ボリウッド入門
絶賛戒厳令中のスリランカにて、恐らくほとんどの人と同じように、私もネットフリックスさまのお世話になっている。
あるのかどうか知らないけど、ネットフリックスの株を買っておきゃ良かったよ、と思うぐらいに、全世界レベルで加入者が増えていると聞いた。そらそうだろう。わかりみでしかない。例に漏れず、私もひたすらダラダラとシリーズものを見まくっているのだが、私の彼氏ババちゃんに付き合って、最近ボリウッド映画を観始めた。で、これが面白いのだ。
ボリウッド映画と言えば、おそらく私たちのイメージでは、とりあえずスキあらば踊る。踊る踊る踊る。急に映画に関係ない美女が出てきて、シリアスな場面であろうと踊る。そしてそのイメージは全然間違っていない。ただ、映画によってその踊りの配分は違うし、全くない映画もある。シリアスで男臭い映画だと大体2回ダンスシーンを挟んでくるが、学園ものとかポップな映画だとミュージカル映画か?と言わんばかりに踊って歌い続ける。
ババちゃんはそんなポップな映画に興味がないらしく、人がバンバン死んじゃうアクション映画が好きなので、そこまで踊りのシーンは観ていない。
しかもババちゃんは踊りのシーンをサクッと飛ばしているではないか。私は最初、これにめちゃくちゃビックリした。この踊りのシーンこそがボリウッド映画の真髄であって、それがハイライトではなかったのか。そんな衝撃を受けている私にババちゃんはさらりと「話が分からなくなるだろう」と至極まともなことを言った。そうか、やはり現地の人(ババちゃんはスリランカ 人であってインド人ではないが)からしても、このシーンは余計なのか。しかし別にそれに苛立つわけでもないし、疑問もなさそうだ。もはやインド映画のある種の様式美として存在するダンスシーンを「必要か否か」で議論すること自体、ナンセンスなのだろう。
そしてボリウッド映画は私たち日本人にとって非常にマイナーに思うかもしれないが、それはさすがに物を知らなさすぎる。
ハリウッド、香港(今はもう中国に取って代わられているが)、ボリウッドは世界三大映画生産地で、「インドだけの映画」なんてイメージは捨てた方がいい。ボリウッド映画はインドだけでなく中東、スリランカ、モルジブ、バングラデシュ、ネパール、パキスタンなどの周辺国ではもちろんのこと、世界中に散らばる印僑にも観られている。15億人以上を余裕で超える市場規模だ。昔、インドの女優たちがあまりに美しくて、「ハリウッドに行って活躍すればいいのに」と言った人が鼻であしらわれた、という話を聞いたことがある。わざわざハリウッドなんぞに行かなくても、自分の国で有名になれば、すでにそれ以上の知名度と成功なのだ。ハリウッドなんてもはや「出稼ぎ」レベルである。あのスキあらば踊る映画が実はメジャーリーグで、日本映画独特のあの陰鬱としたスローな展開のほうが、世界的にはマイナーだということは知っておいても良い。
そしてインドは40キロメートルごとに言語が違うと言われているくらいなので、一口にボリウッド映画といっても、タミルからベンガル、ヒンディーまで、言語が違う。ババちゃんは「話せないけど大体言ってる事はわかる」らしいし、私の友人のネパール人たちも皆そう言う。話すことはできないけど、聞く事は出来るという謎。私たち日本人が北京語の映画を見て理解する事は不可能であるから、不思議だ。
さて、最近観た映画Anjaanは最初から最後までめちゃくちゃ楽しめた。ネタバレだけど、昨今の不必要に凝りに凝った映像や設定ではなく、シンプルに「娯楽映画」としてのすべてがしっかり詰め込まれている。
ブラザーラジュという超無敵のヒーローが、ムンバイを支配する悪の組織に肉親を殺され、裏切られ、しかしリベンジを果たすというベタなストーリーなのだが、まずラジュの覚醒シーンが最高である。松葉杖をついてメガネをかけたおどおどした社会的弱者を演じるラジュが、チンピラに捕まり、松葉杖を蹴り倒され、「ああっ…!」と地面に倒れる。銃を持ったチンピラ集団が、こんな弱いものいじめを堂々とするところがもう非道すぎて逆に笑えるのだが、そこはスルーしよう。
そしてチンピラのリーダーが下っ端に「始末しとけよ、俺は帰るぜ」と背を向けた瞬間、銃声が響き、振り向いたら、なんと倒れたのはチンピラで、リーダーの「なぬ!?」とした顔がアップになる。この辺りがスローモーションで、もう少年漫画のコマ割りのようなカメラワークと編集がたまらない。そしてさっきまで歩けなかったはずの足が、次々にチンピラたちをバッキバキに蹴り倒していくこの展開も最高である。そして何故か彼の舌には爪楊枝が貫通していて、どうやらこの爪楊枝が「伝説のラジュ」の証らしく、チンピラたちがその爪楊枝を見て、「あ、あれは……!ラジュ!!」と震撼する。この謎のトレードマーク、舌に貫通した爪楊枝がアップになるシーンで私の笑いの地雷も貫通するのだが、ババちゃんをチラッと見ると笑う気配が全くないので、ここはおもしろシーンじゃないらしい。空気を読んで笑わないことにする。
そして悪者がどんどん倒されていくのだが、ぶっ飛ばされる悪者たちがいちいち空中で回転するところも漫画っぽくて最高だ。しかもちょっとスロモがかかっている。分かりやすく言うなら周星馳の「少林サッカー」をギャグじゃなくてとことん本気のアクション映画に落とし込んでいる感じである。
この最初の戦闘シーンで私はすっかり夢中になってしまった。こんなに純粋に楽しめる映画はなかなか無い。ストーリー展開も良いが、突っ込みを入れながら鑑賞するのも面白い。ラジュの「後悔」とか「挫折」とかが一切ないのも見ていてイライラしない。最初から最後まで、全戦全勝のヒーローなので楽に観れる。悪役のボスに至っては、オールバックにレイバンのサングラス、そして口髭が完全にフレディマーキュリーで(フレディもインドの血が入っているので納得はいく)、今にも地獄に道連れされそうな、急なそっくりさんの登場がまたもや私の笑いのツボを助走つけて踏み込んで来たが、やはりババちゃんは笑っていない。ここも空気を読もう。私だって「もののけ姫」の「そなたは美しい」のシーンで外人が爆笑しようものならしらけてしまうし、最悪今後の付き合いにも影響が出てしまうかもしれない。
ちなみに、この映画に限らず、ボリウッド映画は割と殺し方がえぐい。主人公の「正義の味方」も、相手が敵となれば全く情けをかけず、殺す間際に悪役顔負けの捨て台詞も吐くし、ザクザク刻むし、なんなら死体蹴りもする。ついに敵を追い詰めたところで、変な回想シーンとか「ため」の部分を作らず、秒で殺すのもなかなかリアルで悪くない。瀕死の敵を引きずり回してから首を掻っ切るとか、もはやどっちが悪役か分からないほどだ。性善説ベースの映画ばっかり見せられていた私たちにとっては、「おぉ、そこ殺しちゃうんだ」みたいな新しい驚きが詰まっている。悪役に至っては、子供も老人も女性もがっつり殺す。生々しくて嫌いじゃ無い。「セブン」なんかに出てくるサイコ殺人犯(byケビンスペイシー)なんて可愛く見えてくるぐらい、結構残酷なことをサラッとするので、インド人と揉め事はやめようと思ったくらいだ。
ハリウッド映画と違って、出てくるインドの街の光景や人も全く見慣れないからこそ面白いし、スラムなんかはさすが(と言ったら失礼だが)すごい迫力だ。
日本のネットフリックスで観れるかどうか分からないけれど、出来るならぜひ観て欲しい。
今までのアメリカ的ブロックバスターに飽きている人にはちょうど良いと思う。
そういうわけでボリウッド映画入門コースにいる私。あまりに奥が深すぎて、極める事は不可能に近そうだが、今後もいろんな意味で面白い映画があればぜひここで紹介していきたい。そして昨夜はババちゃんと酔っ払いながら、ボリウッドミュージックに合わせて踊りまくっていた。実は習っていたこともあるので元々好きなのだが、ボリウッドダンスは動きがシンプルで踊りやすいので、家で踊るとちょうどいい運動と気分転換にもなるはず。おすすめは、霊長類ヒト科のメスで一番美しいんじゃないかというディーピカ・パドゥコーンさまの映画のNagada Sang Dhol Baje(https://www.youtube.com/watch?v=PeCMmQHHDJA) フルで踊りきったら、痩せる。これはエキゾチック全開の映像美と音だけど、「ビルボードか?」ってくらいメインストリームな曲も踊りもいっぱいあるので、色々探ってみて欲しい。YouTubeでいくらでも観れるので、この自粛機会にぜひ。