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防犯の名の下に⑦多摩
東京で暮らしていたのは多摩地区だった。第二作『求めない』でも書いたが、住所からバイクで10分の範囲に競艇場、競馬場、刑務所があった。
そこに越す前は、西荻窪の家賃56,000円の物件に住んでいた。
仕事を変えるのを機に、より安い賃貸を求めて多摩地区へ移ることにした。
都内の市区町村別の財政力指数で上位3位に入る自治体の中から探し、西荻窪の不動産で30,000円以下の物件を探して、いくつか紹介されたが、これというのに当たらなかった。
ネットに載っていない物件もあるかもしれないと思い、以前、枝垂れ桜を見に行った府中市の東郷寺周辺に目星をつけ、バイクで現地へ向かった。外観から安そうな物件を探し、ようやく一つ見つけた。
看板にあった不動産店に電話し、場所と物件名を伝えると、賃料は30,000円以上だという。「どれくらいでお探しですか?」と聞かれたので、希望額を伝えると、「少々お待ちください」と言われ、しばらくして「あります」と返答があった。25,000円の物件はあった。
不動産店へ向かい、店員が運転する営業車で内見へ。
2階建ての木造アパートで、各階2部屋。
1階は埋まっており、2階は入居者はなかった。
部屋は南向きで、3畳ほどの洗たく機が置ける台所と、6畳ほどの部屋があり、1号室はフローリングで、2号室は和室だった。部屋にはエアコンが設置され、増築したというシャワー室は新しかった。
設備が整っているのに、なぜ空室だったのか。今思うと不思議だ。両方の部屋を見せてもらったあと、私は和室を選び、契約することにした。
後に不動産店の人間から聞いた話では、私の入居前に住んでいた女性は、室内いっぱいにゴミを溜めていたらしい。それなら最初に教えてほしかった。周囲の住民も、新しい入居者を警戒していたかもしれない。
7月に引っ越した。
1階の1号室は高齢の女性が、2号室は学生が借りていると聞いた。 1号室にタオルを持って挨拶に行くと、いつまで住むの? と突然言われ、なぜそんなことを言うのか、嫌な気分になった。
仕事が休みの朝は散策した。
東郷寺の林を抜けると、崖の上に東西16kmにわたる細い道が続いていた。武蔵野台地の崖線に沿ったこの道は「ハケ」と呼ばれ、緑が多く、心地よい空間だった。東に少し歩くと富士山が見えた。冬になり、雪をかぶると、バイクで仕事に向かう前にしばらく眺めた。
道沿いには木の鳥居もあり、階段を下りると小さな社殿があった。中には騎手のサインが飾られていた。さらに階段を下ると、鳥居の横に大きなケヤキの御神木があり、フェンスで囲まれた場所には湧き水場があった。
自然環境は言うことはなかったが、緑と空気をゆっくりまんきつできたのは、半年間もなかった。