【コラム】元首相たちの再登板──57歳キャメロン氏の英外相起用に思う 🥎元朝日新聞記者 飯竹恒一 (2023/11/27) 🌸EU離脱の国民投票で退陣の過去/元首相が国会議員として居座る日本政治の高齢化🔥【語学屋の暦】【時事通信社Janet掲載】
【写真説明】
【左】キャメロン元英首相(英政府ホームページより)
【右】麻生太郎元首相(首相官邸ホームページhttps://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/meibo/daijin/aso_taro.html をもとにトリミング)
この記事は下記の時事通信社Janet(一般非公開のニュースサイト)に2023年11月27日に掲載された記事を転載するものです。
良く言えば、政局をことさら気にせずに、自分の持ち味を発揮できるチャンスなのだろう。悪く言えば、人材不足の折、政権浮揚の苦肉の策に手を貸す役回りと映らなくもない。
英国のキャメロン元首相が、スナク現首相による11月13日の内閣改造で外相に就任したニュースに触れて思ったことだ。
2016年に退陣したのを受け、首相を辞めた後は一線から退くことが多い英国政界の先例にならって民間人になっていたキャメロン氏。英国で首相経験者が閣僚になるのは約半世紀ぶりだという。キャメロン氏自身、「首相経験者がこんな形で復帰するのは異例だと分かっている」(I know it's not usual for a prime minister to come back in this way)とメディア取材で認めつつ、自身の起用の意義を自信たっぷりに説いてみせた。
「もちろん、首相としての6年間、保守党を率いた11年間で、有益な経験、人脈、人間関係、知識を得たと思う。これで首相を助け、同盟や友好国とのパートナーシップを築き、敵国に抑止を働かせ、英国を強く保つ政策を確実に実施するのを後押しできる」(Of course, I hope that six years as prime minister, 11 years leading the Conservative Party, gives me some useful experience and contacts and relationships and knowledge that I can help the Prime Minister to make sure we build our alliances, we build partnerships with our friends, we deter our enemies and we keep our country strong.)
もっとも、キャメロン氏と言えば、英国の欧州連合(EU)離脱を巡る2016年の国民投票実施に踏み切った末、自身の意図に反して離脱を認める結果に終わって退陣した記憶があまりにも鮮明だ。今回の外相起用を受け、英国のシンクタンク、王立国際問題研究所(チャタムハウス=Chatham House)のサイトに掲載された論文に、次のようなくだりがある。
「英国のEU離脱を巡る国民投票に参加した国民の中には、キャメロン氏がEU残留を主張したのを記憶している人もいるだろう。英国内外の多くの人にとっては、よもや敗北に終わるとは考えていなかった国民投票の実施に踏み切り、それが英国の国際関係を全面的にひっくり返すことになった首相として、ただただ記憶に残るだろう」(Some Brexit voters in the UK will remember that Cameron argued for Remain; many within the UK and abroad will remember him simply as the prime minister who chose to hold a referendum he never contemplated losing and comprehensively upended the country’s international relations.)
今回のスナク氏の奇策は、次期総選挙をにらんだものとされ、「世界の舞台で確固たる地位のある人物」(an established figure on the world stage)とか「豊富な経験」(a huge amount of experience)といった点で、キャメロン氏に期待する旨、伝えられている。ただ、これが政権浮揚の決め手になるかは微妙で、AP通信は「見返りが不確実な賭け」(a gamble with uncertain pay-off)と指摘する声を紹介した。
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ところで、英国と同じ議院内閣制の日本では、首相経験者が一線のポストに就くことは珍しくない。6年に及んだキャメロン政権と違って、短命政権が多いことも背景にあるかもしれない。
自民党の首相経験者のうち、宮沢喜一氏が小渕政権で蔵相に就任し、森政権では橋本龍太郎氏が行政改革担当相などに就いた。現在も国会議員の麻生太郎氏は首相時代、衆院選に敗北して旧民主党に政権を明け渡したが、自民党が2012年の衆院選で勝利して政権復帰すると、副総理兼財務相に起用された。
何より、その2012年の衆院選勝利を自民党総裁として果たし、政権発足に当たって麻生氏起用を決めたのが安倍晋三氏だ。第1次政権が1年の短命に終わってから5年ぶりの首相再登板だった。
麻生氏のほか、菅直人、野田佳彦、菅義偉の各氏も、国会議員のままだ。このうち、「わざわざ踏み切る必要がなかったのでは」と賛否が分かれる国民投票を実施したキャメロン氏のイメージと重なるのが、2012年の解散総選挙を決断した野田氏だ。
2012年11月の党首討論で、自民党総裁の安倍氏を前に、次期通常国会での議員定数削減とそれまでの議員歳費削減の確約を得られれば「16日に(衆院を)解散してもいい」と発言した場面は、この解散総選挙を受けて自民党政権が10年以上続いていることを思えば、まさに歴史に残る政治の転換点だったろう。
当時、古巣の新聞社で滋賀県の選挙区を担当したが、既に落ち目だった民主党が坂を転げ落ちるように議席を失う様子を目の当たりにした。あの解散を嘆き、露骨に怒りを表明する旧民主党関係者の声を多く聞いた。
ここで考えたいのは、退陣した野田氏がその後も国会議員を当たり前のように続け、旧民進党の幹事長に就任したほか、今でも首相再登板の可能性が取りざたされていることだ。「勝ちっ放しはないでしょう、安倍さん」の文句で話題を呼んだ安倍氏の国葬での追悼演説では、安倍氏から「自分は5年で返り咲きました。あなたにも、いずれそういう日がやって来ますよ」という言葉を掛けられたエピソードを紹介する一方、「再びこの議場で、あなたと、言葉と言葉、魂と魂をぶつけ合い、火花散るような真剣勝負を戦いたかった」とも述べた。
首相経験者にしか理解できない試練を共有する者同士の心温まるやりとりは理解できるとしても、これはあまりに政治家本位で、首相ポストを個人の所有物のように扱っていないか。思うに、首相という政治権力はあまりに大きく、退陣後はその影響力をみだりに使うべきではないという戒めが、英国政治に根付いているよう思う。日本では首相ポストが軽過ぎるのかもしれない。
その点、政争から距離を置き、いい意味でのご意見番として存在感を示すのならば、まだ、その意義はあるだろう。菅直人氏と、同じく元首相の村山富市、細川護熙、小泉純一郎、鳩山由紀夫の計5氏が2022年1月、原発推進を打ち出した欧州委員会のフォンデアライエン委員長に抗議の書簡を送ったのも、その一例だと思う。福島第1原発事故で「多くの子供たちが甲状腺がんに苦しみ」との表現が書簡にあり、これが「差別や偏見が助長され適切ではない」などという批判を招いた。しかし、原発の是非や小児甲状腺がん対策といった本質的な問題に光が当たったとすれば、首相在任中にしっかり手を打つことができなかった反省もにじみ出ていて、好意的に受け止めてよいと私は思う。
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元首相のご意見番と言えば、私が注目していたのが、オーストラリアのラッド元首相だ。国際交流団体アジア・ソサエティーの代表として、特に中国専門家の立場でメディアに登場しているのを何度も見聞きした。
労働党政権を2007~2010年と2013年に担ったが、2010年に首相を辞めた後、いったん外相に就任した。党内の激しい主導権争いもあって2013年は短命政権に終わったが、アルバニージー政権の下で今年3月、駐米大使に起用された。
何といっても、北京駐在経験がある元外交官で中国語に堪能。メディア出演の際は、滑らかな英語に時折、中国語のキーワードを交えているのが印象的だった。元外交官が学者に転じたような話しぶりだった。
特に昨年秋の中国共産党大会で、習近平国家主席が3期連続で総書記に選出され、習指導部が3期目に入るタイミングでの発言が印象に残っている。習氏が台湾問題で具体的に行動を取る時期について、「習近平氏の望むタイミングは、2030年代だと思う。その時もまだ政権を握っているだろう。遺伝子に恵まれているからだ。母親は96歳でまだ健在だ」(I think Xi Jinping's preferred timetable is the 2030s, by which time he would still be in power. He's got good genes. His mother is still alive at the age of 96.)と解説したのもその一例だ。実際にどうなるかは分からないが、妙に説得力があった。
今回の起用は閣僚ではないが、駐米大使として対中関係に大局的な視点から取り組むとすれば、はまり役のように見える。豪州は今や日本の安全保障にとっても最重要国の一つで、日米同盟を外交の基軸とする日本にとっても、一目を置く存在になっていることだろう。
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キャメロン新外相はさっそく、米国のブリンケン国務長官と電話会談し、外相としての初の外遊先としてウクライナの首都キーウを訪問してゼレンスキー大統領と会談した。華やかな滑り出しのようだが、外相就任に肯定的なのは24%、否定的なのは38%という世論調査結果も伝えられている。経営破綻した金融会社グリーンシル・キャピタルを巡る過去のロビー活動も改めて指摘され、賛否が渦巻く状況は続いているようだ。
もっとも、ここで注目すべきは、キャメロン氏がまだ57歳で、首相経験者としては極めて若いという点だろう。ちなみに、ニュージーランドで労働党政権を率いて今年1月に退陣し、4月に国会議員も辞めたアーダーン元首相に至ってはまだ43歳で、しかも女性だ。
日本の政界に目を向けると、次世代を担おうと鼻息の荒い安倍派の「5人衆」の萩生田光一氏(60)、世耕弘成氏(61)、松野博一氏(61)、西村康稔氏(61)、高木毅氏(67)は、いずれも60代の男性。次期首相候補としてしばしば名前が挙がった河野太郎氏でさえ、既に60歳だ。河野氏が所属する派閥のボスである83歳の麻生氏は、いまだに自民党副総裁として存在感を示している。
キャメロン氏の外相起用を見て、「俺も再び一線に」と夢見る元首相がいるとしたら、日本政治の新陳代謝の必要性を冷静に考えた方が良い。
飯竹恒一(いいたけ・こういち)
フリーランス通訳者・翻訳者
朝日新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、岡山、秋田、長野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に生かしている。全国通訳案内士(英語・フランス語)。