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警察手眼 AI 現代語訳
はじめに
日本警察の生みの親である川路利良(かわじとしよし1834〜1879)の訓話をまとめた『警察手眼』(1879年発行)の内容を知りたくなり、ネットで探すと現代語訳版が販売されていた。しかし、送料が本の代金に近かった。
Wikipediaに、著作権の切れた作品が旧い言葉遣いで全文掲載されていた。そこで私はChatGPTを使い、その内容を現代文に直すことにした。
警察の要旨
1 行政警察は、予防を本質とする。つまり、国民が過ちを犯さないようにし、罪を犯さず、損害を受けないようにすることで、公共の福祉を増進することが目的である。
2 陸軍や海軍は国家を外部から守る鎧や盾である。一方、警察は国家の内部を整える薬や食べ物に例えられる。外国からの侵略や危機は、暴力的で威圧的だ。これらの敵に威嚇された際には、強靭で健康な筋力を持って自分の身を守る必要がある。もし平常時に身体の養生ができておらず虚弱であれば、どんなに優れた武器があっても、それを使う力がなく、最終的には敗北を待つだけとなる。同じように、国の健全さも、個人の健康も、根本的な原理は一つである。この健全さを保つには、平常時の治療が必要だ。だからこそ、警察の職務の重要性は、日本帝国の健康を大いに支えるものである。
3 一つの国家は一つの家族のようなものであり、政府はその父母である。そして国民はその子どもであり、警察はその教育係だ。我が国のように、まだ文明が十分に行き渡っていない国民は、幼い子どもと見なさざるを得ない。この幼い子どもたちを育てるには、教育係の看護が欠かせない。したがって、警察は今日の日本における最も重要な課題である。
4 警察官である者は、行政警察と司法警察の権限を十分に理解しておくべきである。その一例を挙げよう。例えば、ある場所で争いが起きた場合、それを止めて和解させるのは行政の権限である。一方で、すでに暴行が行われた場合に犯人を逮捕するのは司法の権限である。このように、事例が相互に関連し、一人の警察官が行政と司法の二つの権限を行使することがあっても、それぞれの役割は明確に区別されるべきである。
5 東京地方の長官は、他府県の長官が持つ行政権とは異なる体制を持っている。なぜなら、警視庁と東京府がそれぞれ立てられ、行政事務を分担しているからである。警視庁は警察の運営を担当しており…
6 国法の概説では、命令や禁止を実行するために最も重要なことは、権力をもつ警察が主導となり、事務はそれに従属することである。権力を持つ警察は決して事務に従属する存在ではない。このことは警察の格言と言える。
警察官の心得
7 警察官は昼夜を問わず、怠けることなく常に気を引き締め、眠ることや安易に座っていることを避けるべきである。
8 不正を正すには理性を用いなければならない。そして秩序を保つためには、通常以上の警戒が必要である。たとえば酒を温めるには、その酒よりも高温の湯を用いなければ温められない。同様に、すべての物事はそれに勝る力で対応する必要がある。したがって、人を指導する者はまず自らが高い警戒心を持ち、それを他者に及ぼすべきである。
9 警察官の心は、常に仁愛と助け合いの精神を持つべきである。それゆえ、警察権の行使もまた、仁慈の精神に基づくべきである。警察官は国民の苦しみや困難を目にしたとき、自分もその苦しみを共にする心を持たねばならない。
10 警察官は国民にとって教育者であり保護者である。したがって、たとえ相手がどれほど理不尽で無道な行動を取ったとしても、道理をもって丁寧に対応し、その事態に忍耐強く向き合うべきである。
11 もし警察権を批判する者が現れたら、次のように答えるべきである。「私たちは平和を守る者である。私たちはあなた方に対して平和を乱すことはない。しかし、あなた方は私たちに対して平和を保っていると言えるのだろうか?それを信じることは難しい。」
12 社会の平和を守る者は、何事もない日々であっても、常に何かが起きる日のつもりで怠らず備えるべきである。
13 国家は目に見えない一人の人間のようなものであり、不逞で悪質な者たちはその病気や苦しみである。警察権はその健康を保つための平常の治療であり、法官(裁判官)は医師で、法律は薬である。警察が防げなかった犯罪を捕らえて法官に送るのは、医師に治療を託すことに等しい。その裁判とは、適切な薬を与えて治療することである。軽微な違反者の処罰は、応急薬による治療に相当するものである。
14 人々を警戒させる職にある者は、忍耐強く、自らの精力を公衆のために惜しみなく注ぎ込まねばならない。
15 警察長は、政務を直接執行することよりも、むしろそれを監察するべきである。そして監察することよりも、指令を出すことに重点を置くべきである。これは、フランスの有名なヴォイヴィヤン氏が述べたものである。つまり、警察官の本質は、やむを得ない場合を除き、自ら積極的に政務執行を好まないということである。
16 国民は子どものような存在であり、警察官はその教育者である。子どもは元来、反抗的な行動を取ることが避けられない。したがって、警察官は職務上、どのような凶暴な人に遭遇しても、決して心を乱したり怒りを爆発させたりしてはならない。もしそのような者に対して怒り争えば、それは警察官ではなく、ただの私人としての振る舞いに堕し、保護者としての職務を放棄したことになる。この点を深く戒めるべきである。
17 警察官は、国民にとって信頼のおける強い保護者であるべきだ。ゆえに、動じることなく冷静であり、軽々しく人を非難したり称賛したりせず、忍耐強く誠実であり、自らの品行を慎むことで威信を保つ必要がある。
18 警察官が国民に接する際は、丁寧で思いやりを極め、まるで子どもを育てる保育者のように接し、愛情を感じさせるべきである。しかし、過度に親密になることは避けねばならない。もしそのような親密さに偏ると、逆に軽蔑を招き、警察権の品位を損なう危険がある。したがって、警察官は常に丁寧さを主としながらも、国民と距離を保ち、軽んじられないようにする必要がある。このように、親しみと軽蔑の境界を明確にし、それを相互に守らねばならない。
19 職務には、現場で実際の状況を見聞きして判断するものと、他人からの報告を待って行うものとがある。その違いを十分に理解すべきである。
20 人々を正す立場にある者は、常に大きく強い心を養い、「浩然の正気」(正しい精神の力)を持って悪い心を討つべきである。この正しい精神がなければ、人を討つどころか、自らが討たれることになる。一つでも品行を失えば、それだけで自分の権力の一部を剥奪されることになる。
21 警察官は国民にとって勇気ある保護者でなければならない。そして、その威信は人々に感じさせるものであり、それは自身が危険や困難を乗り越える行動によって生まれる。すなわち、人が耐え難いことを耐え、人が忍び難いことを忍び、人が成し難いことを成すことによって得られるのである。
22 「開化」を口にしながら自らは開化した行動を取らない者や、「警察」を語りながら警察の精神を持たない者、見た目だけ警察の徽章を付けて心が警察官らしくない者がいる。このような者は深く反省すべきである。
23 人を統治する立場にある者は、常に「公正」と「正義」の二つを基準とすべきである。しかし、私的な感情で部下を扱い、人気を得ようとしたり、派閥を結んで自己の利益を追求する者がいる。こうした行動は、国や法律を曲げて個人の権力を振りかざすものであり、国家にとって大きな害を及ぼす。このような者は、事実に基づく判断ではなく、人に基づく判断を行いがちである。
24 国の発展を助け、国家の栄光を高めようとする者と、自分が国を占有しようとする者では、大きな違いがある。たとえば、「ワシントン」は私欲を捨てて公共の利益を追求し、大きな徳望を得てもなお国を私物化せず、国民が自主的に生きることを望んだ。一方、「ナポレオン」のように、支持を集めて国を自らのものとしようとする者もいる。君主や国家のリーダーに仕える者は、常に理と法を守り、個人の名誉や非難を気にせず、公正かつ誠実に職務を全うすべきである。
25 すべての人は、自主自立を目的とし、他人の権利を侵してはならない。特に警察官のように人々を指導する立場の者は、模範であるべきである。各自が自らの職分に満足し、十分に独立して行動し、その働きの恩恵を他人にも及ぼすべきである。
26 政府が国民を支えるのも、親が子どもを心配するのも、根本的には同じである。それは、各自が自主自立を果たすための助けをするだけである。一度自立を果たした者は、自然に他者と物やサービスを交換し、互いに利益をもたらすようになる。これが社会の交流が生まれる理由である。しかし、この交流の中で、不正な人が他者の権利を侵害するような問題が発生する場合、それを防ぐ法律が必要である。つまり、政府が必要とされる理由はここにある。この考えは、一人ひとりの関係だけでなく、一国と他国の関係にも同じく当てはまる。国家が負債を抱えれば、その独立の名誉は損なわれ、個人が借金を抱えれば、その自立の権利も制限されることになる。したがって、「恩義を受けることは、目に見えない借金を負うことであり、借金を作ることは、目に見える負債を抱えることである」といえる。親が子を養育し、子が親を扶養するのは、生まれ育ててもらった負債を親に返済することである。このような負債を返済しない場合、道徳的な責任を問われるだけでなく、法律による罰を受けることもある。警察官はこのことを深く考えるべきである。
27 一度職務を引き受けた以上は、職務を全うすることを目標とすべきである。非常事態に際して心を乱し、職務を放棄して逃げるようなことがあってはならない。そもそも、無官(公職に就いていない者)であれば、危急時に自由に行動するのは当然であるが、公職に就いている者が非常事態において職務を放棄し、勝手な行動を取るのは、名誉や利益を追求し、個人の清廉さを保つことばかり考え、公務の妨害を顧みない行動である。これは裏切り者と呼ばれても仕方がない。
28 公務員は、もともと国民が支払った税金で雇われている「商品」のようなものである。したがって、その価値に見合う働きをしなければならない。それができない者は、雇い主である国民から疎まれるだけでなく、同僚からも軽蔑されることになる。ゆえに公務員は、自分が現在果たしている働きが、その報酬に見合っているかを常に振り返るべきである。もし見合っていないとすれば、それは国民と天に対する裏切りである。西洋の格言に「汝の食べる米粒は額の汗で得よ」とあるように、この意識を大切にし、日々努力し、汗を流し続けるべきである。
29 不満は個人を害し、時には社会に災いをもたらすものである。これを恐れ慎むべきである。古人は「憂患に生き、安楽に死す」と言った。つまり、安楽はかえって不幸の原因となり、困難は人を鍛えて価値を高める。これを教訓として、いかなる困難にも耐え、努力を惜しまないことが重要である。人は時に些細なことで不満を抱き、それが原因で一生の名誉を損なうことがある。特に、公職に就く年齢が中年以下である場合、失敗して再びやり直せない状況になるのは非常に痛ましいことである。人生は一瞬一瞬が二度と戻らないものであると理解し、努力を続けるならば、必ずや大きな幸せを得ることができるだろう。
30 警察官となった以上、以前のような派手な生活や酒宴を楽しむことは許されない。したがって、低俗な欲望を断ち切り、本来持っている善良な心を取り戻し、職務に励み、国家を発展させることに喜びを見出すべきである。そのようにして得られる幸せは自分自身だけでなく、国家全体の幸福にもつながるものである。
警察官等級の心得
31 部下を扱う際には、えこひいきや偏見があってはならず、公平で平等な指示を与えるべきである。
32 部下と接する際は、公正さを基盤とし、決して私的な感情で接してはならない。特に、見返りを求めた恩恵や場当たり的な優しさを示してはならない。なぜなら、限られた予算の中で無制限の情を返そうとしても到底叶うものではなく、強引にそれを行おうとすれば部下の間に差別が生まれ、人心が離反する原因となるからである。部下は国家に仕える仲間であり、家族のような一体感をもって接すべきである。
33 私心について戒める。以下のような行為は、すべて私心から生じるものであり、厳に慎むべきである。
1. 理や法を曲げて自分一人の名誉を追求し、批判を恐れること。
2. 他人の権利を侵して自分の権利を飾ること。
3. 他人の権力を利用して自分の名声を得ようとすること。
4. 他人の権力を妨げて自分の権力を強化すること。
34 上司は父兄のような存在であり、部下は子弟である。上司は事理に明るい者として、部下の及ばない点を補い、監視する権利を持つ。
35 部下は上司の監督を受けるものである。その監督の目的は、部下の過ちや失敗を未然に防ぐための愛情からであり、与えられた職権を汚さないようにするためである。
36 大警視は中警視以下を監督し、中警視は少警視以下を監督し、少警視は警部以下を監督し、警部は巡査を監督する。いずれも慈悲の心をもって行うべきである。
37 部下は上司に従い、その命令を受けて補佐する義務がある。巡査は警部補を補助し、警部補は少警視以上を補助し、少警視は中警視以上を補助し、中警視は大警視を補助する。いずれも従順さを旨とし、上司の分身であることを自覚すべきである。
38 上司の命令は信頼して受け取り、それを確実に下に伝えるべきである。また、部下の意見や報告を上司に伝える際は、中立の立場で調整役となり、事実を詳しく説明するべきである。しかし、その報告が規則に反していたり、不合理であると判断した場合は、説得して報告を止めさせることも必要である。命令は信じて実行し、報告は慎重に精査して提出することが、上司と部下の関係を健全に保つ基本である。
39 給料の多寡は、その職務に期待される働きに比例する。給与はその役職に課された職務内容に応じて支払われるものであり、その価値に見合った成果を出さなければならない。
40 等級が高いほど責任も重くなり、それに見合うだけの努力をするべきである。自分の給与が他人より多いならば、それにふさわしい働きをしなければならない。上司の立場にある者は、自分がどれだけ苦労しても、その苦労を他人に誇るべきではない。
41 自分の価値に見合わない昇進を望む者は、自らの名誉を汚すことになる。たとえば、20円相当の能力しかない者が30円の給料を得れば、その人は貪欲とみなされ、官民に損害を与えることになるため、必ず批判の対象となる。一方で、30円相当の能力を持つ者が20円の給料しか得ていない場合、その人は10円分の損失を自分に引き受け、官民に利益をもたらしているため、必ず信頼を得ることになるだろう。たとえば、一等巡査にふさわしい人を四等巡査に置けば、必ず信頼を得るが、逆にその人を無理に抜擢して警部に昇進させれば、途端に人望を失うことになる。これは、昇進がその人の価値を超えて行われた場合に起こることである。官員は国民の税金で雇われている存在であり、その給料に見合った働きをしなければ、国民から批判されるのは当然である。したがって、働きが多く給料が少ない者こそ、信頼を集めて安定した地位に留まることができるのである。警部に昇進するような場合でも、不適切な人事であれば、人々から信頼を失うことになる。なぜなら、それは昇進がその人物の能力や価値を超えて行われたからである。そもそも官員は国民が支払った税金によって雇われている存在であり、その給料に見合う働きをしなければ、国民から批判を受けるのは当然である。このため、勤労が多くて俸給が少ない場合でも、その人物が信頼を集めているのは当然であり、安心してその地位に留まることができる。だからこそ、志を高く持ち、真心から国家に尽くそうとする者が、自ら昇進を求める道理はないはずである。逆に、自分の価値に見合わずに昇進を求める者は、名誉を捨てて逆に恨みや批判を招く結果となるのである。
42 現在の官員の中には、自分の職務を二の次、三の次にして、権力や名門の家に出入りし、他の官員と親しくすることで、自分の栄誉や利益を得ようとする者がいる。このような行動は、現代の官僚社会に蔓延する深刻な弊害であり、深い嘆息を禁じ得ない。
43 巡査においても、その等級の違いに応じた心得を持つべきである。一等と二等は何のために差があるのか、三等と四等は何のために異なるのか、それを十分に考察すべきである。等級が高い者は、その分だけ能力が優れていなければならず、給料が多い者は、その分だけ労働も多くなければならない。
部長の心得
44 公権
部長は以下の責務を負う
1. 部員の勤務態度、行動、品行、才能などを把握し、上司に正確に報告すること。
2. 上司の命令を部下に伝え、部下からの意見や状況を上司に報告すること。
45 部長たる者は、その重い責任を引き受け、困難な状況に対処しなければならない。そのため、部員よりも優れた器量や品行を備えていることが求められる。ただし、自らを磨くことで部員に過剰な責任を負わせるのではなく、自分の責任を全うする姿勢を持つことが重要である。
46 助官は、上司に対して従順であり、どのような状況でも上司の労苦を引き受け、功績を上司に譲ることが求められる。また、上司が困難に直面した場合、その負担を自ら引き受け、常に上司が安心して仕事に取り組める環境を整えることを務めとする。
47 部員間で争いが起きた場合、その話を聞く際には偏った態度を取らず、両者の事情を公平に理解し、公正に解決することが求められる。
48 部員からの報告を取り次ぐ際には、その内容が規則や道理に合っているかどうかを十分に考えたうえで報告しなければならない。決して部下の意見に偏り、上司に圧力をかけるようなことがあってはならない。また、部内の会議に臨む際には、議長として部員と直接討論するのではなく、まず部員同士で議論を重ねさせることが必要である。
49 部長は、上司に対しては助官としての役割を果たし、部下に対しては指揮官としての役割を果たし、場合によってはその間に立つ調整役として振る舞うことが求められる。
50 部下に接する際には、言いにくいことを伝え、やりにくいことを実行し、耐えがたいことに耐えることが求められる。これらは部長の職務として与えられたものであり、決して怠るべきではない。
51 部員を密かに憎んだり、偏った評価を基に昇進や降格を上申するようなこと、あるいは未発表の内容を漏洩したり、理に背き法を曲げて自分の名声を求め、批判を避けようとするような卑劣な心を持ってはならない。
52 公則と私則の区別
公則とは警視庁の規則であり、私則とは自らが守るべき誓いである。これに違反する者には以下の二種類がある。
1. 内犯:たとえば、私的な誓約で禁じられている会合や宴席に参加するなど、同僚内での信用を失う行為であり、軽い罪に属する。
2. 外犯:たとえば、国民に対して妨害行為や無礼・粗暴な態度を取るなど、国民に迷惑をかける行為であり、重い罪に属する。外犯は国民から批判や罰を受ける重大な過ちであり、内犯は同僚間での信頼を損ねる比較的軽い過ちとされる。
署長の心得
53 署員の職務規則や勤務態度、行動に不備があれば、その責任は少警視が負うこととする。また、当直勤務中に甲班・乙班・丙班で決定できない事務はすべて署長の権限に帰するものとする。公務の都合により、勤務時間の開始や終了が前後することもある。
54 署長は、署内の警部以下の職務上で生じる争いがあれば、それを解決する責務を負う。ただし、署長自身と警部との間で争いが生じた場合は、必ず上官の裁定を仰ぐべきである。署長自身が一方的に自分の意見を主張し、無理に押し通すことは絶対に避けなければならない。なぜなら、署長はその問題の当事者であり、問題の裁定を自ら行うことはできないからである。
55 降格や昇進、賞罰、あるいは職務規則の施行に関して、部下が不服を唱えて署長に意見を求める場合、その尋問が署長の権限を越えるものであれば、これに応じる必要はない。不服を主張する部下に対しては、次のように説明するべきである:「私は自らに任された職務を遂行しているだけである。もしこれに不服があるならば、私は君たちのための被告である。被告として、この件に関して自ら弁明する立場にはない。そして君たちにも署長を直接問いただす権利はない。この件については、上官の裁定を仰ぐ以外に方法はない。」
こうした場合、署長は直ちにその問題を上申し、上官の裁可を仰ぐべきである。
巡査の心得
56 上司の命令をしっかり守り、その労苦を引き受け、任務を全うして社会を治めることを目標とすべきである。
57 上司を補佐するにあたっては、深い誠意をもって職務に当たり、上司がその職務を安全に遂行できるよう努めることが求められる。もし上司が失態を犯した場合は、それを自分の補佐が不十分だった結果と捉え、外部に対しては恥じ、内省して自らを責めるべきである。
58 自分の失態は上司の失態であり、上司の失態は自分の失態であると心得るべきである。
59 同僚との関係は、互いに切磋琢磨し助け合うべきものであるが、公的・私的な規則を破る者を庇うようなことは決してしてはならない。なぜなら、そのような行為は6,000人の巡査全体の名誉を汚すことになる罪深い行為だからである。
60 自ら立てた誓い(自守盟約)は、各自の内心に基づいて行われたものである。決して人に媚びたりしてはならない。また、その誓いに反する行為を他人からいくら勧誘されても、絶対に同意してはならない。
61 巡査の職務は、地位も低く俸給も薄いが、その品行が立派であるため、高位の官職にも劣らぬ尊さを持つ。また、その努力は少額の俸給に見合わないほど大きい。このようにして現在、公衆から信頼を受けていることは、まさに誇るべきことである。
62 現在、6,000人の巡査が国民から信頼を得ているのは、普段から国家のためにその身分を超えた努力をし、品行が優れているからである。もしこの6,000人全員に高い俸給を与えれば、国民は決して巡査を尊敬しなくなるだろう。
63 巡査の職務は、3昼夜(72時間)のうち24時間を勤務し、そのほかに定期的な訓練や戸籍調査がある。また、品行を失えば私則に基づいて責任を問われ、職務を怠れば公則に基づいて処罰される。その厳しい規律のほどは推して知るべきである。
64 他の官吏は3昼夜(72時間)のうち18時間勤務するが、その中には土曜・日曜が含まれ、さらに勤務時間が短縮される場合もある。そのうえ勤務の開始や終了時間が遅れても責任を問われることはなく、品行の乱れについても一般の国法に触れない限り咎められることはない。この緩やかな規律は明白である。
65 したがって、巡査は72時間のうち、他の官吏よりも6時間多く勤務し、3日ごとに1日分余分に働いていることになる。これに訓練や戸籍調査を加えれば、さらに多くの時間を費やしていることになる。
66 他の官吏は休暇が与えられると、18時間の勤務時間からさらに短縮される。これに比べると、巡査の厳しい勤務規律と職務を同じ基準で語ることはできない
探索の心得
67 警察官は、悪人を探索する際と同じように、善人を探し出し支援することにも深い誠意を持つべきである。
68 探索の技術が高度に達した場合、まるで音のないものを聞き、形のないものを見つけるような感覚を持つようになる。こうした無音無形の状況においても、直感的に事態を感じ取らざるを得ないのである。
69 不審に思われる事柄の多くは、実際には根拠がない場合が多い。決してそれだけで心を乱してはならない。しかしながら、一度耳に入った情報は、それが真実かどうかまだ確かでなくても怠ることなく調査することが警察の重要な任務である。
70 探索者や密告者の片言を鵜呑みにして心を動かし、軽率に行動を起こしてはならない。必ず両者の情報を照らし合わせ、事実を確認してから行動すべきである。
71 秘密の探索には困難な事件が多いため、その任務に適した人物を選び出すことが必要である。その際、以下のような特性を持つ人物が適任とされる。
各国の動向や国際関係に精通している人。
国内の重要人物を把握し、その性格や思惑を熟知している人。
国内外の商取引や経済活動に詳しい人。
謀反や不逞の徒の中に入り込み、その動向を観察できる人。
反社会的な者たちを欺き、その中で情報を収集できる人。
窃盗、スリ、詐欺、賭博、密売、売春などの犯罪を捜査するのに適している人。
72 探索者は、観察力が鋭く、勇気があり、表裏を使い分けたり、臨機応変に対応したりする能力が求められる。また、詐術に長けていることも重要である。もし弱気で能力の劣る探索者を任命すれば、逆に敵に利用され、重大な被害を引き起こす可能性がある。そのため、探索者を選任する際には、任務の内容に応じて適任者を慎重に見極め、任務を命じなければならない。
73 探索任務を行う際には、その相手の心を読み取り、こちらが意図している行動を相手に理解させ、実行に移させることができるかどうかを見極める必要がある。また、その任務が即時に対応しなければならないものなのか、それとも通常の手順を経て徐々に進めるべきものなのかを見極めて行動すべきである。
74 警察官は、管轄区域内の人々を常に注意深く観察し、その善悪や是非を精密に区別し、怠ることなく考察すべきである。たとえば、10人の中で2人が上等、6人が中等、2人が下等または悪質と分類するなど、それぞれの性質や長所・短所を見極めるべきである。なぜなら、どの人物もその性格や行動には多様な側面があり、これを把握することが探索の重要な基盤となるからである。
75 人となりを知るための特徴
毀誉(批判や称賛)を気にしない者。
愛憎が激しい者。
喜怒が激しく、すぐに感情を露わにする者。
心の中で道理を理解していても、口に出して表現できない者。
言動を控えめにし、あまり多弁を好まない者。
勇猛な心を持ち、進んで人を欺く者。
内面に勇気はないが、知恵だけで人を騙そうとする者。
見た目は女性的だが、大胆で恐れを知らない者。見た目は強そうだが、実際の場面では臆病な者。自分の過ちを知りながらも、改めようとしない意地の強い者。
自分の間違いに気づかず、正しいと主張し続ける者。
一度は主張しても間違いを認め、すぐに改める者。
大胆でありながら細心の注意を払えない者、または小心者で細心でもない者。
困難に直面しても平然と対処し、活発に問題を解決する者。
表では笑いながら内心では怒る者、または表では怒りながら内心で笑う者。
最初は慎重だが、最後までやり遂げる者。また、軽率に始めて途中で終わる者。
上司にへつらい、部下に厳しい者。また、上司に反抗しながら部下の支持を求める者。
上司に意見を述べる器量がなく、部下に対して上司を非難して信頼を得ようとする者。
内面はしっかりしているが、口下手な者。また、口は達者だが内面に信念がない者。
強く迫られると屈服する者。また、強く迫られると反発して屈服しない者。
穏やかに接すれば従う者。また、穏やかに接すると傲慢になり従わない者。
人の言葉を聞いて是非を考えずに従う者(早合点する者)。
言葉の意味を理解せず、すぐに喜んだり怒ったりする者(一刻者)。
自分が起こした問題を他人のせいにして逃げ道を作る、非常にずる賢い者。
他人の行動に対し、理非や善悪を冷静に判断し、動揺せず穏やかに対応する者。
他人の名声を恐れ、実際にその人に会う前から過剰に恐れる者。どんな名声を持つ人も、特別な力を持っているわけではない。「舜(伝説の聖人)は何者だ?自分は何者だ?」と考える見識のない者は、陋劣な小人である。
76 事態に臨む際の観察ポイント
相手の目つきや顔の表情を見る。
声の調子や言葉遣いを聞く。
身体の動きや行動を観察する。
手足の動きに注意を払う。
77 相手の心を察する
人には心の浅深や厚薄があり、それを理解せずに軽率に行動してはならない。そのためには、まず相手の性格や行動を観察し、受け入れられる立場を確保する必要がある。その手段として、相手の喜怒哀楽を理解し、その感情に共感しながら心に入り込むべきである。
78 心を揺さぶる手法
相手の心を揺さぶるには、次のような方法を駆使すべきである。
相手の感情を刺激し、虚実を見抜く。
怒らせる、受け入れる、拒絶する、欺く、信頼を示す、威圧する、または恐怖を与えるなどの方法を使う。
これらはすべて心理的な術を用いる必要がある。
79 相手の欲望を探る
犯罪者の行動の背景には、欲望と感情の二つがある。したがって、犯罪者を探るには、その欲望や感情を共有している者を通じて情報を得るのが最良の方法である。たとえば、犯罪者が親密な関係を持つ女性や恩義を感じている人物を活用するのが効果的である。
80 事変を察知する心得
探索中に異常な状況を聞いた際は、よく考え、慎重に判断すること。決して軽率な行動を取ってはならない。たとえば、横死(不審死)などが発生した場合、次のような視点で探索の方向を定めるべきである。
「ここで人が殺された。この人を殺して利益を得るのは誰だろうか?」
81 兇徒の性質
悪人(兇徒)は心が荒み、広い視野を持たないため、その言動にはしばしば不自然な点が現れる。また、虚飾(うわべだけの装い)を完全に隠し通すことはできない。これにより、天(自然の摂理)や人を欺くことはできず、最終的には逃れることのできない天罰に行き着く理屈である。
82 争論の分析方法
争論を判断するにはコツがある。たとえば以下のようなケースがある。
1. 甲と乙の争論
甲:普段の行動が正しく、実直だが、口下手で議論が苦手。
乙:普段の行動が不品行で狡猾だが、雄弁で議論では相手を言い負かす能力がある。
この場合、乙の雄弁さによって甲が言い負かされ、間違いがあると見なされそうだが、警察官が甲の普段の誠実さを考慮して丁寧に調査すれば、結局甲が正しいことが明らかになるだろう。
2. 酒席での争論
甲:普段は実直で無欲な善人だが、酒癖が悪い。乙:普段は強欲だが、酒には慎重な人。
この場合、甲の酒癖の悪さを考慮して、多くは甲が非を犯したと推測される。
3. 金銭取引での争論
甲:普段は実直で無欲な人。
乙:普段から強欲な人。
この場合、乙の強欲さを考慮すれば、多くは乙が間違っていると推測される。
警察の職務ではこのような例は枚挙に暇がない。他の事例についても推測すれば理解できるだろう。
83 無職者への対応
職がなく、労せず食べている者は、良民の権利を何らかの形で妨害していると考えられる。そのため、このような者については、経歴を調査し、行動を観察し、その友人関係を確認することで性格や人間性を見極め、過去の行動から将来の動向や欲望の発露を察知すべきである。これが警察官が戸籍調査を怠ってはならない理由である。
84 営業(職業)と良民・不良民の区別
人はそれぞれ、自らの生活を成り立たせるための職業を持たなければならない。これをしっかり励む者は良民である。一方で、職業を持たず、労せずに食べている者は不良民と見なされる。このような不良民は、良民の権利を妨害するものであるため、警察官は不良民を特に注意して監視し、怠ることなく警戒すべきである。これが悪を防ぎ、善を守る警察の使命である。
85 兇悪な者の存在とその抑制
世の中から悪人が完全になくなることはない。また、人の心から兇悪な考えが完全になくなることもない。ただし、警察の目と手によってそれを抑えることは可能である。次のように言える。
「賊よ、お前が何をしようとしているかは私たちがすべて見ている。お前の考えや行動もすべて把握している。さて、お前に一体何ができるのか?」
(完)