【楽園の噂話】 Vol.13「喋らずに話して!」 (No.0077)
「レナードの朝」の原作者で有名な神経学者のオリバーサックスが対談集の中で、脳の病気で話す事が出来なくなった患者が、しかし歌を歌う事が出来たと語ってました。
脳はその場所ごとに違う分野を扱っていると言われますが、彼はこの体験で、脳が「言語と歌」を違うものとして扱っている事に気づいたそうです。
この事を理解する簡単な方法は、実際に歌ってみることです。
何か知っている歌を軽く歌ってみると、うまいヘタはともかく出来るはずです。
しかし、その歌った歌の歌詞を「歌わずに話そう」とすると、思い出せなかったり引っ掛かったりしやすいと思います。
話すことは歌うことと違うのがわかると思います。
テレビを見ても映画を観てもまるで頭が良くならず、ドンドンと愚かになっていくのはこの違いが原因かと思います。
好感度やルックスや印象や年齢や面白さなど、本来は一切関係ない筈の政治家や役人、行政の人間、教師などが人気を得るために「おしゃべり」をするのです。
「おしゃべり」は鳥のさえずりです。
感覚的で美しいかもしれませんが、「意味」を伝えず「感情」を伝えます。
「話す」ことは、響きの美醜は関係なく、「意味」の為に言葉を扱うのです。
「おしゃべり」は動物の鳴き声の様に、言葉を響きとして扱い「肉体」から発信されます。
しかし「話す」ことは、言葉を意味として考え「知性」から発信されるのです。
これは「肉体」から「肉体」へ、「知性」から「知性」へ流れます。
コロッケを頭で食べられず、コロッケの「意味」ではお腹が膨れないのと同じです。
巷に流れるあまりにも幼稚な報道には、このテクニックが使われていると思います。
よく聞いていただければわかります。
彼らは「喋り」ますが、「話し」ません。
【楽園の噂話】 Vol.13
「喋らずに話して!」 (No.0077)
おわり
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