空撮のオキテ
〜空撮ってなんだろう?〜
つまりカメラが地上から離れた状態で映像、画像を撮ることがすべて空撮となるわけです。自分がカメラを持って飛んで撮る、もしくはカメラだけを飛ばして撮る、そのすべてが空撮。
航空写真家、空撮カメラマンとして私がこれまで使用してきた空撮するための道具は、最初は実機ヘリコプター。そして小型飛行機、モーターパラグライダーと続き、その中から現在は、ヘリコプターとドローンの二つに絞られてきました。他に私がやっていないことでは、凧やバルーンでの撮影などがあります。
さて、そういったどんな道具を使ったとしても、空撮をする上で必ず留意するべきポイント、があります。いうなれば、空撮のオキテ。それは…、
〜撮影機材を意識させないこと〜
空撮も含めておよそ撮影というものの基本は、「撮影機材を意識させないこと」が第一です。どんな人がどんなカメラをどんなふうに使って撮っているかなど、カメラに特別な興味がある人以外、見る人にとっては関係のない話。空撮映像であれば、見ている人があたかも空中に浮かんでいる、飛んでいるかのような気持ちにさせることが重要だと思います。
空撮のために飛ばすドローンは、いわゆる機械です。乱暴な操縦をすれば、撮られる映像もそのまま機械的に乱暴なものになります。目が追いつかないような高速や、カクカク変わる画角、ギュンギュン回る機体…。しかしその映像を見るのは人間ですから、人間の脳の処理能力に沿ったマイルドな撮影方法や、速度、角度、方向などを意識していないと、たちまちその空撮映像は人にとって不快なものになります。
〜空撮の構成要素を考えよう〜
地上で三脚を立てて映像を撮影した場合、地上に於けるカメラの位置は固定されて二次元的となり、撮影される映像を構成する要素は、X位置+Y位置+パン+チルト+ズーム(画角)+映像尺(時間)の6要素くらいになります。(三脚の高さは空撮に比べるとほぼ地表と考えていいのでZ位置要素は割愛。)
これが空撮となると、構成要素は飛躍的に増えます。ドローンは3次元で自在に動けるので、機体の3次元の位置(X・Y・Z)+ドローンの移動速度(前後進+左右+垂直方向)+パン(Yaw)+カメラのパン+チルト+ズーム(画角)+映像尺(時間)の11要素が絡んできます。(実際はそれ以上、カメラのシャッター速度、絞り、フレームレートなども複雑に要素に入ってきます)
つまり、非常に自由度の高い撮影方法が可能になってしまうわけです。自由度が高いということは、三脚に据えたカメラでは出来ないことが実際に出来てしまうということ。例えば、「谷の中を左右に振りながら高速で抜けたあとバックして急上昇」とか、「グルグル回りながら上昇しつつ、ズームする」等といった無茶な感じでもできてしまう。
けれど生身・自力で飛ぶことの出来ない人間の眼には、そんな自由すぎる映像についていける能力はありません。あっという間に悪酔いする。ゆえに、要素の使い方を意図的に制限し、引き算しながら撮影する必要があるのです。
〜要素を絞る〜
ドローンという魔法の撮影道具を手に入れて、色々な動きを映像に残したい気持ちはわかります。しかし見る人の立場でいえば、極めて単純化したゆっくりとした映像のほうが受け入れやすい。宙返りをするようなFPVレーサーの映像などは迫力あるけれど、大画面で長い時間は観ていられない。見ている人が不快にならないためには、たとえ多少ダイナミックさが欠けても、安定した映像を優先したいものです。ドローン空撮に慣れるまでは、なるべく単純化した動きに留め、動き出しと止めに磨きをかけるほうが、カットとして使いやすい映像を撮影できると思います。
良い具体例
単純な上昇
対象物からの距離を変えない単純な上昇。上昇に伴って画角内に空が多くなってくるので上昇スピードに合わせてカメラチルト動作。
単純な前進
一定のスピードで前進。木々や枝、花などの間を抜けるような絵面にすると、単純な前進でも充分美しい。カメラチルトはゆっくり調整する程度に。
単純な後進
対象物から一定のスピードで後進。後ろから対象物が出てくる新鮮を表現できる。実際には一回前進で撮影した同じルートを後進するようにして、障害物へ衝突するのを避ける。撮影対象物を動画の消失点と合わせて、カメラチルト角と同じ角度で遠ざかると、ズームアウト的な映像も撮影できる。
難しい場合や、後進だと障害物を避けられない場合などは、前進を撮影して、逆再生する方法もあります。ただ、車や人、波など、時間経過がわかるような背景が映り込むと、逆再生がわかってしまいます。
(ただ、映像の専門家でないと、「逆再生ではないか?」と、見ない限りは大抵の人は気が付かないのですが・・・・
単純な回り込み
撮影対象を一定の距離で旋回しながら撮影する、ノーズインサークルという手法。映像伝達が確立されていない頃は難易度の高い方法でしたが、映像伝達が確立された現在は比較的容易に撮影できるようになりました。センタリングや黄金比の維持、撮影対象が画面からはみ出さないようにするための対象物との距離の調整を、モニター映像を見ながらできるようになるのが望ましい。
ここまでは、まず構成要素を絞って単純なカメラワークにすることの重要性について話しましたが、具体的にはどうでしょう。
〜パン厳禁〜
空撮の映像酔いの一番の原因が、パンの動作による回転する視界です。パンをできるだけ排除することは、酔わない映像を撮るための近道となります。
私がドローンでの空撮を始めた頃にも、既存のシングルローターラジコンでは映像を撮影されている方々がいました。しかしその場合カメラオペレートをしているのはカメラマンではなく、シングルローターのラジコンパイロットがそのまま撮影も担当していることがほとんどでした。そして当時のそういった映像は、おしなべてパンを多用するものが多くありました。
ドローン登場以前のシングルローターラジコンの操縦には、現在のドローン操縦に比べ、はるかに高い操縦技量が必要でした。そのためか録られた映像には、その技量をアピールするようなパンの動作が多かったように思われるのです。しかしパンが多いと人は視線を定めることができず、どうしても映像を目で追おうとしてしまう。だから酔いやすくなるのです。
現在の安定性が高いドローンでの、速度のついた状態でのパン動作は、映像酔いの一番の原因だと思っています。どうしてもパンが必要なときはドローン自体は停止状態に。もしくはパンが必要ないところまで引いたフィックスの映像等で代替することを心がけましょう。
「消失点を意識した画創り」
前進方向の動きのある映像の場合、画角の中に消失点を意識して入れるようにしましょう。前に進んでいくような映像を見ていて、進む方向がはっきりすると、そこを見ますよね? ディズニーランドのスターツアーズのワープ画面を思い出してみてください。星々がまたたく画面の真ん中に、ブラックホールのような消失点があって、酔いにくくさせています
画角の外に見せたい何かがある場合、パンをするのではなく、見せたい何かを中心にして回りこむ。画面全体が動く要素があるなかで、止まって見えるものが映像の中にあることで、視線をそこに集中する。それによって注目度をその点にフォーカスできますし、人間がみて酔いづらい映像を作ることができます。
私が空撮を担当している番組の「空から日本を見てみよう+」でも、可能な限り、水平線を入れて撮影しています。この番組は前進する空撮映像ですが、水平線と消失点を意識して入れることによって、動きが少ない場所を必ず作っている。そこで視線を休ませる事ができるので、長く見続けても疲れない映像になっているのです。
「センタリングと黄金比をキープ」
地上で撮影している者にとっては基本中の基本ですが、空撮となるとなぜか蔑ろにされてしまいがちなのが、センタリングと黄金比です。
オーソドックスなドローン空撮をするときは、カメラが回っている間は常に、センタリングや黄金比を意識して、きっちりとした構図になるように心がけましょう。キメのカットでセンタリングや黄金比にそった被写体の配置にもっていく操縦技術は、映像全体の見栄えをレベルアップしてくれます。
参考例として、私が撮影した松本城と松山城の動画を御覧ください。
(松本城の場合)
松本城は要素を相当絞ってある。上昇しつつチルトダウンからのフィックス、前進、横ドリー、ドリーバックからの中庭フィックス、上空俯瞰での前進、回り込み2カット。構成をかなり単純化している。中庭の石の意味と、黒い外壁の意味、市民で守りぬいた松本城の歴史なども参考にいれてカット割り。本当はもう少し引いた松本の城下町と松本城の景観も入れたかったが、それは実機へリの担当カットとなり、ドローン空撮の中では割愛。
(松山城の場合)
アシスタントとして同行者が一名いたものの、カメラオペはできなかった。機材は18インチヘキサコプター+Z15+GH4、LightBridgeで電送。モニターにカメラ用プロポをぶら下げ、パイロットとカメラ操作を一人二役で撮影。
二の丸史跡庭園という、二の丸御殿間取りを再現した庭園。幾何学的美しさを効果的に見せるため、センターをきちんと出した後に真上に上昇するカットを撮影。二の丸史跡庭園から、山の高いところに天守があるのを説明するために前進+上昇、同高度になってセンタリングを意識してキメ。
車で山の途中まで上がり、そこから機材を担いであげる。連立式天守を説明するやや俯瞰カット。山頂の広い場所のセンターに撮影場所を陣取り、縦長の広い山頂の敷地を前進ドリー、天守を比較的ヨリ気味で上昇旋回回り込みカット。松山城は高い石垣が有名だが、石垣は麓からはほぼ見えず、山頂まで登ってしまうとまた見えなくなってしまう。そこで空撮ならではのカットとして採用。石垣をみせつつ、天守を3分割黄金比に位置させて、消失点を意識しながら前進、接近、センタリングでキメ。山頂に天守閣があるのを意識させるために低めに少し引いて、水平旋回。ヌケが比較的良い日だったので、天守と背景が逆に動くような効果を意識。ドローンが天守に隠れないように(電波断によるGoHomeでの衝突を未然に防ぐため)、モニター内で自分の位置と天守を確認しながら旋回。この時、機体の水平移動とそれに合わせたカメラパンの操作を、2つのプロポを一人で操作しながら撮影。
天守ヨリ水平旋回(右回りの素材しかなかったので、左回りに逆再生)。街中に松山城があるのを見せる目的で、背景に市街地が広がっている方向で天守を越えるようなカット2カット。最後は市街地。
と、まあ、ここまでが2016年当時の記事の引用です。
この当時に比べて、遥かに様々なビデオコンテンツにドローン映像が差し込まれています。
中には、この当時はあまり多用されていなかったFPVレーシングドローンでの映像が増えてきました。
迫力ある映像は、様々なカットで実に生き生きとした映像を見せつけてくれています。
そんな映像を見てから改めてこの記事を読み返すと、
自分で「古くせえ事言ってんな」とすら思います。
しかし、方やNHKなどで迫力のある映像を大画面で見せたりする場合は、
「やはり、この「オキテ」は間違ってはいないな」とも思います。
みなさんはご自分のスタイルにあった自分の「オキテ」を見つけてみてください。
ビデオSALON2016年5月号6月号「前略 空からお邪魔します。」掲載
2022年3月加筆修正