【2つめのPOV】シリーズ 第2回「手」Part.1(No.0155)
パターンB〈ラウディのサングラス〉
[Put on sunglasses]
苦しみの経験を与え続ける事でその記憶を消そうとする力が働く。
そうすると、苦しみによって出来た傷跡を見てもその事を思い出す事も考える事も出来なくなるのだ。
こうする事で有る物を無き物にすることが出来る。
都合良くそれを本人が証明するようになる。
その者は、痛々しい自らの傷跡を見て涙を流しながらも、苦痛の経験を否定し続けるだろう。
こうなれば洗脳は完成だ。
パターンA〈ユスタシュの鏡〉
[side:D]
男はあるときから自分の胸に、手のひらの跡が付いていることに気づいた。
大きさも自分と同じくらいで、相撲取りが背中をバチンと叩かれたときのようにハッキリと形を露わにしていた。ここまで明確だと見間違えようも無いほどに手のひらそのものであった。
男は人前で肌を見せるような生活はしていなかったので、日々不気味さはあったもののそこまで心配していなかった。
夏になったところで誰かとプールや海に行くわけでもなかったし、スーパー銭湯やスポーツジムも縁が無かった。
せいぜい毎日シャワーを浴びる際、浴室で自分の身体が鏡に映った時にその事を思い出す程度のものだった。
痛みがあるわけでもないし、かゆみもなかった。そのため男は殆ど相手にせず放っておいた。擦り傷みたくそのうちに治ると考えていたのだ。
しかし、今にして思えば一体何の根拠があってそのうち治るなんて考えたのだろうか、と男は思っていた。
何故なら長い時間が経っても、男の胸板には未だに手のひらの跡がハッキリとあったからだ。
そして恐ろしいことに、その手のひらは明らかに以前よりもしっかりと形を作っているうえに、少し盛り上がっていたのだ。
流石に男は段々と恐怖を感じてきた。
それまでは風呂の時だけ意識していたが、今では日常生活の中でも気になるようになってきた。
しかしやはり痛みも何も無かった。
一度医者に行こうかとも考えたが、躊躇して辞めた。
痛みも無い症状に医者が関心を持って対処するとは思えなかったのだ。
男はなおも放っておいた。これまで同様の生活を変わらずに続けていた。
だが、この手のひらの跡に気持ちを取られる機会は日毎に増していき、やがては図書館やネットで調べるようになっていった。
その為に多少のお金を使いもしたが、男のこうした活動の努力も虚しく、特に成果を挙げることは無かった。
しかしこれらの行動から、男は治療法以外の疑問を持つようになった。
それは原因についてであった。
何故こんなモノが出来たのか?
それはいつからなのか?
男は原因になりそうな事を考えたり思い出そうとした。
何処かでぶつけたのか?
酔っ払って誰かとケンカでもしたのか?
何かのアレルギー反応か?
考える内にふと気づいた事があり、クローゼットに向かった。
男はシャツの類を探りはじめ、そのうちの1枚を見つけ手にとった。
それはどっかのロックバンドが出しているTシャツで、真ん中にハッキリと大きな手のひらがプリントされたモノだった。
手のひらの部分にはインクが厚く盛られていて、ライブなどで辺りが暗闇になると光る代物であった。
男はそのシャツを柄を見て笑った。
どうやら自分を悩ませた原因は、このインクによるアレルギー反応だったのだ。
いつ着たのかまるで記憶にも無かったが、コレだった。
男は、自分を長く悩ませた原因と向き合い、憎たらしさと若干の愛おしさが一時に湧き上がってきたせいで可笑しさに声を出して笑ってしまった。
男は早速今着ているシャツの上から、確かめる様にこのシャツを被り浴室の鏡に映した。
白地の綿シャツの真ん中に、でっかく黒っぽい手のひらと英字のプリントが施されたその姿は、男の理想からは程遠いものであった。
鏡に映るシャツの柄は、自分の胸にある手のひらの向きと上下逆であった。
つづく
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