【2つめのPOV】シリーズ 第4回 「波」Part.2(No.0176)

Part.1のつづき


俺は3つしくじった。

1つ目は走って逃げずに思わず銃を向けてしまったことだ。

すぐにさっきの喫煙所まで戻れば良かったのだ。


メインの通りはだだ広くて狙いが定めづらい。路地に入ってゾンビの行動範囲を狭めれば対処しやすい。しかし、走った時に感じた身体の違和感のせいで俺はこの基本行動に移らなかったのだ。


2つ目は、さっき残弾チェック時にウッカリ撃ち終わった空の部分が一発目に来るようにシリンダーを戻してしまったこと。

つまりトリガーを引いたが弾は出なかった。
奴は真っ直ぐに飛びかかり銃を構えた俺の腕に噛み付いた。
腕からの血が顔まで吹き出した。

俺はゾンビを避けようとした事でバランスを崩し倒れてしまった。
奴に乗っかられた俺は、口を血で汚した赤黒く腐った醜い面構えのゾンビが首めがけて噛み付いてくる姿よりも、その肩越しに見えるアイスクリーム屋の看板に目を奪われていた。

俺は抵抗出来ず奴に喉を噛みちぎられた。

首筋からさっきの比ではない量の血が吹き出して視界が赤く染まり意識が遠のくなか、俺はそれでもアイスクリーム屋から視線を反らさなかった。


ああ・・・

アイスの事を思い出さなければ、こんな事にはならなかった・・・

チョコミントの魅力を思い返したことが、一番のミスだったな・・・

視界はすぐに赤から黒に変化した。




「お疲れさまでした。いかがでしたかお客様。」


俺は突然明るく開けた視界に驚いた。
倒れた俺の前には見知らぬ女性が居た。

いや、見知らぬではなかった。

さっき、いやほんの10分ほど前に出会った女性だ。
彼女の笑い顔とその制服姿から、俺は記憶が蘇った。


そこは家から少し離れたところにあるショッピングモールの電気店だった。

俺は彼女に手を引かれ立ち上がった。

俺は休日を利用して、この電気店がやっているニューモデルのVR機を試しに来ていたのだ。

周りを見回すと緑色のカーペットを囲むパーテンションに沿って、順番待ちの人達が半笑いで俺を見ていた。

どうやら俺は相当夢中になってこの新作VRゲーム機をやっていたらしい。

隣で俺が握りっぱなしにしているピストル型のコントローラーを受け取ろうとして、女性店員さんが手を差し出しながら取り繕うように笑顔を向けてくれている。


「お客様いかかです?このゲームとっても迫力があるでしょう?これがお家でいつでも楽しめるんですよ?! 大人気ですが今ならまだ在庫もありますからご検討されてみません?」


俺は振り返った。

そこにはさっきまで俺がやっていたVRゾンビゲームのおどろおどろしい大きな立て看板があり、その真ん中をくり抜くようにして大型モニターが設置されていた。
そこにさっきまで俺が見ていた世界が映っており、周りはそれを観ながら順番を待っていたようだった。

女性店員は半ば放心状態の俺に熱心にセールストークを続けていた。

しかし、俺の意識は耳よりも目に集中していた。


周りを取り囲む客たち。

その客たちの隙間から覗く、モールを彷徨う家族連れやカップルたち。

走り回る子供達。

それを注意せずただ見守る警備員と、シミを取るためにカーペットへ泡スプレーをかける清掃員。

そして俺の隣の女性店員。



全員がマスクをしていた。



俺は不意に自分の顔を手で弄った。

していない。

俺はマスクをしていない。

この視界に入るだだ広い施設の中で、マスクをしていないのは俺だけだった。

俺は隣の女性店員に、


「いえ、せっかくですが結構です。」


と言ってコントローラーを返した。



俺は自転車で帰る道すがら、真夏日といってもいいほどの気温の中でも、すれ違う人の半数以上が老若男女関係なくマスクをしているのを確認した。


「馬鹿馬鹿しい。ゾンビもコミック雑誌もこれ以上要らねぇってーの。」


俺は近所のスーパーでチョコミントアイスを買って帰った。


第4回 「波」
パターンA〈ユスタシュの鏡〉
[side:D]

おわり


Part.3につづく


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