドの足が必要以上に長いからだろう。
 小柄なリドルとは反対にフロイドは長身だ。リドルと対照的なことはそれだけではない。性格も外見も正反対といっていい存在だ。
 そんなフロイドのことをリドルは何を考えているのか分からないという理由からだけでなく、少しの嫉妬から苦手であった。しかし、そんなリドルのことをフロイドは気に入っていた。その為、学生時代よく彼に悪戯に追いかけ回されていた。稚魚を海の中で追いかけ回すような気持ちであったのだろう。
 全く違う道に進んだというのに完全に縁がなくなることが無かったのは、そんな彼から定期的に連絡があったり急に目の前に現れたりしていたからだ。最後に会った時、少子化対策法に選ばれたことについてフロイドは何も言ってなかった。
「そんなの当然だろ!」
「オレは金魚ちゃんで良かったって思ってたのに」
「こんな時まで揶揄わないでくれ」
「からかってなんかねーよ。だって、オレずっと金魚ちゃんのことが好きだったから」
「えっ」
 弾かれるようにしてリドルは顔を上げる。
 またからかっているのだ。そう思ったのだが、フロイドの浮かべている表情はそうだとは思えないものであった。大切なものでも見ているような顔でリドルを見ていた。
 全く気づかなかった。
「何でボクのことなんて……?」
「小さくて食べるところないっていうのに、バカ強くて面白えーから」
「そんな理由で……」
 そう思わずにはいられないような理由であった。
 恋という感情はもっと高尚なものである筈だ。そんなふざけた理由でするようなものではない筈だ。フロイドの気持ちをリドルは疑いかけていた。本気のように見えたが、からかっているだけなのかもしれない。
 眉根を寄せていると、ポケットに手を入れたままフロイドが腰を眺めリドルと目線の高さをあわせる。
「金魚ちゃん恋したことないでしょ?」
 過保護な母親に育てられ勉強ばかりであったリドルはまだ恋をしたことがなかった。勿論、少子化対策法に選ばれたがキスの経験すらもない。フロイドの言う通りであったが返事ができなかったのは、馬鹿にされてしまいそうだったからだ。
 リドルを見たままフロイドが小さく笑う。
「好きになんのなんてすげーくだらない理由なの。早く金魚ちゃんもオレのこと好きになってね」
「何でキミのことなんか!」
「金魚ちゃんは絶対オレのこと好きになるよ。だって、一緒に選ばれたんだから」
「そんな筈は……」
 好きになる筈がない。そう思いながらもそれを断言することができなかったのは、フロイドの態度が自信に満ちたものであったからだ。
「いっぱい稚魚作ろうね♡」
「……っ」
 そうだ。フロイドと子供を作らなければいけないんだった。
 フロイドの気持ちを知ったことにより、リドルは今直ぐにでも相手を変えて欲しい気持ちへとなっていた。勿論、国が決めたことであるのでそんなことはできないということなど分かっている。

(フロイドのことなんて、絶対にボクは好きにならない……!)

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