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懐旧と言葉にできない思い
関東地方は連日連夜、皮膚を焦がす光が降り注ぎ、クーラー無しでは寝苦しい日が続いている最近。
「最近」とは言っても、スパッと梅雨が明けた8月からずっとな気がする。
今年の夏は、キリ良く勢いよく、梅雨を跳ね除け、THE 夏!と言わんばかりのスタートを切ったように感じる。
交通量の多い通りに面した南向きの厚手の窓を何とかすり抜けて、日中は蝉の大合唱が聞こえる。住宅地だからたいして木も多くはないのに、どこからともなく、大音量でデュオとかトリオとか、調子がいいとカルテットが聞こえるのである。
毎年、蝉の声を聴いていると、「八日目の蝉」を思い出す。
そんな中、1週間の夏季休暇をもらったので、前半は帰省することにした。
県は違えど同じ関東圏内に実家は位置しているので、仕事終わりに荷物を簡単に詰め、晩ご飯を食べて電車で帰宅した。
コロナの影響で、平日でも座れることに感謝しながら、ゆらゆら地下と地上を行き来していたら、最寄り駅についていた。
小さな駅でも全ての電車が止まるので、便利な最寄り駅。
そしてなにより、少し寂れた感じがしつつも、降りる人々が多いこの駅が好きだった。
そんな最寄り駅の目の前には、数年前までスケートセンターやプールが入った建物が建っていた。
冬になると、町内の行事でスケート大会があった。
町内での貸し切りだったから、顔見知りの友達たちと、自分たち以外誰一人滑っていない広大なリンクを、わいわいはしゃぎながら滑っていた。
保護者はだいたいお決まりの、リンク際での井戸端会議をしていた。
数年前、夕方に帰省すると、その建物がすっかりきれいになくなって、広大な更地になっていた。
あまりにも驚いたので、改札を出た瞬間に止まってしまった。
広大なリンクは跡形もなく、更に広大な更地になっていた。
その1年後に、広大な更地は、広大な駐車場へと変貌していた。
その駐車場の横にあるローソンで、缶チューハイを1個購入してから、帰路に就いた。
ワイヤレスになったイヤホンからは、ビル・エヴァンスとジム・ホールのアルバムの曲が流れていた。
気分はさながら、バーである。
人気の少ない住宅街へ向かって、缶チューハイを傾けながら歩く。
照りつける太陽がないとはいえ、夜はそれでも蒸し暑かった。
それでも心なし、なんだか楽しく歩けるのは、大人になって手に入れることができたアイテムたちのおかげなのかもしれない。
そうして帰路も半ばまで歩いていると、右手に雑草がそよぐJTの敷地が出現した。
今年の頭まではあった、閉鎖された建物は取り壊されており、この時はもう、虫の鳴き声が寂しく聞こえる空き地と化していた。
実家までの道のりを駅から繰り返し歩いていると、様々な物が様変わりしている。
それもそのはずで、月日は経っていくのである。
そうしてわたし自身も、無事に今年、三十路を迎えているのだから。
駅から実家までの帰路。
6年間通った小学校への通学路。
友達と駆け回っていた田んぼや畑の小さなあぜ道。
その道をたどると、多くのものがなくなり、多くのものが新しくできていたりする。
新しいものが出来ていく傍らで、それを客観的に眺めていると、凄いなと思う反面、何かが小さく崩れていく音が遠くから聞こえてくる気がする。
それを懐旧とでも、ノスタルジーとでもいえばいいのだろうけど、もっとその奥深く、虚無にも近い心境も混ざっているから、何とも言えない。
悲しくて寂しくて虚しいような思いをまた箱にしまって、
月を仰いで缶チューハイを傾けた。
おしまい
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