『もしも KADOKAWA の担当編集が SAO のデスゲームに巻き込まれたら』第二十五話&最終話
第二十五話:「覚醒」
「教えてください! 私に《心意》を」
ヤマダが、話に乗ってきたキリトに乞う。
「し、《心意》って……?」
シーン。
キリトの問いに、ヤマダリョウコはキメ顔をしたまま硬直した。
「……」
(しまった! まだこのときのキリトさんは《心意》のこと知らないんだった!!)
彼女は取り繕うように、説明を付け足す。
「ええと、つまり、人の意志でゲームシステムを超えることです!!」
「そんなこと出来るわけが――」
彼は一瞬眉をひそめたが、次の瞬間に考え直したようだった。
「――いや、この《ソードアート・オンライン》なら可能性ゼロじゃないかもしれないな」
さっすがキリトさん! 呑み込みが早い! と言わんばかりにヤマダが食いつく。
「はい、可能性はあります! キリトさんが今までアインクラッドを冒険してきて、そこで感じてきたことを教えてください!!」
「……面白そうじゃないか。いいぜ、俺が今まで経験してきたことを話してやる」
キリトは何か閃いたように、
「例えば……システムの超越を狙って実践することができれば、アンタのいう《心意》ってやつが再現できるかもな」
「はい! よろしくお願いします!!」
※ ※ ※
――私の《とっておきの策》をいまから放つ!!
すこしの距離を開けたまま、ヤマダとヒースクリフは対峙する。
ヤマダは、勝負に出た。
「私は、すでにアインクラッドがクリアされた世界からやってきました。その世界では、ヒースクリフである茅場晶彦——貴方は、一人の少年に敗北します」
「……」
「その少年は誰なのか……貴方が一番良く知っているのではないですか?」
ヤマダはそう言いながら、静かに《神聖剣》の武装を解除した。
「私は、その少年の力を借りて……今から貴方を倒します」
シュンと音を立てて巨大な盾と剣が消えていく。
「? なんの真似かね? 《神聖剣》をむざむざ放棄するとは」
その言葉には困惑の色が滲んでいた。
「実はコンソールで得たユニークスキルは一つだけじゃないんです」
「《神聖剣》は、長剣だけでなく、もう片方の手に装備した巨大な盾でも攻撃判定が得られる。つまり、二本の剣を装備しているようなものでもあります」
ヤマダは、右手を下にさげ、急いでホロウィンドウを操作する。
「貴方の《不死属性》は完全にチートです。だったら、私だって、その上をいくチートで対抗しようと思います」
ヤマダはウィンドウ操作によってジェネレートした武器……両手に、片手剣を装備した。
一方の剣は彼女自身のもの、もう一方はキリトの剣だった。
「これは……!!」
驚くヒースクリフ。
(お願い!! 私に力を貸して!! キリトさん!!)
彼女はキリトの剣を前に向けて構えた。
脳裏には、あのときの《心意》の特訓の思い出がよみがえる。
※ ※ ※
一日前のアインクラッド第30層の草原フィールド。
ザシュッ!!
巨大なモンスターを一刀で真っ二つにするキリト。
その姿に目を見開くヤマダ。
「これは……!!」
キリトが息を切らしながら振り向いた。
「たぶん、今のが《心意》ってやつだと思う。ただ……発動条件がわからない」
「すごい、これなら……!」
「だから発動条件はわからないんだよ」
キリトは肩をすくめる。
「アンタ、偶然に頼るのはリスキー過ぎるぜ」
「……でも、やるしかないんです」
キリトは少し頭をかきながら、ため息をついた。
「やれやれ……」
彼はスッと剣を差し出した。
「え?」
「貸してやる」
「攻略組の中でも最高レベルの剣だ。絶対に、生きて帰って俺のところに返しに来い」
「キリトさん……いいんですか?」
「アンタのいう《心意》ってやつ、俺も信じるぜ」
※ ※ ※
ヤマダは二刀流を構え、剣を握りしめる。
(私は、信じる!!)
その瞬間、ヤマダのソードスキル発動フォームに、キリトの幻影が重なった。
「!! こ、これは……!? もう一つのユニークスキル《二刀流》!?」
(なんでもできる!! 絶対にやれる!! この人に勝てる!! 《不死属性》を突破できる!!)
ヤマダの全身が心意のオーラに包まれ、その光がヒースクリフをたじろかせる。
「《スターバースト・ストリーム》!!」
「ばかな! そのソードスキルはまだ習得できない仕様だ!!」
ヤマダは16連撃の猛攻をヒースクリフに浴びせていく。
ゴゴゴゴゴゴッ!
1撃、2撃、3撃、4撃、5撃……恐るべき速度で、連続攻撃が撃ち込まれる。
「ぐおおおおおおっ!?」
しかし、ヒースクリフのアバターには《Immortal Object》の文字が浮かび、ダメージが貫通しない。
「おおおおおおおおっ!!」
ヤマダが必死に連撃を続ける中、ついに9連撃目でヒースクリフのHPが減り始めた。
「な、なに……!?」
(!! ダメージが通った!!)
「いけええええええええ!!!」
10撃。
11撃。
12撃。
ヒースクリフのHPバーはグリーンからオレンジへ。
13撃。
14撃。
15撃。
そしてレッドへと変わっていった。
「これで!!」
16連撃目の刺突がヒースクリフに命中する。
「とどめええええええ!!」
「ぐああああっ!!!!」
彼のHPバーはみるみるうちに減っていき、ついにそのHPは、
ゼロ、
のギリギリのラインで止まった。
「!!」
ヤマダが驚愕と共に、振りぬいた姿勢のまま固まってしまう。
ヒースクリフはニヤリと笑いながら言った。
「ソードスキル発動後の硬直。こればかりはシステムを凌駕できなかったようだな」
その言葉とともに、ヒースクリフの剣がヤマダの胸を貫く。
最終話:「夢と現実、そしてこれから」
――あ……
――死ぬ……
ゆっくりと、スローモーションで描かれる、自分自身の最期の時。
ヤマダの目の前で、ヒースクリフが剣を胸に突き刺す、次の瞬間——
アルゴがヤマダとヒースクリフの間に飛び込んできた。
ザシュッ!
「アルゴさん!?」
アルゴの体に剣が突き刺さり、その場に崩れ落ちる。
「いまダ! ヤー子!!」
剣で体を貫通されたまま、アルゴは叫ぶ。
「ヤー子の今までの頑張りは、オレっちが一番よく知ってル!! それを無駄にするナ!!」
ヤマダの目に一瞬の輝きが戻る。
ギィン! と《心意》のオーラが放たれる。
彼女の頭の中に、今までのSAOでの戦いの記録がフラッシュバックのように蘇った。
――リズベットさんに鍛冶屋のアドバイスをしたこともあった。
――シリカちゃんにポーションをあげたこともあった。
――クラインさんに攻略ルートを教え、エギルさんに斧を勧めたこともあった。
――サチさんをどうにか救おうと奮闘することもあった。
――徹夜して攻略本を仕上げることもあった。
――アスナさんにその攻略本をこっそりと渡すこともあった。
――キリトさんと特訓後に拳を軽くぶつけ合ったこともあった。
(私が……これまで積み重ねてきたもの……!)
彼女の目がカッと見開く。
ソードスキル後の硬直がまだ続いているはずのヤマダ。
しかし、彼女の足がじりっと動き始めた。
「なに!? 馬鹿な……!」
ヒースクリフはアルゴから剣を抜き、ヤマダに向かって攻撃を繰り出した。
「ありえん!! これがとどめだ!!」
彼の剣が、今度こそヤマダの胸を貫通する。
「ガハッ……」
だが、それと同時に、ヤマダも、キリトの剣をヒースクリフに突き立てていた。
「がっ……!!」
ヒースクリフも、ヤマダも、HPバーがゼロに変わる。
そして、二人の体が同時に崩れ落ちる。
その身体はポリゴン片となり、空中に消え去っていく……。
「ヤー子!!」
致命傷を負いながらも生存しているアルゴは、震える声でヤマダの名を呼び続ける。
しかし、ポリゴン片となった彼女はもう消え去ってしまった。
「ヤー子!!」
その時、遠くから鐘の音が響いてきた。
「……? 鐘の音?」
アルゴは空を見上げ、何かに気づく。
「ゲーム、クリア……だっテ!?」
※ ※ ※
真っ暗な空間。
なにもない場所。
そこに、微かに、声が聞こえてきた。
「――ダ」
「ヤマダ!!」
「山田!!」
「……!」
呼ばれたヤマダが、ハッと目を開けると、そこには編集部の同僚アナンの呆れ顔があった。
「え……アナンさん?」
ヤマダが目覚めた場所……そこは、現実世界の編集部、自分のデスクだった。
「ここ……」
「相変わらず、何度呼んでも起きないの、すげー特技だな」
彼はやれやれ、といって首を横に振る。
「私……帰ってきたの?」
「はあ?」
アナンは呆れたまま続ける。
「帰ってきたもなにも、オマエはずっとここで寝てたよ。SAOの担当になれたー! って大騒ぎして飲みに行った後、始発まで寝ますっていってそのままな」
「え……じゃあ……交通事故は……?」
「会社出たすぐにトラックに轢かれかけたことか? 事故ってねーよ、大げさだな」
ヤマダは、衝撃を受けながらも、心の中で出来事を整理していく。
「私……ずっと夢を見てた……?」
「あんだけ寝てたら、そりゃ壮大な夢を見てただろうよ。もう朝9時だからな。ほら、企画会議いくぞ」
アナンがすたすたと先を歩いていく。
「あっ、はい!!」
ヤマダも急いで、そのあとを追った。
※ ※ ※
――あれは、本当に夢だったのだろうか。
――草木の匂い、モンスターを斬る手ごたえ、仲間たちとの交流、攻略本がたくさん売れた時の高揚、すべて……
――夢だとしても……それは、とても、とても素敵な夢だった。
――みんな、すっごくいい人で。
――すっごくゲームが好きで。
――私が想像していた以上に優しくてかっこよかった。
――デスゲームと言われたアインクラッドだけど。
――そこに《編集者》としてログインした私にとっては、最っ高に楽しくてドキドキしてワクワクする世界だった。
会議室の前に立つヤマダは、自分に気合を入れるように呟いた。
「よーし、これからも仕事頑張るぞ!! なんたって、私、SAOの担当編集になんだから!! たくさんの読者が続きを待ってるんだ!!」
「相変わらず暑苦しいな……オマエ」
アナンがまたため息をついた。
おわり