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私たちの居場所|遥と彩 - vol.4

春の穏やかな午後、図書館の片隅にある小さなカフェで、遥と彩は向かい合って座っていた。二人のテーブルには、彩が選んだ新しい小説と、遥がそっと準備してきた手作りのお菓子が並んでいる。外の陽射しが窓から差し込み、心地よい空気が流れていた。

「この図書館、すごく気に入ってる。静かで集中できるし、建物自体がレトロで可愛い。」

彩がカップを片手に、楽しそうに周囲を見回す。

「うん、彩が気に入ってくれてよかった。」

遥は微笑みながら、彩の目がキラキラと輝く様子をじっと見つめていた。読書好きの彩にとって、こういう場所はまさに居心地の良い空間なのだろう。

「そういえばさ、『安達としまむら』でも体育館の2階っていう特別な場所が出てきたよね。」

彩は突然思い出したように話を振った。

「あそこ、ただの体育館なのに、二人にとってはすごく特別な空間だったじゃん。小説の中ではあまり言及されてないけど、大人になった二人にとっても、あそこはずっと大切な場所だったはずだよね。」

「うん、覚えてる。」遥は頷いた。「物語の最初の頃はね、なんとなくだった気もするんだけど、いつしか、あの場所は特別になっていった気がする。」

「そうそう!」彩は楽しそうに頷く。

「何の変哲もない場所なのに、誰と一緒にいるかで意味が変わるって、なんか素敵だよね。」

遥はその言葉を聞いて、小さく笑った。

心の中で、「私にとっての特別な場所は、彩といるどこかかな...」と考える。けれど、それを言葉にする勇気はなかった。

彩がふと、目の前の小説に視線を落としながら、軽く息をついた。

「ねえ、遥ってさ、自分が周りの人にどう見られてるか気にしたりする?」

「え?」

遥は驚いて、少し間を置いて答えた。

「そりゃ、気にするよ。自分に自信ないし、あんまり目立ちたくないし...」

彩はクスッと笑った。

「でもね、私は遥のそういうところが好きだよ。控えめだけど、すごく優しくて、なんていうか...安心できるもん。」

「そ、そんなことないよ。」遥は顔を赤らめながら、慌てて否定した。

「私なんて、彩みたいに自分を持ってるわけじゃないし、いつも彩に助けられてばっかりで...」

「え、助けてる?」彩は首を傾げる。

「むしろ私、いつも遥に元気もらってるよ。だって、遥といるとホッとするんだもん。」

その言葉に、遥の心が温かくなる一方で、強い引け目を感じる。「本当に彩にとって私は支えになれてるのかな?」という不安が頭をよぎった。

しばらく沈黙が続いた後、彩が小説を手に取り、遥に微笑みかけた。

「ねえ、次の週末、またここに来ない? それまでにこの本、読んで感想を話し合おうよ。」

「うん、いいよ。」遥はその提案に安心したように頷いた。

「彩の選んだ本なら、きっと面白いんだろうな。」

「もちろん!」彩は得意げに胸を張った。

「これ、すごく私の好みに合うと思うけど、遥も絶対気に入ると思う。」

その帰り道、夕暮れの街を並んで歩く二人の影が、舗道に長く伸びていた。遥はふと、隣を歩く彩の横顔を見つめる。自分にとって、彩の存在がどれほど大きいかを改めて実感する瞬間だった。

「体育館の2階みたいにさ、ここも私たちの特別な場所になるといいな」遥は勇気を出して呟いた。

彩は少し驚いた表情を浮かべた後、ふんわりと微笑んだ。

「もうなってるんじゃない? 遥が一緒にいる場所なら、どこでも特別だよ。」

その言葉に、遥の胸は静かに高鳴った。彩といる日常が、いつしか「特別な居場所」になっていくのだと感じながら。


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