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世にも不思議な岩壁と交通機関の巻【24冬日本半周#16】
朝、またも一ノ関へ北上。これで2回目です。今日は観光を挟んで気仙沼を経由し、三陸海岸を左に南下していく旅になります。
日本三景・猊鼻渓
一ノ関で大船渡線に乗り換えます。この大船渡線は「ドラゴンレール」と呼ばれています。7つあるわけではありません。
なぜドラゴンなのかというと、大船渡線を開通させる際に地域の代議士たちが「こっちに線路を通せ」と注文をした結果ぐにゃぐにゃ曲がった路線になり、その形が龍に似ていることから名付けられました。
猊鼻渓駅で下車。この駅近くには日本三景にも選ばれる名勝・猊鼻渓があるのですが、降りたのは僕ら2人だけでした。最近の人はこういうとこに行かないのでしょうか(あなたも最近の人です)?
猊鼻渓では船での渓谷ツアーが楽しめます。大人1800円。これで上り下りの船代とツアーができるならいい方です。
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乗客は仲良しおじさんの集団(6人くらい)、台湾からの観光客2人、暇人大学生約2人で構成。ツアーを務める船頭さんのギャグを交えた案内(いかにも昭和らしい)を楽しみながら渓流を上っていきます。
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十数分で到着。船外の景色は岩、岩、岩!!!
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隆起によってできたバカでかい岩壁が左右に配置され、我々を圧迫します。最大の岩壁は高さが120m以上もあり、大猊鼻岩と呼ばれています。
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今流行りの観光地のような洒落乙感はありませんが、古き良き人情と風景に出会える良いところでした。四季折々の景色が楽しめるそうなので、再訪せねばならないでしょう(笑)。
謎の輸送システム・BRT
大船渡線を進み、終点の気仙沼駅に到着。ここには大変不思議な交通機関が設定されています。それがBRTです。サンドウィッチではありません。
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駅構内にバスがいるという、なんとも不思議な構図ですが、このバスこそがBRTなのです。
BRTとはバス・ラピッド・トランジット(Bus Rapid Transit)の略で、バス専用道路等を走ることで渋滞・事故に巻き込まれることなく素早い輸送が可能になります。
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今回乗車する気仙沼線BRT、元々は気仙沼線というれっきとした鉄道があった区間で、かつては列車での運行がされていました。
契機となったのは東日本大震災。津波による鉄道の被害は甚大で、復旧には多くの課題がありました。そこで気仙沼線の気仙沼〜柳津間をバス専用道路で構築し、BRTを導入することで安全で効率の良い輸送を実現させようと計画。2012年に運行がスタートしました。
これにより気仙沼線気仙沼〜柳津間は鉄道事業としての役割を終了。ある意味でその区間は“廃線”になりました。
廃線になった区間の多くはBRTのバス専用道路に変わり、今も輸送に貢献しています。バスが発車してすぐ右手には先ほどの大船渡線が見えます。なんだかバスで廃線ツアーをしているような気分になります。
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かつて線路があったという証拠
トンネルも鉄道時代のものを再利用していて、狭いトンネル内を1台のバスが突き進みます。
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大谷海岸駅で途中下車。業務連絡書を見せたら困惑するだろうなぁと思っていたらすんなり通してくれました。ちなみにBRTの運転手は宮城交通の人。絶対ちゃんと見てないし存在知らないでしょ(笑)。
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大谷海岸には道の駅・大谷海岸があります。鮮魚や加工品、地元の産物なんでも売っています。そこのフードコートで軽食を。珍しいサメ肉のフライをいただきました。クセはなく、鶏肉のような味わいで美味しかったです。
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残された線路
再びBRTに乗って終点の柳津駅に到着。気仙沼線の起点である前谷地駅まで行く便もありますが、僕らは再び鉄路に戻ります。
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柳津〜前谷地間は鉄道路線が残っています。“終着”である柳津は片面1線の寂しい駅です。かつて2線あった跡が残されていました。
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上の写真、現在はBRTの専用道路ですが、ここもかつてはレールが敷かれてあった場所。交通機関の変革で便利にはなりましたが、どこか寂しいものがあります。まあ地元の方の利便性が最優先であることは承知しています。
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最近はBRTの自動運転試験が進んでいるそうで、BRTの需要は高まっていると思われます。柳津〜前谷地のBRT化も時間の問題でしょう。鉄道ファンとしては残念ですが、これも仕方のないことなのでしょう。BRTと気仙沼線のこれからに注目です。
それでは次回、Rさん日本三景コンプリートの巻(仮称)でお会いしましょう!!さようなら〜。
※ これは連載記事「鉄路で日本"半周" in 2024 Winter」の一環です。