デジャブ
父の日、こどもの体調が少し崩れた。
ちょっと前の時代であれば、微熱が出ても元気なら会いに行っていた。
でも、今は、お互いにやめとこうってなる。
仕事がフルタイムだから、以前はよく父を頼っていたんだけど。
こどもは体調が万全でないとぐずる。ぐずると仕事はおろか家のことなんにもできない。
言葉で表現できない分、体の中がおかしいってことがむずむずして、イライラしている感じ。
そんなときは、いくら言葉をかけても無駄だ。
ぜーんぜん届かない。一年と半年が過ぎて覚えたたくさんの言葉たちでは到底太刀打ちできない。全然だめだ。だっこもいや、だっこされないのもいや。
どんぐりころころどんぐりこ
おいけにはまってさぁたいへん
どじょうがでてきてこんにちは
ぼっちゃんいっしょにあそびましょ
あ、この歌は。
いやいやがとまり静かになる。
さっきまでただの飾りだった耳が突然フル回転しだした。次第にニコニコして揺れる。
ひとつ歌が終わると次は?みたい顔が下から覗く。
次の歌もその次の歌も、
他の歌をねだることなくいつの間にか気持ちよくこどもが眠りにおちるまで、ずーーっとどんぐりころころどんぐりこ、だった。
え、父よ、レパートリーすくなー。と思いながらも台所でごはんを作りながらちらちら見ていた。
何回ドジョウがこんにちわしたんだ。
メロディーにあわせてゆらゆら揺れ動く父とスヤスヤ寝息をたてるこども。
また聞こえた、もういーんじゃない、とちょっとうんざりしかけたそのとき。
突然、どかーんと記憶がよみがえった。
わー、、この景色前に見たことある。いわゆるデジャブ。デジャブきた!
うつらうつら聞こえていたメロディー。幼いわたしが顔を出した。記憶は一気に昔住んでいたちっこいアパートの畳間に飛ぶ。
仕事が忙しく出張も多くて、楽しかった記憶の中にほとんど登場しない父。でも、今はっきりと思い出した。
布団に入って眠りにつくまで、この歌をうたっていた父。小さな頃は心地よく思っていたはずなのに、少し大きくなるとうるさいなーと感じていたわたしの心。(そのときは7歳下の弟に歌っていたのだ)
性格が似すぎていてお互いに衝突してばかり。自己肯定感が薄くて父を尊敬してますとか、大好きですとかは一生言えそうにない。
だけどなぜだかすごく泣けてきた。
ことばをメロディーにのせる。メロディーがあたまにのこる。うたってこんなにも平等だ。
父の日、1ヶ月前から準備していたのにまだ渡せてない。体調がよくなってから会いに行くね。