「2つめのPOV」シリーズにおける4つのパターン例のまとめ
パターンA〈ユスタシュの鏡〉
例
「ほんとうのことを伝えたい」
[side:F]
おたまじゃくしは母であるカエルに聞きました。
「私は何処から来たのでしょうか?」
カエルは答えました。
「あなたは私が作りました。」
おたまじゃくしはまた聞きました。
「母は何処から来たのですか?」
カエルはまた答えました。
「私の母が作りました。」
「あなたの母はどこから来たのですか?」
「母の母が作りました。誰でも母が作るのです。」
おたまじゃくしは暫く黙ったあと、こう聞きました。
「それでは、一番最初の母は誰が作りましたか?」
「けろけろ」
カエルは何処かに飛んでいってしまいました。
そのおたまじゃくしも、今や立派なカエルとなりました。
目の前にはかつての自分のようなおたまじゃくしが沢山生まれ始め、カエルの周りに集まり始めました。
おわり
[side:D]
私が4歳の時に弟が産まれました。
親や周りの振る舞いから、どうやらこの赤子は自分ととても似たものである事がわかり、病院から母が戻ると同時にこの赤子も我が家にやって来て、私へ接する以上にこの赤子へ愛を注いでいました。
父母が赤子に夢中であっても私自身もこの赤子が決して憎く思う事は無く、同じように幼いながらも赤子へ愛に似たものを持っていたと思います。
しかし私にはもっと強い関心事があり、それがあってか両親の愛の方向性に対しても嫉妬を思う事は無かったのです。
それは、この赤子が一体何処からやってきたのか?と言う事でした。
気づいたら病院で母の隣にいた赤子をみんなが口々に可愛いと褒めそやすのですが、何処からやってきたとは一言も話してくれなかったのです。
ある日、私は眠る赤子を見守る母に尋ねました。
「お母さん、この子は一体何処からやってきたの?」
母は子供らしい質問に笑って答えました。
「コウノトリさんが運んできたのよ。」
「鳥?が持ってきたの?」
「ええ、そうよ」
母の答え方には大いに疑問がありましたが、私はその答えを真剣に受け止めたのでした。
それから私は、父母と買い物に行ったり幼稚園に行ったりと外へ出る度に、空を飛んだり道や木に止まる鳥たちに目を奪われるようになりました。
私はその鳥たちの中に、弟を運んできた鳥がいるのだと思い、必死になって探したのでした。
何故ならその鳥は、きっと私のことも運んできた鳥に違いないからでした。
今にして思えば母がついた嘘には納得がいきますし、当然なんの恨みもありませんが、あの頃は本当に必死になって探していました。
もし仮にあの時に母が嘘をつかなければ確かに私はあんな苦しむことは無かったでしょう。
しかし、ではどう言えば良かったのか、と考えてみてもやはり答えは出ないのでした。
おわり
パターンB〈ラウディのサングラス〉
「何の価値もない」
[Remove sunglasses]
3月の中旬頃からか、街中どころか世界中からマスクが何処かへ消え去り暴動のような騒ぎになった。
日本では反社会組織に小銭稼ぎで駆り出されたホームレスや貧しい年金受給者が、朝からドラッグストアに並び、一般の人達が街から普通には手に入れられなくなっていた。
社会問題として扱われ、やがて店側も入荷の情報にタイムラグを作るなど対策をしたが、今度は店内で何もせずにひたすら老人たちが待ち続ける状況が生まれた。さらに問題は悪質化していき身なりの不穏な老人が時に店内に座り込みを始め、内も外も治安が悪化しお客は不安を覚えるようになった。
この状況が起きると同時にネットでは法外な値段での転売が開始され、たかが不織布の切れっ端がフリマサイトで万単位で売られた。
この悪質さに人々が騒ぎ、対策も講じられたが結局イタチごっこが続き、当時から胡散臭かったウィルス騒動に煽られた一般の人達は、このヤクザから買うしか無かった。
一度仕入れがあったという情報が入るなら、立ちどころに実店舗だろうがウェブサイトだろうが人が群がり買い漁った。
ニュースなどで「〜日後に〜百万枚入荷される」等などと報道されても現実は変わらなかった。
戦時中の配給や戦後の闇市やヤミ米と全く同じ事がこのスマホの時代にも繰り返された。
それは何故か在庫が無い筈なのに、議員や報道陣やタレントが必ずマスクを付け続けれる状況まで全く同じなのであった。
[Put on sunglasses]
1億円は大金であるが、持っている人は持っている。
動かすことが出来る人はいる。大変な金額であり、普通は一生縁が無い。バラバラにした金額なら誰でも持っているが纏まって持っている人は極めて少ない。
しかし1億円でも10億円でも良いが、一体何故価値があるのか?
それは持っている人が少ないからだ。
もし1億円を、地球にいる全ての人が持っていたら、その1億円には何の価値も無く誰も欲しがらない。
持っている人が極めて少なく、誰もが求めるから価値が生まれる。
そして持つものに何らかの権力が生まれ、持たざるものは従うのだ。
つづく
パターンC〈セルゲイのMix Up〉
例
「綿毛」
夕焼けに照らされた土手
かばんを背負って歩く少年
足取りは重い
一番うしろの席から見える授業中の風景
色を失う授業風景
飼育小屋の金網越しに鶏を覗く少年
金網に右手をかける
雪で真っ白な住宅地の片隅で雪だるまを作る
大きいのと小さいのを2つ作って並べてから、遠くに離れて物陰から雪だるまを覗き見る少年
両手に乗せた丸いヒヨコ
小さく鳴くヒヨコ
ヒヨコと両手の色が消える
木造の古い家がショベルカーによって崩される
もうもうと立つ埃と露出した壁の中身や屋根の裏、そして人が住んでいた痕跡のある古びた部屋
ジッと見つめる少年
青々とした野原で走り回り綿毛の付いたタンポポを何本も集める少年
右に左に走って夢中で集める
少年は川べりの石に乗って綿毛を吹きとばす
ゆるやかな風にのって青空に舞い散るタンポポの綿毛
綿毛を追うように青空を見上げる少年
夕焼けに染まる土手の上で立ち尽くす少年
少年の足元に映える綿毛の付いた一本のタンポポ
少年は足元のタンポポを思い切り蹴り飛ばす
ほとんど崩された古い家の瓦礫に埋もれる額に入った賞状
額のガラス板は割れている
少年は物陰から勢いよく飛び出し、体当たりして雪だるまを2体とも粉々に砕く
少年は両手に乗ったヒヨコを思い切り握りつぶす
同時に目も口もシワを寄せて固く閉じる
震える手
奥歯を噛み締め震える身体
震える手をゆっくりと開く
口を固く閉じたまま、ゆっくりと目を開ける
開いた手から、たくさんのタンポポの綿毛が風に乗って飛び出す
驚いて口も目も大きく開けて、風にのって飛ぶ綿毛を目で追う
蹴り飛ばされた綿毛が夕焼けの空に飛んでいく
綿毛を目で追う少年
頭から血を流し泣きじゃくる同級生
心配した友人たちに囲まれる
慌てた先生が大きな声を出して騒ぎ、怪我をした子を抱きしめる
誰よりも遠くでその姿を見ている少年
少年は空に舞う綿毛を掴もうとして、急に慌てて追いかける
一生懸命に綿毛を掴もうとして手を振るが、全然掴めずにかえって綿毛はバラバラに飛んでいってしまう
夕焼けのなか必死に綿毛を追いかける少年
「戻ってきてよ!」
土手に響く少年の声
足元には、綿毛を失ったタンポポの軸が残って揺れている
「綿毛」
おわり
パターンD〈ホロウマンのネガフィルム〉
例
「声:1」
ああ、もういい加減にしろ
いつまでもいつまでも、同じことばかり言ってきやがって面倒くさい
もう諦めろよ まるで全部俺のせいみたいに
どいつもこいつも文句ばっか言いやがって
俺が考えたとでも思ってんのか
ふざけるな 俺のアイデアなわけ無いだろ 全部書いてあるんだ
俺がこんなもの書くわけ無いだろ こうしろって言われてるだけだ
もう分かるだろいい加減よ、俺たちが決めてんじゃねえんだよ
そうしろって言われてるんだよ そうしないといけない約束なんだよ
破るわけにはいかないんだよ 無能として扱われるだけじゃない このさき生きていく事が出来なくなるんだ
この国になんかもういる場所はない そんなことこっちが一番良く知っている こっちから願い下げだ
だからさっさと約束を 契約を進めていきたいんだよ なのに下らない邪魔ばっかして足を引っ張りやがって
大体気づかねえのかよ こんなこと俺たちだけで出来るわけねえだろ 俺たちが望むわけねえだろ
一人勝手に進んだり決めたり出来ねえんだよ 子供じゃねえんだから解るだろそんくらいよぉ
俺はただ指示通り動いて喋ってるだけだ だから予め聞いてくることを提出させてるんだろうが
ああくそ 面白くない 何も面白くない 最近はもう映画なんか観る気もしない どうせ最近のやつはどれもこれもつまらない 下らないものばっかだ
飯もまずい 酒も美味くない ああイライラする 薬がなきゃ眠れやしない しかも最近は効きが悪い 安物よこしやがって ろくなことがない
早いところ約束を果たしてサッサと辞めるぞ あとはどうにでも勝手にしろ 知ったことか どうでもいい バカバカしい
ドバイに住むぞ
マスコミなんか絶対に近づけない世界で残りをノンビリと誰にも邪魔されずに過ごすぞ あーもう知ったことか
金は腐るほどある 何も心配は要らない 女だって好き勝手さ あんな女房なんかの顔を見ずに過ごせる
しかし医者は日本じゃないと あの医者じゃなきゃだめだよな くそ そのためにいちいち戻ってくるのかよ 面倒くさい
ドバイは日本街はあるのかな 日本語だけで生活できる場所に住みたいがあったかな 英語なんか出来るわけない 飯も普通のカツカレーとかあるのか
蕎麦やラーメンはあるのか そういえば記憶にないな プールはあったな でかいジムやらいい感じのレストランもあったが しかしそんなのどうでもいいな
どうせ泳がない ジムなんか行かないしああいうところのレストランは面倒くさい かえって疲れる 味も嫌いだ
酒も あそこはイスラム圏だし 飲めはしたはずだが しかしどこでもって訳ではなかったな
ああ そう考えると映画館だって英語じゃないのか アラビア語か くそ あとは何があるんだ 競馬か どうでもいい 馬なんか知るか
女だって今更どうでもいい もう身体はついていかない 大体日本語の話せる女なんかいるのか
ああ イライラする 何だよ こんなに必死になって頑張っているのに そのあとのご褒美もロクなものがない
大体なんでこの俺が日本を捨ててあんなクソ暑い砂漠に逃げなきゃいけねえんだよ
くそ くそ ああイライラする 薬はどうした 約束をずっと遅れているぞ 早く届けろ 量も少ないぞ くそ
ああ 頭が痛い 全身がビリビリする 身体も重い 痩せなきゃ いや知ったことか 食うこと以外に何があるんだ
ああ またしても山程マスコミが構えていやがる 眩しいだろ そんなところから写真撮るな この野郎
人を誰だと思ってるんだ マイクを向けたら相手するとでも思ってんのか ナメやがって
ああ 腹が立つ ちきしょう いいかげんにしろ
なんでいつまでも 俺のマスクだけ小さいんだよ
「声:1」
おわり