神様は乗り越えられる試練しか与えない
2024年9月24日火曜 晴れ
毎日クーラーを付けっぱなしで寝ているが、今日は少し寝苦しく早めに目覚めてしまった。
おそらく外気温の方が涼しいのであろう。
少し秋の訪れを感じた。
ゴルフをした翌日なので、体が少しだるい。
酔っ払ったおじさんを背負ってる感じがする。
洗面台に向かって顔を見たらパンパンに浮腫んでいた。天使たる所以はなかった。
そういえば書き忘れていたが、わたしが天使たる所以を見せたのは、16歳の頃である。
後天的なエンジェルタイプだ。
ちなみに、苺天使と書いて、ストロベリーエンジェル読む。
念のためお伝えしておくが、苺天使は本名ではない。
私の下の名は、一般的でありふれており当時の流行りの名前。
各代に約3名くらい同じ名前の者がいた。
そうなると、あだ名戦争という恐ろしい争いが起こる。
下の名前で呼ばれるのはたった1名。
私はその人を"オリジナル"と呼んでいる。
残りの2名は下の名前で呼ばれることはなく、名字で呼ばれたり、時にトリッキーなあだ名を付けられ、辱めを受けることもある。
彼らにとって、自分の名前を呼ばれるのは家の中だけである。
私はその人達を"コピー"と呼んでいる。
私の統計的に、"オリジナル"になる人は、ヒエラルキーの上位にいるものだったり、一人称が自分の名前の人が多い。
薄々気付いていると思うが、私は決して、オリジナルになることはなかった。
オリジナルだった場合こんな話はしない。
わたしはインキャなので、ヒエラルキーの下位に位置していた。
しかも一人称の変遷は、ウチ→ワイ→ワタシだったので、自分からの主張も弱かった。
ただ、いい歳して自分の名前を一人称にするのは恥ずかしいという鋭い感覚を持っていた自分は称えたい。
そんなこんなでオリジナルの座は、キラキラ1軍女子か、ぶりっ子女に持っていかれた。
千と千尋の神隠しでは、名前の一部分だけを取られる仕組みだが、もっとひどい。
私は下の名前を全部取られ、名字で呼ばれていた。
もしも結婚したら、一瞬にしてアイデンティティーを失われる恐ろしい状況に陥っている。
背中に拳銃を突きつけられている気分だが、結婚の予定どころか彼氏もいない。
わたしは"コピー"としての人生を歩んできたが、16歳の時、ふとこのままでいいのか?と思い、呼び名を変えようと決意した。
どうせなら可愛い名前にしたいと思った。
可愛いといえば、苺に違いない。
ただし、苺だけだと、フルーツの話になるたびに自分が呼ばれているのではないかとドキドキしてしまうので、もう一つ何か付けたいと思った。
苺フラワー、苺ぽふぽふ、苺、、、、
色々案を考え始め、ついに苺天使という名前にたどり着いた。ビビッときてしまった。
あの時の感動は忘れない。
翌日、みんなに私のことを苺天使と呼んでくれと伝えた。
誰も呼んでくれなかった。
名字の呪縛は、自分の想像よりも強固なものだった。
わたしは諦めなかった。
イメージ戦略が需要だと思い、毎日紙パックの苺ミルクを飲み始めた。
正直味はあまり好きじゃないし、リプトンのミルクティーが飲みたかったが、努力し続けた。
お腹の調子が悪い日だって飲んだ。
1本虫歯があったけど、苺のハイチューを食べたし、タイミングをみて一人称をエンジェルにしてみた。
我ながら完璧な宣伝だと確信した。
しかし世の中は残酷なものだが、誰1人私のことを苺天使と呼ぶものはいなかった。
ただし、まだわたしは諦めていない。いつか名字に打ち勝つ日を信じて、それ以来もずっと苺天使と名乗り続けている。
かなり日記から脱線したが、
昼仕事をして、夜は脂肪冷却をしに行った。
そして家に帰ってから悲しいことが2つあった。
まず1つ目は、ずっとクーラーをつけていたが、外は涼しいことに気付いて窓を開けようした時に、完全にロックが外れておらず、圧力が指にかかって、左手の人差し指の爪が折れてしまったのだ。
ネイルが割れて剥がれてしまったので、カビが生えないように、早めに塗り直しに行かないといけなくなった。ネイルは苦手で、極力行かないように粘っていたので、ショックだった。
そして2つ目。晩御飯は、出前館で弁当を注文したのだが、玄関前に置き配で、チャイムを鳴らしてくださいと記載したにも関わらず、チャイムが鳴らされなかった。
届くのが遅いなと思って、アプリを開いたら、配達完了になっていたので、慌てて玄関を開けても何も届いてなかった。
あれ?誤配か?と思ったが、もしや、、と思って、1階のエントランスに降りたら、オートロック前のインターホンの横に、私の弁当が置かれていた。
広義の意味での玄関前だった。
エントランスを私の家の玄関だと捉えたことがなかった。
無性に腹が立ったが、まずは弁当の命が優先なので、苛立っている場合ではない。
慌てて弁当の元に駆け寄り、弁当を触るとひどく冷え切ってしまっていた。
食べたが、普段より美味しくなかった。
最近JINを見ているのだが、「神様は乗り越えられる試練しか与えない」という言葉がよく出てくるので、私もよく引用している。
爪が割れたことも、弁当が冷え切ってしまったこともきっと神様が乗り越えられると思ったから、与えた試練なのだろう。
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