お付き合いをかけてフロリドと魔法勝負する事になるリドル
昼休みになり大食堂の中は、お腹を空かせた生徒たちで溢れている。そんな賑やかな大食堂の中に並んでいるテーブルの一つには、真っ赤なイチゴのような赤い髪をした小柄で華奢な少年の姿がある。
凛とした雰囲気の整った顔立ちをした彼は、一年生にしか見えない程小柄で幼い顔立ちであるが、ハーツラビュル寮の寮長である二年生のリドル・ローズハートだ。銀色のトレーに並んでいる料理を食べている彼の横には、リドルが小柄であるのでより一層大きく見える生徒の姿がある。
リドルとは反対に百九十センチを超える長身である彼は、同じ二年生のフロイド・リーチ。フロイドはオクタヴィネルの寮生で、リドルとはクラスも部活も違う。全く接点がない筈だというのに、フロイドは楽しそうな様子で隣にいるリドルに話しかけていた。
「金魚ちゃんそろそろオレと付き合う気になった?」
「なっていない。キミと付き合うなんて絶対にごめんだ」
サラダを食べる手を止めてリドルは隣にいるフロイドを睨みつけた。三十センチ以上二人の間には身長差があるので、座っていてもリドルはフロイドを見上げる格好になっている。
身長が低いことを気にしているリドルはその事を不服に思っているのだが、フロイドの方は全くそれに気付いていない様子だ。
「そっか〜。でも、絶対金魚ちゃんはオレのこと好きになるから」
「絶対にならない!」
「なるって〜」
「ならない!」
興奮から手に持ったままになっていたフォークを皿にリドルが突き立てた事によって、ガンという大きな音が辺りに響く。リドルにけんもほろろにされている事を全く気にしていないフロイドが、そのぐらいの事を気にする筈がない。彼は楽しそうな顔をリドルに向けたままだ。
フロイドはその事を気にしていなかったが、同じテーブルにいる他の者たちは気にせずにいられない。そして、子供の喧嘩かよと二人に対して思っていた。
二人がいるテーブルには、他にもハーツラビュルの副寮長でありリドルの幼馴染みであるトレイ。そんなトレイの友人であるケイト。新入生で寮が同室のエースとデュースというハーツラビュル寮の四人。更に、フロイドの兄弟であるジェイド。オクタヴィネルの寮長であるアズールというオクタヴィネル寮の二人もいる。
このテーブルで食事をしているのは最初はハーツラビュルの五人だけであったのだが、ジェイドとアズールと一緒に大食堂にやって来たフロイドがリドルを見つけた事により、こんな大人数で食事をする事になった。
リドルについついちょっかいを掛けてしまうのは、反応が面白いから。そう思っていたフロイドなのだな、アズールからそれは好きということなのではと言われて自分の気持ちを自覚し、それから以前より一層リドルを追いかけ回すようになっていた。
「大体キミもボクも男じゃないか!」
「あら、そういう考えは古いわ。恋愛に男も女もないわよ」
急に後ろから二人の話に割り入って来たのは、長身であるというのに女性的な美しさがあるポムフィオーレの寮長であるヴィル・シェーンハイトだ。話に割り込む真似を彼がしたのは、ヴィルにとってリドルの発言は許す事ができないものであったからなのだろう。
「キミはそうかもしれないが、ボクは違う!」
「そうそう。金魚ちゃんとオレは運命だもんねー」
「絶対に違う!」
ヴィルに反論していたリドルであったのだが、横から聞こえて来たフロイドの発言に今は肩を怒らせている。
今のリドルの姿は、爆発寸前のものだ。これ以上怒らせれば、怒り心頭となり顔を真っ赤にしてうぎぃいとなってしまう筈だ。その前に彼を宥めなくてはいけないと、テーブルにいるハーツラビュルの者たちは思っていた。
話を拗らせておきながら、それを言いたかっただけのヴィルがさっさとこの場からいなくなってしまう。
「まあまあ、リドル寮長落ち着いてください」
「そうだぞ、リドル。俺のデザートを分けてやるから落ち着け」
エースの言葉に続いてそう言ったトレイが、自分のトレーにあるデザートが乗った皿をリドルに差し出す。
今日のデザートはイチゴのムースだ。ピンク色の甘いムースの上には、イチゴのピューレとミントの葉が乗っている。甘い物が大好きなリドルは、そんなイチゴのムースに釘付けになり目を輝かせていた。
この食堂はビュッフェ形式であるので、好きなものを食べる事ができる。甘い物が大好きだというのにリドルがデザートを取っていなかったのは、母親の呪縛からまだ完全に解放されていなかったからだ。
「だーめ! デザートが欲しいなら俺のあげっから」
生唾を飲み込んでいるリドルに向かって、フロイドがそう言って差し出したのは同じイチゴのムースだ。
「気持ちは嬉しいが、それは自分で食べてくれ。ボクはトレイからもらったのを食べる」
「やだ」
そう言ってリドルの前に置かれているトレイからもらったイチゴのムースを取ったフロイドは、スプーンでぱくぱくとそれをあっという間に食べてしまう。
「ふ、フロイド……! うぎぃい……!」
「こっちはオレが食べちゃったから、金魚ちゃんはオレがあげたの食べようねぇ」
怒りが限界になり顔を真っ赤にしてうぎぃいと怒っているリドルに向かって、それを気にしていない様子でフロイドが自分のデザートを差し出す。デザートを奪われたリドルが、同じ物であっても素直にそれを受け取る筈が無い。そんなリドルの前にフロイドがデザートを置く。
「仕方ないから、フロイドのを貰ってやれ」
「そうそう金魚ちゃんが食べてくれないなら、これ捨てちゃうよ? オレ別に甘いもの食べたい気分じゃないし〜」
トレイに同意したフロイドが放った台詞は、オクタヴィネルの二人以外に、だったら何故、デザートを取ったのだ。最初からリドルにあげるつもりだったんだろ。それならば、最初から素直に渡しておいてくれ。そうしていれば、リドルを憤慨させてしまう事は無かった筈だと思わせるものだ。
「そんな勿体無いことをするんじゃないよ。それならボクが食べてあげるよ」
まだ完全に怒りが収まっていない様子のリドルであったのだが、イチゴのムースを食べ始めると直ぐに幸せそうな顔になる。ハラハラとしていたハーツラビュルの者たちはそれを見て胸を撫で下ろし、食事に戻った。
リドルとフロイドがいるテーブルで一番に食事を終えたのは、リドルの前に座っているエースだ。隣に座っているデュースと話をしながら食べていっていた彼は、フォークを置くと何気なくリドルを見た。
先にデザートを食べる事になったリドルは、フロイドにちょっかいをかけられながらも残りのランチを食べていっている。それを見て、エースが余計な事を言ってしまう。
「寮長ってどういう相手がタイプなんすか?」
「何言ってんの、カニちゃん。オレがタイプに決まってんじゃん」
「ボクよりも魔法が強い相手だな」
フロイドとリドルは同時にそう言った。
それを聞きフロイドに対しては、皆お前ならそう言うと思ってたと思い、リドルに対しては、絶対にそれはフロイドに対するあてつけだろと皆思っていた。
そんなみんなの思っている通り、フロイドに憤慨していたのでリドルはそう言っただけだ。
「それって金魚ちゃんに勝ったら、オレと付き合ってくれるってことぉ?」
「キミがボクに魔法で勝てるとお思いで?」
鼻息荒く踏ん反り返りながらそう言ったリドルの姿に皆呆れながらも、その言葉を思い上がったものだと思っている者は誰もいない。リドルの魔法がどれだけ強いのかという事を、皆よく知っていたからだ。
魔法が強くもなければ、魔法士養成学校であるこの学園に入学して直ぐに、当時の寮長を倒して寮長になどなっていない。
「やってみねーと分かんないじゃん」
負けるつもりは全くないという態度でフロイドは言っていた。そんな態度でそんな事を言われて、煽りに対する耐性がいつまでもつかないリドルが怒らない筈が無い。髪の触覚のようになっている部分を立ち上げて、リドルは憤慨している。
「だったら相手になってあげるよ」
「リドル、落ち着け。生徒同士の魔法を使った私闘は禁止されてるだろ」
「そうだった。ボクとしたことが。残念だが、キミと戦うことはできない。だから、キミとボクが付き合う事は絶対にない!」
トレイに宥められ落ち着きを取り戻したリドルは、もういつもの態度に戻っている。これでこの話は終わったのだと同じテーブルにいる者たちは思っていたのだが、全く終わりでは無い。それどころか、これからが始まりであった。
「愛をかけて戦うなんて、なんて素晴らしいんでしょう! 私、感動してしまいました」
「学園長!」
テーブルにいる者たちは、突然学園長であるディア・クロウリーの声が聞こえて来た事に驚きながら彼の方を見る。
「ローズハートくんとのお付き合いをかけた魔法勝負を、特別に認めましょう。ああ、なんて私優しいのでしょう」
「生徒同士の魔法を使った私闘を認めるなんて、どうかしてる!」
楽しそうなので認めただけだろ。絶対に間違いない。皆がそう学園長に対して思っていると、当事者であるリドルが椅子から立ち上がってそう学園長に抗議した。
真面目なリドルが学園長に楯突いたのは、フロイドと闘いたくないからではない。育った環境のせいでルール違反をこよなく嫌悪しているリドルにとって、学園長であってもルール違反は許すことができない行為であるからだ。
「おや、勝てる自信がないのですか?」
学園長の言い方は、リドルを煽るようなものだ。全くそんな気がなくそんな言い方をしたのではなく、学園長の事であるので態とそんな言い方をしたのだろう。テーブルにいる者たちは、皆そう思っていた。
「あるに決まっている。ボクが魔法でフロイドに負ける筈が無いよ!」
「だったら戦ったら良いじゃないですか」
「分かった。その勝負を受けよう」
上手く学園長の口車に乗せられてしまっている。二人の会話を聞いて、ハーツラビュルの者たちはそう思い頭を抱えていた。
その時、今までテーブルで起きている出来事を静観していたアズールが、片手を挙げながら椅子から立ち上がる。
「学園長。その魔法勝負の場を整える役目は、僕にお任せください」
「おお、アーシェングロットくん。彼はキミの寮の寮生だったね」
「ええ、彼とは旧知の仲でもあります。そんなフロイドの恋を僕のやり方で応援したいと思っております」
「なんと素晴らしい友情! では、ローズハートくんとのお付き合いをかけた魔法勝負のことはキミに任せましょう」
「はい」
全くそんな事など欠片も思っていないというのに、よくつらつらとそんな事を言えるものだ。絶対にその魔法勝負で金儲けをするつもりだ。
今まで数々の商売をアズールが学園内で成功させている事を皆知っているので、彼が友人の為に魔法勝負の準備を買って出たのだとは誰も思っていない。
勿論、その通りだ。アズールがこんなチャンスをみすみす見逃す筈が無い。
後日大々的にリドルとの交際をかけてフロイドが彼と魔法勝負をすることが告知され、その裏ではアズール主催のどちらが勝つかという賭けが始まった。
はたして勝敗はどちらに……?
リドルはフロイドとお付き合いをする事になるのだろうか!