【2つめのPOV】シリーズ 第1回 「土台」Part.3 (No.0146)
パターンA〈ユスタシュの鏡〉
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初めて海にやってきたビーバー親子達は、その大きさにとても驚いていました。
走り回ったり、珍しい生き物や風景に心を踊らせて時が過ぎるのを忘れて楽しみました。
しかし沢山の水があるこの状況からか、やっぱりダムが作りたくなりました。
「おとうさん、やっぱりウズウズしますね。」
「うん、やっぱり私達はビーバーなんだなあと思うよ。黙っていられない。」
「でもどうしよう。周りは砂ばかりで木が無いし。」
「うーん」
親子が悩んでいると、そこにカモメがやってきて言いました。
「こんなところにビーバーとは珍しいね。君たちは何をしているんだ?まさかダムを作ろうっていうのでは無いだろうね?」
「いやそのまさかだよ。しかし木がなくて困ってるんだ。」
「カモメさん、何処かに木はありますか?」
聞かれたカモメは大変呆れましたが、彼らのつぶらな瞳に段々と心配になってきました。
「ビーバーさん達。あなた達はこのあたりの事を知らないから仕方ないけど、海には色んな連中がいるんだ。それは山や川とはまるで違う考えの持ち主たちなんだよ。そいつらは君たちを餌としか考えないんだ。よく注意が必要ですよ。」
「カモメさん、これはご忠告有難う。しかし一体注意しろと言われても何に気をつけて良いやら解らないなあ。」
「あなた達も海を見て色々なものがある事が解ったでしょう?波もあるしカニもいるし、水は辛いしサメだっているのです。いつもと違うところに行けば何時もとは違った問題があるものですよ。」
「うーん」
「ビーバーさん、よく考えることです。お子さんもいるのですからお気をつけて。」
カモメは飛んでいってしまいました。
それからビーバー達は、それなりに注意をしながらも海で遊びました。
帰る予定の日取りも近づいた日の夜、焚き火を囲みながらビーバーの父は言いました。
「息子よ。やっぱりダムを作りたいな。」
「お父さん。僕もそれは何時も思っていました。でも、やっぱりあのカモメの事が気になるのです。」
「確かにカモメが言ったことは気になっていた。彼の言う通り、波もカニも危険であった。恐らくはサメというのも危ないのだろうな、しかし見なさい」
父親は小枝を取り息子の鼻先に突き出しました。
「こうして木の枝が沢山落ちているところも見つけたのだ。これなら作れるに違いない。」
父親は小枝をポイッと投げて焚き火に焚べました。
フンフンと鼻息荒い父親と違い、息子は少し浮かない顔をしていました。
「どうした?君もダムを作りたいと言っていたではないか?」
「お父さんはどうしてダムを作りたいの?」
息子の言葉に父親は大変驚きました。
「息子。それは勿論ダムは私達にとって家のようなものだからさ。ここなら良いのが出来そうだぞ。」
「でも僕たちはこの海へ遊びに来たんだよ。家は他にあるのだから、ここに作っても仕方ないんだよ。」
「しかし、これだけの水があって、木の枝も見つけたのだし、やはり作るしか無いだろう。だって、私達はビーバーなんだからね。」
父親の言葉に息子もさっきからウズウズと心がくすぐられるのですが、やはりどこかに踏み留まる理由があるような気がしてならず、父のように明快な返事が出来ませんでした。
「お父さん、やはり僕たちは遊びに来たんだから、ここに家を作ってはいけないんじゃないかなあ、、、」
「何だか情けないぞ息子、カモメの言葉を真に受けたか?鳥なんて何処にでもいるし何時だって碌なもんじゃない。まあいい。父がやっているところを見ていなさい。」
翌日、父親は流木を集めだしせっせとダムづくりを始めました。息子は黙って浜から見ていました。
父親は今まで我慢していた分に加え息子に良いところを見せたい思いが重なり、実の住まいを造ったとき以上に張り切りました。
しかし波打ち際に組み立てた小枝は、ひと波来る度に崩れてしまいました。
その度にまた組み立てていくのですが、すぐに波が来て壊してしまうのです。
その日に帰宅する予定は完全に失われ、夕方まで一心不乱に父親は組み立てては壊れるダムの欠片と格闘していました。
日が暮れて息子が用意した夕飯を二人で食べました。
父親は嘗て無いほどにグッタリと疲れ果てており、口数は少なく食事が終わるとすぐに寝てしまいました。
息子もそんな父親にあまり声を掛けられずにいました。
次の日も、同じように父は張り切って小枝を組み始めましたが、やっぱり昨日と同じことでした。
その次の日も同じように父は夕方まで作業を繰り返しました。
その次の日も、その次の日も。
もはや息子とも全く口を聞かず、息子も言葉を掛けられない日々が一週間続いた時、いつもどおり浜で呆然と父の背中を見守る息子の元に、あの日のカモメがやって来ました。
「あっ! カモメさん」
「息子さん、大変な事になっていますね。」
「はい!でもどうして良いか解らずにいます。困っているんです。」
「うん、解ってる。私が初めに話したとおりになってしまった訳だね。」
「ええ、でも僕も父もあの時にカモメさんが話してくれたことは結局今でもよく解っていないのです。」
「そうだろうね。でも、君のお父さんは私の言ったとおりに危険に飲まれてしまった。」
「はい、どうやらそのようです、、、でも、それは一体何なのでしょう?」
カモメは脇目も振らずに小枝を組み続けるビーバーに背を向け、息子に告げました。
「諦めて家に帰りなさい。あれはもうダメだ。」
「えっ、父を置いて帰るのですか?! そんな、、、」
「いや、辛いだろうがそれしか無い。いずれは離れる運命だ。受け入れて行くしか無いよ。」
息子は助けを求めるように父に目を向けましたが、父は息子もカモメもまるで気にしている様子はなく、ただひたすらに枝を組んでいました。
父の背中を見ながら大粒の涙を流した息子は、カモメに言いました。
「わかりましたカモメさん。有難う。私は帰ります。」
「うん。それで良い。辛いだろうけど置いていきなさい。」
強い西日に照らされて息子は帰りました。
途中、彼は一度だけ振り返りましたが、そこには夕日に染まった砂浜で、何時までも無意味な事を繰り返している一頭のビーバーの姿が見えるだけでした。
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おわり
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