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穏やかな午後|遥と彩 - vol.3
公園のベンチに腰掛ける二人の姿があった。冬の終わりの陽射しはやわらかく、冷たい空気を和らげている。遙は持参した保温ボトルを開け、温かいココアを彩のマグに注いだ。
「ありがとう、遥。ほんとに気が利くよね。」
彩はココアを一口飲んで、ホッとしたように微笑んだ。
「そんなことないよ。彩こそ、今日みたいな穏やかなとこ見つけるの上手いよね。ここ、ほんとに静かでいい場所。」
遙もマグを持ち上げながら、目の前に広がる風景を眺めた。子どもたちの笑い声が遠くに響き、鳥のさえずりが風に溶けている。
「こうして一緒にいると、1年前が嘘みたいだよ。」
彩は静かに呟いた。
「フォーラムのコメントに返信したのが、こんな風に私たちをつなぐなんて思いもしなかった。」
「私も同じ気持ちだよ。」
遙は笑みを浮かべながら答えた。
「あのとき、返信を見て手が震えたんだ。まさかAYAが彩だなんて。でも、勇気を出してDMを送ってよかった。」
「うん、私も。あのときDMを見て心臓が止まるかと思ったよ。」
彩は笑いながら肩をすくめた。
「でも遥がいたから、『安達としまむら』のことをあんなに語れたんだと思う。私、今でも思い出すよ。『好きな人がいたけれど、何もできないままでした』ってコメント。あれがなかったら、ここにはいないかも。」
「ふふ、なんだか恥ずかしいね。」
遙は耳を赤く染めながら目をそらす。
「でも、あのとき彩がすごく熱く語ってたのを覚えてる。『安達としまむら』の魅力が、二人の微妙な距離感にあるって言ってたでしょ?」
「そうそう!なんかね、あの繊細な関係が、私の高校時代の気持ちそのままでさ。」
彩は目を輝かせた。
「でも、今は違う。こうして遥といると、もっと自然にいられる。…ううん、それ以上に幸せかな。」
遙は彩の言葉に静かにうなずきながら、ふと空を見上げた。
「私もね、『安達としまむら』を読むたびに、彩のことを思い出してたんだ。高校のときは勇気がなくて近づけなかったけど、こうして一緒にいられる今が信じられないくらい幸せだよ。」
風がそよぎ、二人の髪をかすめた。その空気に一瞬の沈黙が生まれるが、それは心地よいものだった。
「ねえ、遥。」
彩が少し照れたように口を開いた。
「次の連休、また一緒にあのカフェに行かない?『安達としまむら』の話で盛り上がった、あの場所。」
「もちろん。」
遙は笑顔で答えた。
「その時は、彩のために手作りのお菓子を持っていくね。」
二人は顔を見合わせて笑った。1年前、フォーラムのコメントで始まった物語は、穏やかな幸福感に満ちた新しい章を紡いでいた。
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