『もしも KADOKAWA の担当編集が SAO のデスゲームに巻き込まれたら』第十三話&第十四話
第十三話:「代償と彼の背中」
◾️アインクラッド第一層 迷宮区 フロアボス部屋
ボスとの戦闘開始から、しばらく経ち……
ついに、コボルドロードの咆哮が響く。
「ウグルゥオオオ―――!」
巨大なボスモンスターのHPゲージは、四本のバーのうち最後の一本を赤く染めていた。
その雄たけびとともに、右手の骨斧と左手の革盾が床に投げ捨てられる。
腰に手をやると、コボルドロードはそこから一振りの剣を引き抜いた。
「情報通りみたいやな!!」
その武器に目を留めながら、キバオウは冷静に構えを取り直した。
「みんな! 範囲攻撃がくる! 下がれ!」
ディアベルの鋭い指示が飛ぶ。
「わかっとる!!」
キバオウも叫びながら構えを深める。
その周囲では、キリトとアスナがボスの動きを注視していた。
ヤマダはずっと、この時を待っていた。
(そう。ここで史実ではボスを取り囲んでしまって、ソードスキル《旋車(ツムジグルマ)》でディアベルさんは——!!)
しかし、コボルドロードが抜いた剣を見た瞬間、ヤマダの中に違和感が走った。
(え……!?)
彼女の目に映ったのは、史実の野太刀とは似ても似つかない巨大な大剣。
まるで某狩りゲームに登場しそうな、いびつで圧倒的な威圧感を持つ武器だった。
(何!? あの大剣!?)
その言葉が彼女の脳内を駆け巡る間に、コボルドロードは地響きを立ててズドドドと突進してきた。
「うわああああああああ!!」
巨大な剣が振り下ろされ、プレイヤーたちはなす術なく蹂躙されていく。
次々と吹き飛ばされるその光景は、彼女が知るどの展開とも異なっていた。
そのとき、ガッ!! という鋭い音が響いた。
「ディアベル!!」
キリトの叫びが空気を震わせる。
視線の先では、ディアベルがその巨大な剣によって切り裂かれ、膝を突いていた。
(!!)
目の前で繰り広げられる光景に、ヤマダは呆然と立ち尽くしていた。
(え、まって、なに!? なにこれ……ベータテストとも、史実とも、違う!!!)
その事実が彼女の中で警鐘を鳴らすが、動揺は収まらない。
さらに、周囲にはコボルド・センチネルが次々とポップし、プレイヤーたちに襲いかかる。
その一体がヤマダの近くに湧き、真っ直ぐ彼女に向かって切りかかってきた。
ザシュッ!!!
鋭い音が耳を貫く。ポリゴンの破片が宙を舞う。
(あっ……)
斬られた、と直感する。
しかし、次の瞬間、彼女はまだ倒れていない自分に気づいた。
「なにやってるの!!」
その声とともに現れたのは、鎌を振り抜いてセンチネルを一撃で仕留めたミトだった。
「あ、あ、あ……」
ヤマダは言葉にならない声を漏らし、ただその場に立ち尽くす。
ミトはその様子を見て、小さくため息をついた。
「貴方は下がって! 前に出ないでバックアップに集中しなさい!」
すぐ近くでは、エギルが大声で叫びながらヤマダの手を引っ張った。
「ほら、こっちだ!!」
彼女は引きずられるようにその場を離れた。
※ ※ ※
――それからは、私の記憶はあいまいだ。
――覚えていることは、あのあとは史実通りだったということだ。
アスナがその動きで「閃光」と呼ばれる所以を見せつけ、ミトと共に共闘。
最後にはキリトがコボルドロードにとどめを刺す——そんな光景が頭の中にぼんやりと浮かぶ。
しかし、もう一つだけ史実と異なる出来事があった。
――ボス討伐後、キバオウはんがディアベルさんが死んだことについて、キリトさんを糾弾する場面。
――そのイベントがなく、代わりに『攻略本に偽情報を掴ませたヤツ』の犯人探しとなった。
――それは、正義の犯人探しにかこつけた、『攻略組の分断を狙った罠』だったのは、みえみえだった。
――そして、偽情報を流布した犯人である私の罪を——キリトさんが被った。
ーー史実通り、濡れ衣をキリトが被ったのだ。これ以上、攻略組の団結を崩さないために。
――私は、勘違いしていた。
――自分が一番SAOが大好きで、一番SAOに詳しくて、デスゲームに囚われても、うまく生き残ることができるって。慢心しきっていた。
――その代償を……自分の調子に乗ってきた代償を、ここで払うことになったのだ。
ヤマダはその場で拳を握りしめ、キリトの背中を見つめた。
その背中は、どんな重圧をも背負いながらも、前に進もうとする力強さを感じさせるものだった。
第十四話:「絶望と新たな一歩」
◾️埼玉県 某所
現実世界。ここはヤマダリョウコが暮らすワンルームマンション。
「たっだいま~」
仕事を終え、マンションのドアを開けるヤマダ。
疲れた様子で室内の電気をつけ、テーブルにコンビニの袋を置いた。
当然、この部屋には一人分の気配しかない。
服を脱ぎながらシャワールームへ向かう。足元に落ちるスーツの布が、今日一日の重みを物語っている。
湯気に包まれたバスルームで、ヤマダは熱いお湯を浴びる。水滴が肌を伝い、静かな音が響く。目を閉じ、心身の疲れを癒すひとときだった。
風呂上がり、洗面台の前でスキンケア。鏡越しに見える表情は少しだけ柔らかい。日々のルーティンをこなすことで、心が落ち着いていくようだった。
寝る準備を整えたヤマダは、ヘアバンドをつけ、キャミソールにふわもこのズボンというリラックスした格好でソファに座った。
「……よし」
目の前にはPS5のようなゲーム機とモニターが置かれている。
彼女はコントローラーを手に取り、笑顔を浮かべた。
「やるぞー!! 人生唯一の楽しみ!!」
画面には、某ハイクオリティAAAタイトルのファンタジーアクションゲームが映し出されている。
ヤマダが操作しているキャラクターは、華奢ながらも凛々しい女性主人公だった。
「うりゃうりゃうりゃ~~!!」
胡坐をかきながら、真剣な表情でゲームに没頭するヤマダ。
だが、その笑顔は次の瞬間に崩れた。
「だぁーまた死んだ!」
画面には「YOU DEAD」の文字が大きく映し出されている。
彼女はコントローラーを放り投げ、仰向けになって叫んだ。
「全然勝てなーい! 助っ人NPCもぜーんぶ殺されちゃうし、やっぱ装備が悪いのかな~~」
むくっと起き上がり、リトライ画面を睨みつける。
「リトライしますか?(452回目)」
その表示に、彼女は呆れたように肩を落とした。
「これ回数表示する必要ある?」
イヤミか……と呟きながらも放り投げたコントローラーを拾い直す。
「くそー! 何回死んでも絶対クリアする!! でもその前にトイレ!」
そう決意を新たにし、立ち上がった彼女はトイレに向かおうとする。
だが、次の瞬間、テレビから低い声が聞こえてきた。
「待て……」
「え?」
振り向くと、テレビ画面の中から血だらけの女性騎士が這い出てきていた。
「え!? え!?!?」
驚きの声を上げるヤマダ。その騎士の顔は——彼女自身だった。
「よくも……殺したな?」
テレビから出てきた騎士ヤマダが、じわじわと近づいてくる。
「お前のぬるいプレイで、私はこんなになっちまった……」
その体は上半身しかなく、血まみれで地を這いずりながら進んでいた。
「憎い……お前が……憎い……」
「な、に、これ……」
ヤマダは背中を壁に押し付けながら震えた。
「い、いやあああああああ!!」
玄関に向かおうとするが、そこで誰かにぶつかる。
「!?」
目の前には、さらに不気味な騎士が立っていた。その顔は、かつて見たディアベルだった。
「アンタのせいで……俺、こんなんなっちゃったよ……」
「次は……アンタがこうなるんだぜ……」
不気味な笑みを浮かべるディアベル騎士に、ヤマダはその場にへたり込む。
背後から、べちゃあと上半身だけの騎士ヤマダが彼女を押さえ込む。
「ひ、ひぃっ……」
耳元で囁かれる声は低く、冷たかった。
「ゲームの世界だからって、自分が一番原作に詳しいからって、調子に乗ってた結果がこれよ」
「あ、あ、あ……」
「どう責任をとってくれるのよおぉおおおおおお!!」
「きゃああああああああああ!!」
◾️アインクラッド第二層 某所
「ヤー子! おい、ヤー子!」
声が聞こえた瞬間、ヤマダはハッと目を覚ました。
そこはアインクラッド第二層の街角。彼女はベンチに座っている。
目の前にはアルゴが立っていた。
「私……」
《現実》に戻ったことを実感し、彼女は小さく呟いた。
「ほら、エッグタルトといちごジュース、買ってきたゾ」
「あ、ありがとうございます……」
受け取った彼女は力なく答える。
「いくら圏内だからって、パブリックスペースで居眠りするのは迂闊過ぎるゼ」
「よっぽど疲れてたんだろうガ……かなりうなされてたしナ」
ヤマダはエッグタルトを手にしながら小さく言った。
「そう……ですか……」
アルゴはベンチの隣に腰を下ろし、タルトをかじりながら口を開いた。
「……なんかが」
「え?」
「……私なんかが調子に乗って、SAOを攻略しようなんて思うから、あんなことに……」
アルゴは一言も発しないまま、最後の一口を飲み込むと、ビシッと彼女の頭を手刀で叩いた。
「いた!」
ヤマダが頭を押さえて抗議の声を上げる。しかし、アルゴはまったく気に留めず、手に持ったエッグタルトを彼女の口元へ押し込んだ。
「むぐ!」
突然の行動に驚きながらも、ヤマダはタルトを噛みしめた。
ほんのり甘い味わいが広がり、少しだけ心が落ち着く。
「ヤー子」
アルゴが彼女の名(?)を呼ぶ。その声には、どこか優しさが滲んでいた。
「あのボス戦での犠牲は仕方なかっタ」
「でも……!」
ヤマダは口を開きかけたが、アルゴが先に言葉を続けた。
「攻略本に間違った情報を記載したことについてカ? あれはヤー子を信じたオレっちが決めたことダ」
「ここはベータテスト中でも通常の本サービスでもない、デスゲームと化したSAOダ。何が起こっても不思議じゃ無イ」
ヤマダはその言葉を聞きながら、小さく俯く。
彼女の胸には、いまだ責任感と後悔が混ざり合った感情が渦巻いていた。
「神かGMでもない限り、思い通りになんてならないんダ」
アルゴの言葉は鋭く、しかしどこか温かかった。
「……そう、でしょうか……」
ヤマダの声は弱々しかったが、その表情には少しの光が差し込んでいた。
「ああ、そうダ」
アルゴは力強く頷いた。
「情報屋のオレっちは、時間の有効活用と効率性が命なんダ。起こったことをくよくよ悩むのは、一番無意味。やるべきことは——」
改めてヤマダの方に向き直り、
「これからどう動くか、ダロ? ヤー子」
その言葉に、ヤマダの心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。
「……そう、ですね」
彼女の声には、ほんの少し力が戻っていた。
「わかったら、まずは食べロ」
アルゴはそう言いながら、自分のタルトを一口頬張った。
ヤマダもタルトを齧りながら、ふと顔を上げた。
「あの、そのヤー子って呼び方……」
言葉の途中でアルゴが笑みを浮かべながら断言した。
「確定事項だから、変更は不可ダ」
その軽快な口調に、ヤマダは少し呆れつつも笑顔を浮かべた。
つづく。
https://note.com/straightedge/n/n36c1254a70a6