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【時事通信コラム】孤高なオタク・石破新首相の危うさ🥎元朝日新聞記者 飯竹恒一【語学屋の暦】

【写真説明】参院選東京選挙区で自民党候補の朝日健太郎氏(右)の応援演説をする石破茂氏=2022年6月30日、東京都品川区(撮影:飯竹恒一)

この記事は下記の時事通信社Janet(一般非公開のニュースサイト)に2024年10月16日に掲載された記事を転載するものです。

満を持して世界に問うたはずの持論が、アジアでここまで袋だたきに遭うとは、石破茂・新首相も予想外だっただろう。初の外遊に出た10月10日、「石破氏の『アジア版NATO』の推進は成功の見込みなし」(Ishiba’s Push for an ‘Asian NATO’ Is a Non-starter)と題された寄稿が、アジア太平洋地域が対象のオンラインメディア「ザ・ディプロマット」に出たのもその一例だ。

「石破氏は『防衛オタク』と自認するが、政策の打ち出し方にくっきりとした戦略的な明快さが欠けており、曖昧さが生じている」(While Ishiba identifies himself as a “defense otaku” or “defense geek,” the lack of sharp strategic clarity in his policy pronouncements creates ambiguity.)

こんな辛辣な言葉があふれる寄稿の書き手は、インドのジャワハルラール・ネルー大学のティトリ・バス准教授。日印関係を巡って積極的な発言をしてきた女性の論客で、「首相になったら、もはや党内野党ではないのだから、自身の言葉は新たな重みを持つ」(his word carries new weight now that he is prime minister, rather than a political outsider within even his own party)と、9月末のタイミングで米シンクタンク「ハドソン研究所」を通じてアジア版NATO構想を披露した石破氏の軽率さに苦言を呈している。

バス氏は寄稿で、日米豪印の4カ国から成る既存の枠組み「クアッド」(QUAD)について、「中国はクアッドを『アジア版NATO』だと痛烈に批判してきた」(Beijing has fiercely critiqued the Quad as an “Asian NATO”)と言及。ファイブアイズ(米英加豪とニュージーランド)、AUKUS(米英豪)やさまざまな二国間安保条約も含め、中国は自国が米国主導の「封じ込め」の対象となっていると認識していると、現状を分析した。
 さらに、アジアにおける米国の同盟国がロシアのウクライナ侵攻後に北大西洋条約機構(NATO)との協力関係を強めている点も指摘した上で、「そうだとしても、石破氏のアジア版NATO構想は強引過ぎる。この考えを推し進めれば、インドやASEANを含むインド太平洋地域の主要関係国が距離を置いてしまうのは間違いない」(Even so, Ishiba’s idea of forming an Asian NATO is farfetched. Pushing the idea will most certainly alienate key Indo-Pacific stakeholders, including India and ASEAN.)と、石破構想の唐突感を指摘した。

これまで日本国内では、石破氏の持論は何かとオタクの私案と受け止められてきたが、日米地位協定の見直し論も含め、その主張にはうなずけるものは確かにある。しかし、一国の指導者として掲げるのならば、実現に持ち込むだけの立ち回りや政治手腕を要するはずが、「まさにその点が欠落している。だから、石破はだめなのだ」という趣旨の批判を、かつて極めて近い間柄だった自民党の国会議員から直接聞いたことがある。そんな弱点が国際舞台で見抜かれてしまったのが、今回のアジア版NATOを巡る騒動と言えるかもしれない。

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強い日差しが照りつける東京・品川の武蔵小山駅。2022年6月30日、参院選東京選挙区の自民候補の応援で、選挙カーの上に立った石破氏を迎えた聴衆はまばらだった。それでも、石破氏はその年の2月に始まったロシアのウクライナ侵攻への懸念を示しつつ、地元に即したネタをしっかり仕込んで臨み、しばし聴衆の関心を集めていた。

参院選東京選挙区で自民党候補の朝日健太郎氏(右)の応援演説をする石破茂氏=2022年6月30日、東京都品川区(撮影:飯竹恒一)

駅のある荏原地区が江戸時代からタケノコの産地であることにちなむ恒例の駅前イベント「ムサコたけのこ祭り」に触れて地元の取り組みを激励し、地元産のクラフトビールにも言及しながら、「名物を作らないといけない。これを食べに日本中の人がやって来るという街を作らないといけない」と、初代地方創生相としての見識を感じさせる持論を展開した。

熱弁は続き、「ここはラーメンの名店もいっぱいあるが、ラーメンの自給率は12%しかない。麺はすべて外国の小麦、豚のエサも外国のもの。国産のものはネギとモヤシぐらい」と嘆いた。自民党有志議員による「ラーメン文化振興議員連盟」の会長を務めるだけあって、説得力があった。

石破氏は自民党総裁選を前に、記事を手軽に発信できるオンラインサービスnoteに自身のアカウントを設け、キーワードとして、「読書」「鉄道」「カレー」「ラーメン」「キャンディーズ」を並べた。鉄道オタクであることも含め、そうしたひょうきんな装いが、根っからのものなのか、不器用な理想論者の一面を覆い隠すためのカモフラージュなのかは、分からない。それでも、こうした一連の庶民路線こそが、地方を中心に根強い石破人気を支えていると納得させられるのも事実だ。

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もっとも、古巣の新聞社時代、石破氏については自衛隊明記を目指す改憲論者であることなどから、「しっかりウォッチングしていく」という警戒感を社内で確認したのを覚えている。それゆえ、その後、自民党内で冷遇される中、安倍政治を批判するご意見番のような立ち回りを演じていることに、私はむしろ違和感を抱いていた。

そうした石破氏を巡る違和感を改めて実感させられたのが、今回のノーベル平和賞に日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が選ばれた際、「極めて意義深い」と発言したことだ。よく言えば常識的だが、悪く言えばしらじらしい。アジア版NATOにからみ、核の抑止力を前提とした「核共有」を主張しているのだから、被団協の代表に祝意を伝える電話をかけたところで、逆に関係者や世論の冷ややかな視線を浴びる結果になるのは当然だった。


AP通信は、今回のノーベル平和賞を伝える記事の中で、「日本の指導者は繰り返し、核保有国と非核保有国との間に立つ橋渡し役を掲げ、核軍縮に向けた対話の必要性を強調しながら、核兵器禁止条約については、締約国会議へのオブザーバー参加さえ拒んできた」(Japanese leaders have repeatedly promised to serve as a middle ground between nuclear and non-nuclear states and stressed the need for dialogue toward nuclear disarmament, but refused to join the treaty even as an observer.)と指摘した。この点、被爆地・広島選出の国会議員である岸田文雄前首相について、条約に後ろ向きな姿勢が批判されてきたことにも触れた。

ここでふと思うのは、冒頭の寄稿でバス氏が、石破氏はアジア版NATOなどの持論を国会の所信表明演説で一切示さなかった一方で、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」(Ukraine today may be East Asia tomorrow.)というフレーズを使った点をとらえ、「これは岸田氏の路線そのものだ」(straight out of Kishida’s playbook)と皮肉ったことだ。自民党総裁選における石破氏選出に岸田氏が一役買ったことを背景に、岸田氏を持ち上げる意図があったのかもしれないが、それにしても、海外の論客にこう指摘されては、防衛オタクの看板もむなしい。

ただ、石破氏はその後、締約国会議へのオブザーバー参加について、「真剣に考える」と発言した。その真意は不明だが、ノーベル平和賞を契機とした国内外の世論の盛り上がりを追い風に、ここは岸田氏との違いを見せつけるチャンスではないか。アジア版NATOや日米地位協定の見直しなどの持論については、当面の展望は厳しい。しかし、核兵器禁止条約については、同様に米国の「核の傘」の下にあるドイツも締約国会議にオブザーバー参加していることを踏まえれば、米国の圧力に屈しない石破外交の突破口とする余地はありそうだ。

さもなければ、日本国内では「安全運転」と評されながら、国際舞台では独自色を欠く平凡な宰相として埋没してしまうのではないか。

飯⽵恒⼀(いいたけ・こういち) フリーランス通訳者・翻訳者 朝⽇新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、 岡⼭、秋⽥、⻑野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に⽣かしている。全国通訳案内⼠(英語・フランス語)。


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