【ハニワット感想】ズウウウン
ズウウウン
*以下『古代戦士ハニワット』8巻までのネタばれを含みます*
『古代戦士ハニワット』には非常に特徴的な二種類の擬音が登場します。それはドグーンこと蚩尤が歩行するときの「足音」と「鳴き声」です。
足音は全ての蚩尤に共通する重量感のある音で「ズウウウン」などとという音を立てます。「鳴き声」は「唸り声」「鳴り声」といったほうが正確かもしれませんが、作中で次々登場する蚩尤によって多少個性があるのが特徴です。
実際作中の世間一般にはこの「鳴き声」が蚩尤の個体名になることも多いです。鳴き声が地味だったからなのか、それとも初めは一体だけだったので特別呼称の必然性がなかったからなのか、初めの蚩尤には鳴き声での名前はありません。また妙義横川に出現した蚩尤はそもそも鳴き声を立てずに強烈な臭気を発しているという関係上、鳴き声での名前は付けられていませんでした。
しかし足音は共通してどの蚩尤もたいそう重そうな音を立てています。実際にアスファルトや石畳が一歩ごとに粉砕されるほどの重さのようです。作中の人物達からも「なんか・・・重量(めかた)ありそうだぞ」といわれているように、はっきりと「重い」という情報が伝わっているほど重そうな音がしています。さらに、この重量感のある足音は凡蚩尤が描かれているシーン全てにまたがって描かれており、一歩たりとて描き洩らしがないように描こうとしているかの如く、執拗に執拗に描かれます。
蚩尤の最初の犠牲者は長野県善光寺のお寺のお坊さんですが、彼も一瞬のうちに超重量に踏みつぶされていますね。
ドグーンの体重、身長、足裏の面積は?
さて、では一体このドグーン、蚩尤は実際どれくらいの体重なのでしょうか?気になりますので少し考えてみます。
ちなみに、最初の蚩尤が茅野で出土した国宝「仮面の女神」が作中でいわれているとおりそのまま「人間大」だったとした場合、描写からみて大体1.8mほどの全長だったとしましょう。
すると実際の茅野で出土した「仮面の女神」の全長は34㎝という事なので5.3倍程のスケールという事になります。これと等倍で蚩尤の足の裏が作られていたとした場合……
「仮面の女神」の足の裏は公式のデータで測られていませんでしたが、正確な足の裏の見取り図が茅野市のホームページにありました。
これを実際に測ってみて、全長から考えてみると仮面の女神の足の裏の直径は約10cmほどという結果が出たので、「仮面の女神」の足裏が半径5㎝の円だとするなら、足裏面積は約78.5cm²のようです。
蚩尤の足の裏は片足2205㎝²という事になります。かなりでかいですね。普通の人間の足の裏が体表面積の2%、つまり片足160cm²位なので、蚩尤は普通の人の13.8倍のでかさの足という事です。蚩尤足でっかい!
では肝心の蚩尤の体重という事になりますが、コンクリートが破砕されているので少なくとも歩くだけで通常のコンクリートを破砕する圧力をかけるほど重いと考えられます。一般的なコンクリートの圧縮強度を18~24N/㎜²程度としますと、蚩尤の一歩には少なくとも396911kg、つまり396t~528tもの重さが必要になってきます。
528tって・・・(笑)
ちなみに500トンクラスの乗り物といえばクローラークレーンや巡視船程度の規模です。
参考までにウルトラマンの体重が3万5000トンとされています、ウルトラマンの体重に比べるとかなり控えめですね…でも問題は密度です。
普段ぼくらの頭の上には大気が乗っていますが、その重さは人頭ひとつにつき約140kgです。嘘だろ!?と思いますが、大気は密度が軽いのでぼくらの頭の上に乗ってくれても全然何ともないのです。
人間の密度を水と大体同じと考えると、「人間大」であるとするならドグーンは人間の5657倍の密度……こっわ!
知られている金属で一番重い元素であるオスミウムの250倍もの密度です、これはウルトラマンの密度の141倍。茅野の仮面の女神の体積がうまく求められませんでしたので若干狂いがあるかもしれませんが、とにかく相当密度の高いモンスターという事になります。
さらにこれはぎりぎり普通のコンクリートが破砕されるであろう圧力が足裏にかかっていることを前提に計算していますから、実際はもっと重い可能性は十分にあります。
ドグーン、やっぱダイエット必要じゃね?
*計算が間違っていたら誰か教えてください(-_-;)*
魂のキーノート
さて、体重や片足にかかる荷重を計算するのが面白くて話が結構横道にそれてしまいました。つまりめちゃくちゃ重いドグーンが、「なぜ」重いのかという話をしたかったのです。
それは一言「神様だから」という事で片付きそうですが、演出や構成の面でもこの異様な重量が紡ぎだす「歩行音」は重要な役目を果たしていると思います。
重すぎる蚩尤の不断の足音、そしてうるさすぎる鳴き声が『ハニワット』という作品の基調低音、キーノートとして機能しているように思うからです。基調低音、通奏低音というのは音楽の曲の最中ずっと鳴っている音の事です。ここではハニワットの物語の最中ずっと鳴っている基調となる響きのようなものとして考えていきます。
蚩尤の歩行音は1話1コマ目から登場し、現在8巻まで出ていますが、雑誌掲載分の最新話までじつは基本的に「ずっと鳴っています」というのも蚩尤は収めてもまた即座に新たな蚩尤が出現し、新しい蚩尤は出現するや否や歩行を開始したり鳴き声を上げたり、臭いを発したりするので、始めの蚩尤の「歩み」「勢い」は変化しつつも作中一度も完全には絶たれてはいないからです。
これがハニワットという作品に通底する異常に高い緊張感と、物語にたいしての駆動力になっていると思います。
たとえば序盤に出てくる埴輪土の出現を待つ機動隊たちはまんじりともせず、あるいは固唾をのんで蚩尤を見守っています。蚩尤がいつ変形して無差別に周囲を破壊するかというようなことを心配して「見守って」いるのと同時に彼らは常に
ズウウウン
あるいは
ブウウウウウン
というような蚩尤の歩行音と鳴き声にさらされ続けて、音を「聞きつづけて」いるのです。その鳴り響く音が急き立てる静かな焦燥感や圧迫感が、ただ単に日常風景の市街地で蚩尤の動向を「見守る」というような静かなシーンだったとしてもダレずに、異様に緊迫感が入り混じる実に奇妙なシーンとして読者の体感に滑り込んできます。これはもっと鳴き声が大きくなる第三のドグーン出現あたりから、もっと明確に登場人物たちは「音」に対処せざるを得なくなってくることからも明らかです。
ハニワットではとにかく登場人物たちの日常シーンや生活シーンなどののんびりした描写も多いのですが、仮に蚩尤が描かれていないシーンであっても読者は意識の底で、あの「ズウウウン」「ブウウウン」という音が鳴っていることを忘れることができません、または「う〇ちドグーン」といわれるほどの臭気を発し続けていることを忘れることはできません。なぜなら「ハニワット」という作品は1話1コマ目からずっとこの基調低音が止んでいないのですから、作品世界のどこかでずっと鳴り続けている蚩尤の歩行音と鳴き声を作中の登場人物も読者も常に忘れることはできないのです。
ぼくらはその蚩尤の出す基調低音にせかされ、追いたてられ、そして勘所の「特殊祭祀」で突如鳴り響く神事の神楽で精神をトランス状態にさせられながら夢中で漫画のページをめくってしまいます(笑)蚩尤の出す基調低音によって物語と読者はペーシングさせられています。
ドタドタ走る女は魂が重い
もう少し足音に関して脱線します。呉葉ちゃんというキャラクターがいて、彼女はいつもドタドタ走ってます。これは意図的に呉葉の足音を「ドタドタ」と表記してあるのだと思います。よく見てみると他のキャラクターにはそんなドラえもんのような特定の足音が付与されてはいないからです。(「ダッ」とか走り出す擬音は普遍的に使われています)しかし呉葉が走るときは常に「ドタドタ」なのです。つまりこれも呉葉というキャラクターの基調低音とみることができるでしょう、この場合は彼女の内面や性質が足音として漏れ出ているという事です。
呉葉は埴輪土を擁する寺社の娘で基本的に巫力が強い家系なのでしょうが、唐突に何の説明もなく蚩尤の内面や心情がわかるかのような発言をしたり、霊力が高い巫女だと周囲から定評があるなど、ドグーンがものすごい重量で歩くのを丁寧に描かれるのと同様に、魂的な霊力的な質量が「重い」人物だからこそいつも「ドタドタ」歩くのだという表現の一端なのだと思っています。まあ、この手の子は愛情も重そうですね。正春頑張れ……
祈りの歩法
わたしが武術のトレーニングではじめに習ったのは歩法でした。足音を立てないように体をリラックスされて歩くトレーニングをしょっちゅうやります。足音、あるいは歩き方にはその人のいろんな情報が出てきます。緊張感、思考、体調、自信、恐怖心。「殺気立った足音」というような表現はまさに殺気立った人物の情報として正鵠を射ています。
古来においては歩法は呪術にも使われました。兎歩とか反閇とかいう歩法がそれです。現代では無形文化財の神事でも行われます。歩行は最も簡単な呪法、あるいは祈りの技法でもあったという事です。
ということは、蚩尤の歩きも、あの作品が停滞しかねないのではないか?と読者が心配になるほど遅い漸進のペースも、ある種の祈り、あるいは神としての巨大な怒りの表現、儀式なのではないでしょうか?
そういう風に複合的に蚩尤の歩き、歩行音、鳴き声を見ていくといくつものことが腑に落ちるような気がします。『ハニワット』という作品は蚩尤の「一歩」から始まりました、それ以降足音は一歩もおろそかにされないで描写され続けています。仮に漫画を閉じた後ですら、現実世界の自室の静寂の中であの音はずっと鳴り響く鼓動やエンジンのようにぼくらをハニワットにひきつけてやまないような気がします。
以上です。読んでくださってありがとうございました。