『もしも KADOKAWA の担当編集が SAO のデスゲームに巻き込まれたら』第五話
第五話:「ホルンカの村と疑念の影」
◾️アインクラッド第一層 ホルンカの村
アインクラッド第一層の南端に位置する小さな村、ホルンカ。
その入口に、一人の女性がボロボロの姿で佇んでいた。
髪は汗で頬に張り付き、服には草や泥が付着している。
を整えながら、彼女は疲れた声で呟いた。
「どうにか……着いた……」
その言葉には安堵の色が滲んでいたが、その顔には疲労が浮かんでいた。
ヤマダリョウコ。デスゲームと化した《ソードアート・オンライン》の中に転生し、生き残るために奮闘を続ける新米プレイヤーである彼女は、これまでの道中を思い返し、ふと肩を落とした。
「ポップして襲ってくるモンスターがみんなリアルすぎて……臨場感ありすぎ……」
彼女の頭には、始まりの街を出た直後の出来事が鮮明に蘇っていた。
村を目指して進む中、茂みから飛び出してきたのは牙をむくダイアーウルフだった。
その鋭い目と咆哮は恐怖そのもので、ヤマダの足はすくみかけた。
しかし、彼女は叫びながら全力で駆け出した。
「私にはミトちゃんがいないぃイイイイ!!」
涙目になりながら逃げ続け、どうにか距離を取ったものの、体力ゲージは半分近く削られていた。
さらに進むと、次に現れたのは突進してくる巨大なイノシシ型モンスターだった。
手にした剣を振るい、どうにか倒した時、彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。
「どうやらFNC(フルダイブ不適合)ではなかったみたい!!」
その後、巨大なハチと遭遇し、必死の攻防を繰り広げたヤマダ。
最後に振り抜いた一撃が命中し、モンスターが崩れ落ちた瞬間、画面にはレベルアップの文字が浮かび上がった。
「めっちゃ嬉しいやん!!」
喜んだのも束の間、気づけばさらなるモンスターに囲まれ、無我夢中で剣を振りまわし、死地を切り抜けていった。
……などなど、とにかく盛りだくさんの内容だったのだ。
20代前半の女子には、レベルデザインの難度が比較的高いSAOのファンタジー世界は試練そのものだった。
現実に戻った彼女は、大きく息を吐き出し、剣を握り直した。
「さっそく《アニール・ブレード》を手に入れるために、《森の秘薬》イベントを……」
目標を胸に再び歩き出したその瞬間、背後から声をかけられた。
「ねえ、せっかくだから、クエ、協力してやらない?」
柔らかな声に振り向いたヤマダの目には、ニコニコと微笑む若い男性プレイヤーの姿が映った。その笑顔は一見すると人懐っこい。
『プレイヤーネーム コペル』
その名前が頭上に浮かんでいるのを見た瞬間、ヤマダの表情は強張った。
「結構ですッッッッッッ!!!!」
彼女は叫ぶと、振り返りざまに全速力で走り出した。
「あ、ちょっと」
後に残されたコペルは困惑の表情を浮かべる。
「なんか、変なことしちゃったかな?」
だが、逃げ去る彼女の背中を追おうとはしなかった。
※ ※ ※
村外れの草原にたどり着いたヤマダは、膝に手をつき、肩で息をしていた。
「はぁはぁ……」
汗を拭いながら、彼女は振り返らずに内心で呟く。
(さっきの人、あんないい人っぽく見えて……原作ではキリトさんをモンスターPKしようとした危険なヤツ!!)
彼女は震えながら決意を固めた。
(あの人にまた遭遇しないように、クエストを進めるよ!!)
※ ※ ※
その後、ヤマダは農家の娘アガサの病気を治すためのクエストを受託。
リトルネペントの胚珠を求めて森の中を彷徨うのだった。
茂みをかき分けて進み、「実つき」のリトルネペントは、息を殺しながらその場をやり過ごす。
「ふぅ……」
小さな声で息を吐き、再び足を進める。通常のリトルネペントも、できるだけ戦闘を避けながらスルーした。
やがて、目の前に現れたのは「花つき」のリトルネペントだった。
ヤマダは剣を握りしめ、決意を込めて叫ぶ。
「うりゃあっ!!」
渾身の力で剣を振り下ろし、モンスターを仕留める!
※ ※ ※
クエストを達成した彼女の手には一振りの剣が残されていた。
「これが……!」
その剣を掲げたヤマダの目には光が宿っていた。
「アニール・ブレード……ついに手に入れた!!」
彼女は歓喜の声を上げた。
「さて、次は……」
自分の脳内に構築された、SAOの図書館から該当図書を引っ張り出し、あの二刀流の英雄の行動をトレースするヤマダ。
「ひたすらレベリングするよ!!」
草原でボアを狩り続ける中、彼女はふと足を止めた。
手にした剣を肩にかけ、目を細めながら考え込む。
「あれ……でもコペルさんが生きてるってことは、キリトさんはまだここにはきていないってことなのか?」
その疑問が頭の中で渦を巻く。
「そんなはずない。史実のキリトさんはとっくにクエ達成してるはず」
しかし、彼女の中でその前提が揺らぎ始める。
「だとしたらなんでだろう」
さらに深く考え込んだ彼女は、少し首を振った。
「『はじまりの日』のイベントは起こっていない……? どうして?」
彼女は空を見上げ、小さく呟く。
「私が知らないSAOの何かがあるのかな……?」
その疑問を抱えながら、ヤマダはもう一度剣を握り直した。
「わかんない! 今は考えても仕方ない! とにかく次はトールバーナでの《攻略会議》までがんばる!」
その声は、夕焼けに染まる草原に力強く響き渡った。