「二十代の直感を昇華させて、新しい直感へ。」サファリ・Pインタビュー
言葉と身体。トリコ・Aとサファリ・P。
天野 自己紹介をお願いしてもいいでしょうか?
山口茜 京都で演劇活動をしている「トリコ・A」というユニットと「サファリ・P」というカンパニーを主催しています。
天野 ありがとうございます。今ちょうどお話に出た「トリコ・A」さんと「サファリ・P」さんの、団体名のお名前の由来ってなんですか?
山口 両方私がつけたわけじゃなくて、「トリコ・A」の方はその時メンバーになる予定だった人がつけてくれて、「サファリ・P」はその時メンバーだった人がつけて。両方の名付け親と今は一緒に活動してないっていう(笑)。
天野 そうなんですね(笑)。団体名についているアルファベットが、"A"と"P"じゃないですか。
山口 それはね、偶然というか。「サファリ・P」の方が「トリコ・A」に合わせてつけました。
天野 "トリコ"と"サファリ"って、どういう意味合いなんでしょうね。
山口 トリコは、「トリプルA」のトリプルから"トリコ"にしたりとか、「虜(とりこ)になる」とか、割とポジティブな意味があって。「サファリ・P」の方はクジで決めたんですけど、結果、ボクサーだったり、ブレイクダンサーだったり、日舞だったり。立ち上げ当初はいろんな出自の人がいたので、「サファリパークみたいだな」って後から納得しました。
天野 なるほど!サファリパークで「サファリ・P」。今回はサファリ・Pさんとしての出演ということで。サファリ・Pさんは身体表現のイメージが強いのですが、山口さんのクレジットには"脚本"と書かれていまして。お芝居なのか、身体表現なのか、どんな作品なんでしょうか?
山口 私が二十代最初の頃に「演劇をやりたい!」ってなったのって、お芝居はもちろん、テレビドラマの影響も強かったんですよね。セリフを書いて、俳優がリアルな演劇的な演技をする、みたいなことをやってたときに、俳優の身体の在り方とか、セリフの吐き方とかにすごく興味があるっていうことに気づいたんです。ストーリー性よりも。気づいてというか、気になってしょうがなくて。
山口 そういう、自分の「これが求めている身体だ!」って思うものがどこにあるのかを、ずっと探しているようなところがあったと思います。なので、サファリ・Pはどっちかっていうと、「じゃあパフォーマンスっていう入口から入ってみよう!」って思ってやっています。
天野 「トリコ・A」さんが言葉。サファリ・Pさんが動き、ということですかね。拝見したサファリ・Pの作品の中で、全部が全部そうではないと思うんですけど無表情が多いというか。作品からすごい圧を感じました。パリコレみたいというか…。
山口 あはは(笑)。表情も、それでいいと思ってやってたわけじゃない、って言うと語弊があるんですけど、「その時はそれしかできなかった」て。今はまた変わってきてはいると思います。
自分を放牧。ほっといたから湧く直感。
リョウゴ 昔はそれしかできなかったけど、今は少しずつ変わってきましたとの事ですが、削ぎ落とした先に、パフォーマンス自体はどう変わっていきましたか?
山口 そうですね…。20代の頃は何も考えずに無意識で演劇をやっていました。なんでも直感でバン!と出す。それが30代の時に全部信じられなくなりました。
天野 ほう。
山口 なんかうまくいかない。きっと、何にも考えずにやったのがダメだったんだ!と思ったんです。戦略を立てずに、ただただ直感でやってきたことがすごく嫌になって、全部戦略でやらなくちゃ!みたいな考えが出てきた。だから今度は全部を意識的にやろうとしたんですけど、やっぱりどうもうまくいかない。
山口 『悪童日記』(2024年4月 THEATRE E9 KYOTOにて上演)の原型とか、多分(天野さんが)ご覧いただいた作品は三十代後半から四十代前半に作ってるものなんです。そういう、意識だけで作ろうともがいてた時期なんですけどその時期に、無意識なものやソリッドな感じ、いわゆる全てを削ぎ落としたシンプルなものが出来上がってきたんですよね。
天野 はい。
山口 で、四十代になって、自分の無意識とか直感みたいなものがもう一度信じられそうになってきて。想像とか、目に見えないものにつながるっていうことが重要だと感じるようになったし、そのつながり方を「どう楽しんでいくか」がクリエイションということなんだなと。20代の頃の、パッと思いついたことをそのままやる、というスタイルは確かに違ったけど、パッと思いついたことを切り捨てるんじゃなくて、それを起点に掘り下げていくんだよなっていうところに到達しました。
山口 無表情とか棒読み(の演出)を経て、もう一度そのセリフにニュアンスをつけるっていうか。例えば声優のような、癖のある分かりやすいキャラクタライズされた喋り方っていうものをどうやったら自分の作品で扱えるんだろうか、とか。そういうことを試せるようになってきました。
天野 直感を掘り下げられるようになってきた、というか。
山口 そうですね。自分自身から出てくるものはこれしかないんだっていう、ある種いい意味での諦めというか。昔は自分じゃないものになろうとしてたんだと思います。もしかしたらリョウゴさんが聞いてくださっていることとちょっと違うかもしれないんですけど。
リョウゴ いえ、僕が聞きたかったことはそういうことでした。僕は整体師をやってるんですけど、歳を重ねると見たくないものも見えてくるので。それを自分の中でどう折り合いをつけるのか、というところに通ずるのかなって思いました。
山口 ちなみに、具体的に何が見たくなかったものだったんですか?
リョウゴ どうしても一人で経営してると楽なようで楽じゃないじゃないですか。自分はお客さんに対してこういう風にしたいなって思う部分とか、(実際の)お客さんとの折り合いとか。自分が思っていることが、人を通すことによって、違う形で受け取られてしまう事もあるので。自分の思いを、どう伝えたらいいのかなっていうのを、もがきながらやってる次第ですね。
天野 山口さんは、二十代に持ってたご自分の直感と今の直感で、「ここが違うな」って思う部分はありましたか?
山口 あんまり変わらないかもしれないですね。でも二十代の時は精神的にしんどい時期だったので、無理やり出してたかもしれなくって。
天野 直感を?
山口 はい。あとは常に「考えねば!つくらねば!やらねば!」っていうのも強すぎて。ずっと自分を縛りつけて、でもそこから逃げようとしてる自分みたいなのに引き裂かれてる状態でした。中には良い直感もあったんでしょうけど、しんどいものも多かったような気がします。
天野 今は、ポンッて自然に出てくる感じがしますか?
山口 します。それに、「放牧」って感じ。ほっとくっていうことが、不安じゃない。これは大きいかもしれないです。不安だったんですよね、前は。ほっとけなかったんですよ、いろんなことが。ほっとけないけど、管理できるわけもなくてダメになって。今はほっとけるし、ほっとくと止まらなくなるというか、直感が湧いて湧いて。
天野 私ちょうど、今年で二十九歳になりまして。
山口 おぉー!
天野 山口さんがおっしゃっていた、いやになっちゃう時期なのかなって思って。
山口 いやになってるんですか?
天野 そう思う事が増えたような気がします。でも逆に、先人たちの声みたいなものが聞けて、勝手に安心もしました。もちろんそこまでに育てなきゃいけないものも、きっといっぱいあるんだと思うんですけど。
山口 うーん。育てなきゃいけないものは無いと思います(笑)。むしろ安心してゆったり構えていて欲しいです。そっか、二十九ですか。
リョウゴ 山口さんは今がいろいろと一番楽しそうですね。年齢も僕とすごく近いので共感できますし、自分も今が一番楽しいです。
山口 ほんとそうですね。私、五十歳近くなって幸せになれると思ってなかったので、まさにそれ!今が一番楽しく幸せだ!って感じですね。
天野 なんかいいな…私も早くそっちに行きたいです!
我が家のちっちゃいプロデューサー
天野 今回の演目が『おちゃのじかん』という事ですが、やっぱり静岡に住んでる身としては…
山口 …あ、今気付いた!ほんまや!全然わざとじゃなかったんです(笑)。
天野 そうなんですか!?「あ、静岡だからお茶なのかな?」っていう意味だと勝手に思ってました!
山口 驚きの考えてなさぶりでしたね。ホンマですね〜静岡ですね。このタイトルも直感で出したものだったんです。だから全然、「静岡に行くし、”おちゃのじかん”にしよう!」とか考え抜いたわけではなくて。
天野 逆にすごいですね。
山口 でも多分、絶対何にもなかったわけじゃないと思います。昔、静岡によく行っていたことがあって、静岡のお茶が常に家にある状態だったので。無意識ではつながってたかもしれないですね。
天野 つながってると信じて。あとはあらすじに「怖くなってしまったらごめんなさい」って書いてあるんですが、なんか…怖い感じですか?
山口 いや、怖くしたいわけでは無いんです。そうですね…これは20代の時のクリエイションに近いかもしれないんですけど、最近、家で毎日子どもに「ゼロから話を作れ!」ってせがまれるんですよ(笑)。あらゆるシーンで言われるんです。お風呂入ってる時も、寝る時も、朝起きた時も…。千本ノックみたいにお話を作らないといけないんです。しかも、私が喋り出すと「違う!」とか言って話の展開を変えられたり。すごいジャッジが入るんです。
天野 プロデューサーみたいですね(笑)。
山口 そうなんです。で、私が勝手に喋ってるとどんどん怖い話になっていくんですよ。それを娘が嫌がるんです。
天野 それはホラー的な怖さですか?
山口 というか、聞いてもらう人に「この先どうなるのかな?」って思ってもらうための私の手数が少ないんでしょうね。ワクワクするようなこと、楽しいことでフックを作れたらいいのに、「その家はとっても薄暗くて」とか言っちゃうんですよ。そうすると娘が「やだ〜明るいお部屋がいい」とか言ってきて。
天野 かわいい!
山口 でも明るい部屋でにこにこパーティーしてるだけじゃ話続かないよ!みたいな(笑)。
私はどうも、おどろおどろしいところに行く傾向があるのだな、ということもあって。(今回の作品を)子どもさんも見るかもしれないから、怖くならないようにしようと思ってはいるのですが、念の為、あれを書いたというところです。
天野 「もし怖くなっちゃったらごめんね」っていう感じですね。
山口 そうですね。あ、ちっちゃい方が帰ってきました。
(山口さんのお子さんが画面上に登場)
天野 こんにちは。
山口 この人がお話を強要してくる人です。
天野 例の方ですね。将来が楽しみだ。
山口 あははは!
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