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『もしも KADOKAWA の担当編集が SAO のデスゲームに巻き込まれたら』第六話

第六話:「トールバーナの街と湯けむりのひととき」


――これまでのあらすじ!


アインクラッド第一層のフィールドを駆け抜ける軽快な足音。


フィールドの草を蹴り上げながら、動き続ける一人の女性。


彼女はこの世界における生存者の一人だった。


――わたしことヤマダリョウコは、KADOKAWAに新卒入社した編集者! 三年目になって、ついに大ヒット作SAOの担当につくことになったんだけど……。


走りながら、その声はどこか遠い過去を思い出すように続く。


――帰宅途中にトラックに轢かれて死んでしまった……はずが、気づけばSAOの世界に転生していた!?


目の前にモンスターが現れる。


鋭い目つきと牙をむき出しにしたダイア―ウルフだ。


その大きな体躯が低い唸り声とともにヤマダへ迫る。


――ということはつまり、私はデスゲームに囚われたということで……。


――大好きな作品に転生した喜びと、死と隣り合わせの世界に入ってしまった絶望を抱きながら……私はどうにか生き延びるために行動を開始したのだ!


ヤマダは剣を握り直し、走る勢いのままモンスターに立ち向かう。


剣を構えたその姿には、怯えながらも前に進む意思が滲んでいた。


――自分のSAO知識があれば、ベータテスターよりも有利に攻略できるはずだ!


鋭い動きで繰り出された剣の一閃。ザシュッと音を立ててモンスターの体を貫いた。


「よーし! だいぶ慣れてきた!」


剣を振り切り、息を整えながら彼女は笑顔を浮かべた。


その瞳には、かすかに自信の光が宿っていた。


「第一層の攻略会議まであと三週間くらい!」


彼女は言葉に続くように、カレンダーを思い浮かべる。


攻略会議は12月2日と3日。今日は11月14日なので、まだ時間がある。


「それまでレベリング頑張る!」


と、その時、ヤマダのお腹が鳴った。


きゅううううう。


「あ……」


その音に気づいた彼女は、自分の状態を再認識した。


「お腹空いた……」


フィールドに立ち止まった彼女は、メニューウィンドウを開いてマッピングデータを確認する。


「この辺に町はないかな?」


データを確認していた彼女の目が輝く。


「あ……! そうだ、ここにしよう!」


◾️アインクラッド第一層 トールバーナの街

アインクラッド第一層の北側に位置する、攻略に向かうプレイヤーたちの拠点となる街。


ヤマダは足を進め、その街の中に入った。


彼女はモンスターを狩って貯めたコルで部屋を借り、そのドアを開ける。


広がるのは清潔でシンプルな内装。


彼女はその景色を見渡し、声を漏らす。


「おお~!! 原作通り!!」


荷物を置くと、すぐに目を輝かせながら言った。


「夕食は下で食べるけど……その前に!!」


「SAOにフルダイブしたら絶対にやりたかったことの一つをやるよ!」


彼女が向かったのは部屋に併設された浴室だった。


※ ※  ※


湯気が立ち込める浴室。ヤマダリョウコは、この世界に転生して以来、初めて心からリラックスできる瞬間を味わっていた。


湯船に身体を沈めて、彼女は声を漏らす。


その表情には、至福の色が浮かんでいた。


「ふうううううううう」


両手で湯をすくい、さらさらと指の間からこぼれる水滴を見つめる。


「ほんっとにきもちいいいいいいいい!!!」


浴槽の縁に顎を乗せ、のんびりとした時間を味わいながら呟いた。


「本物みたい……」


リアルすぎる体感に改めて驚き、湯気の向こうに広がるこの世界の作り込みに感嘆する。


日常のストレスや不安が溶けていくようで、表情には笑みが浮かんでいた。


しかし、そんな彼女の顔が少し曇る。


「私のリアルでの身体、いったいどうなっちゃってるのかなぁ。こればっかりは、生きて帰ってみないとわからないよね……」


ふと湯の中で自分の身体を見下ろしたヤマダは、困ったように眉を寄せた。


「うーん……」


彼女の視線が向かったのは、自分の胸元だ。


そこには確かに女性らしい膨らみがあったが、どうにも自分が思い描く理想には届いていないように思える。


「アスナさんには全然敵わないけど……」


小さく呟きながら、彼女は胸を軽く押さえた。


片手でむにむにと触りながら、次第にその動きがリズミカルになっていく。


「大きくなーれ、大きくなーれ」


その声は湯気に溶け込みつつも、どこか真剣だった。


湯の中で膝を抱えながら、小さくため息をつく。


「いや、ていうかそもそもアスナさんって中学生だよね?」


思い出したように言葉が零れる。


「なのに『あんな』なの? やばくね……?」


湯船の中で身体を縮め、さらに自分の腰やお尻を確認するように撫でる。


お湯の抵抗が柔らかな肌に心地よく、思わずむにゅむにゅと触ってしまう。


「SAOアインクラッド編終盤だと一応2年経ってるから高一かもしれないけど……」


頭の中で時系列を整理しながら、彼女の手は再び胸元へと戻る。


「ナーヴギアによる身体スキャンはログイン直後だから、アバターのフォルムはその時期のを踏襲してるはずだよね?」


どこまでも冷静な分析をしながら、最後にぽつりと呟いた。


「にもかかわらず、あの弾力と迫力……やばくね? すでに最終形態じゃん」


そして、ごくりと唾を飲み込む。


「はあ……」


ヤマダは湯船の縁に顎を乗せ、遠い目をする。


このデスゲームの世界で、自分の身体にまで悩むことになるとは思いもしなかった。


「今は11月14日か……」


突然、カッ!! と彼女の目が見開かれる。


「そろそろ電撃文庫12月刊の校了じゃん!」


思わず立ち上がり、派手に水しぶきを上げる。


「やばすぎ! 作家からの再校、印刷所に戻してないし! カバーと口絵のデザインも急いで編集長に回して、オンライン承認を……!!」


湯船を出ようと一瞬慌てたが、ふと現実に立ち戻る。


「あ……違う、私今はSAOの中だった……」


肩を落としながら、彼女はもう一度湯船に沈んだ。


「そんなこと気にしてる場合じゃないかぁ……お母さん元気かなぁ」


ぽつりと呟いたその声は、湯気とともに浴室の空気に溶け込んでいった。


※ ※  ※


鏡の前で髪を拭きながら、ヤマダは映る自分の姿を見つめる。


小柄ながらも健康的な体躯には女性らしいラインが宿っている。


「少しは、黒雪姫らしい感じになってきたかな……?」


陰キャオタク女子のヤマダの唯一の趣味はコスプレだ。


以前のコスホリックでは『アクセル・ワールド』の黒雪姫アバターのコスプレにチャレンジしたのだが、胸はスカスカだし、太ももは逆にむっちりだし、散々な羞恥プレイを演じてしまった。


それ以来、ささやかながら毎晩筋トレをしてプロポーションに気を遣ってきた。


この過酷なSAOをログアウトできるころには、もっと『いいカラダ』になって、モリガンコスだってできるようになっていると信じたい。


そんなことを思いながら、ヤマダはどこか楽しげな笑みを浮かべた。


服を整えたヤマダは、鏡の前で髪型をチェックする。


そして、夕食をとるために階下の食堂へと向かった。


※ ※  ※


広々とした食堂に足を踏み入れ、彼女は近くのNPC店員に声をかけた。


「あの、おすすめはなんですか?」


店員はにこやかに答える。


「はい、ポトフとシチューポットパイになります」


その言葉を聞いた瞬間、ヤマダの目が輝いた。


(おいしそう!)


よくよく考えたら、食事のためにこのトールバーナに来たのだ。


湯船の魔力にすっかり虜になってしまっていた。


「じゃあそれで!」


しばらくして、食事を終えたヤマダはテーブルの上を片付けながら満足そうに言った。


「ふ~~~~! おいしかった! あいかわらず、SAOの食事はサイコー!」


食事を終え、意を決した表情で立ち上がる。


(よし! あとは……)


彼女の視線が、食堂内の隅にある屈強なプレイヤーたちのテーブルに向かう。


そのテーブルの前に立つと、彼女は声をかけた。


「あの、すみません!」


驚いたように顔を上げる男性プレイヤーたち。


「うん?」


ヤマダは真剣な表情で言った。


「情報交換しませんか? 私の持っている情報と、あなたたちが知ってる情報をトレードしましょう」


その声には、どこか覚悟の色が宿っていた。


つづく。
https://note.com/straightedge/n/nd1d4d7df760c

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