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izuming0821
防犯の名の下に⑧水
引っ越して初めての冬、仕事中に不動産会社から電話がかかってきた。
「水道管が破裂して‥‥」
破裂した水は、隣りの自治会長の家にもかかったらしい。業者を呼んで水は止まったと言った。
「帰ったら謝りに行きます」
そう伝えると、店員は「一緒に行きましょうか?」と言ったが、私は断った。
アパートに戻ると、階段下に原付バイクを停めた。その瞬間、目の前の1号室のドアが開き、キタガワさんが出て来た。
「謝りに行くの?」
「はい」
彼女は頷いた。
自治会長の家を訪ねると、70代後半の奥さんが出てきた。
「いいんですよ。ここは寒いから。前もあったのよ」
あっさりした対応だった。
年が明ける前、正月に帰省する予定があったので、そのことをキタガワさんに伝えた。彼女は半纏を羽織っていた。「あたし、生まれ、イブスキよ」彼女は少し笑って言った。
以前、私が出身地の話をしたとき、なぜ彼女は何も言わなかったのだろう? ふとそんなことを思った。
「ねえ、あなたが夜中に洗濯してるって言われたんだけど……してないわよね?」
突然、話題が変わった。
「何時頃ですか?」
「9時過ぎ」
「それはないです」
「でしょ? おかしいのよ、あの人」
どうやら、私の部屋の斜向かいの戸建ての奥さんが言ってきたらしい。
その後、キタガワさんは階段を上がり、通路で立ち止まった。そして、しばらく耳を澄ませると、つぶやいた。
「……なんか音がするのよねぇ」
何の音なのか、私には聞こえなかった。さすがに、あんた、座頭市か、とは突っ込めない。
どことなくトラブルを呼び寄せている気がした。
実家でのんびりしていると、携帯が鳴った。着信画面に表示された名前はキタガワ。
なんとなく嫌な予感がした。
通話ボタンを押すと、彼女の声が聞こえた。
「水道管、また割れたわよ」