【2つめのPOV】シリーズ 第1回「土台」Part.4 (No.0147)
パターンC〈セルゲイのMix Up〉
閑散とした会場
中央のリングでボクシングをする二人の選手
ライトに照らされたリング以外は暗く、客の数は少ない
時々出される応援や野次の声と繰り出されるパンチの当たる音
両者のセコンドが出す指示の声だけが鋭く響く
右のまぶたが切れて血が目に入る青いグローブの選手
手が出せず赤いグローブの選手に一方的に殴られる
投げ込まれる白いタオル
誰も騒がず、単調なゴングだけが鳴り響く
青いグローブを付けたままセコンドに囲まれた選手が廊下を自分で歩く
セコンドの男にドアを開けてもらい控室に入る選手
試合前まであったロッカーも椅子も無く、ただ真っ白な部屋
振り返るとセコンドもおらずドアも無く真っ白な壁
床も天井も真っ白な部屋
呆然とする選手のまぶたから一滴の血が白い床に垂れる
波打ち際に立つ一人の男
辺りに人の気配はない
散策するが草木だけで文明の跡はなく、落ちている棒きれも簡単に折れてしまう
大きな葉をつけた枝をもぎ取って砂浜に戻り、葉を敷いて眠る
強い西日に当てられ、ふと目を覚ますと敷いている葉が茶色く枯れている
周りを見渡すと、さっきまで鬱蒼としていたはずの茂みが全て消え失せ、青々した草木は全て茶色く枯れ果てている
遥か遠くまで見通せるが、何処までもただの茶色い景色だけで何もない
砂浜には、背中から強烈に差してくる西日で作られた男のシルエット以外は何も動くものはない
風ひとつ吹かず、波の音もしない
男は西日が差す海へ振り返る
見渡す限りの水面にはビッシリと死んだ魚が浮き上がり、波打ち際まで埋め尽くされている
どれ1つとして動いておらず波で押し出される事も無ければ海に引き戻される事もなかった
立ち尽くす男の顔から垂れる汗が足元の砂浜に落ちるが、乾ききった砂は汗の跡で黒ずみを作る暇もなく瞬時に汗を吸い込んでいった
タワーマンションの最上階にいる男
贅沢な間取りの部屋だが家具は一切なく、カーテンすら無い
窓ガラス越しの眺望に目を取られる
男は息苦しさに気づく
慌てて窓を開けるが、まるで収まらない
男は息が出来ない事に気づく
都会を一望できる景色に目をやる暇は無い
空っぽの部屋に戻り床で息苦しさ藻掻いていると、広い空っぽの部屋のフローリングに何かが落ちていることに気づく
苦しさに冷や汗を垂らしながら這ってそれに近づく
それは煙草の箱くらいの四角い金属の塊で、赤くて丸いボタンが1つだけ天井を向いて付いていた
男はその金属の塊に手を伸ばし赤いボタンを押す
するとカチリという音と共に塊からシューという音がする
その音に合わせて、男は一度だけ呼吸が出来た
しかし、また男は息が出来なくなる
慌てて男はまたボタンを押す
すぐに音がして男はまた呼吸が出来た
安心した男は窓を閉めようと思い、立ち上がりつつ拾い上げようとしてこの金属の塊を掴んだ
しかし、この塊は床にくっついていて持ち上がらなかった
どんなに力を込めてもこの金属の塊は動かせなかった
男は窓に背を向け、このボタンの前に座り込んだ
数秒に一度、ボタンを押す音が部屋から鳴り響き続けた
深夜、土砂降りの雨の中
鬱蒼とした山の中にある無縁仏の墓地
誰も居ないなか、一人の男が墓を掘り返していた
すべり台のように斜めに掘った穴の中から、男は木の棺を引っ張り上げた
軽トラックのライトに照らされた棺
男は手に持ったバールで力いっぱい棺の蓋を引き剥がす
蓋を放り出し男が中を見ると、中には敷いたばかりのような真っ白な布だけがあり誰も居なかった
よく見ると、その真っ白な布には小さい血の染みがあった
男はその染みを見るなり走り出した
朝早い時間の街なかを自転車に乗ったトレーナーと走る男
穏やかな速度で走る男の後ろを、トレーナーはバランスを失いフラフラと自転車を漕ぎながら声を掛ける
男は息が上がっているが、そのトレーナーの声に応えるように速度をあげる
トレーナーの声も調子があがる
小さいアパートの部屋で料理をする男
鶏のササミやブロッコリーなどをキッチンに出し、ぎこちないながらも丁寧に秤で量を測っている
テーブルには簡素な食べ物が並ぶ
壁には大きな白い紙が貼られ、体重のグラフが色マジックを使い手書きで書かれている
手を合わせ食べ始める男
料理の見た目と違い、満足げな男の顔
夕方の土手、全力で走り込む男
汗だくになって倒れ込む男
夕日に包まれた空に目を奪われながら、荒ぶった呼吸を整える
手のひらに触る草をぎゅっと握る
汗をかいた顔は嬉しそうにほころぶ
男は手に握られた千切れた草を見つめ、空中へ放り出す
ふいに立ち上がり男はシャドーボクシングをする
そして男はまた走り始めた
「土台」
パターンC〈セルゲイのMix Up〉
おわり